藤田大五郎
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ふじた だいごろう 藤田 大五郎 | |
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生誕 |
(1915年11月30日) 1915年 11月30日 日本の旗 日本 東京都 台東区 |
死没 | (2008年11月15日) 2008年 11月15日(92歳没) |
職業 | 能楽師 |
親 | 父親:藤田多賀蔵 |
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藤田 大五郎(ふじた だいごろう、1915年(大正4年)11月30日 - 2008年(平成20年)11月15日)は、日本の能楽師(一噌流笛方)。
東京都 台東区出身。日本芸術院会員。人間国宝。元徳島文理大学 音楽学部 客員教授。元東京芸術大学 講師。
生涯
[編集 ]東京府 東京市 下谷区(現・東京都 台東区)上野に生まれる[1] 。藤田家は加賀藩に仕える笛方の家系で、父は藤田多賀蔵。12代である一噌又六郎に師事し、1929年(昭和4年)に初舞台を踏んだ。
1944年(昭和19年)に東京音楽学校の教務嘱託となったが、直後に軍に召集され兵役を務めた。復員後は舞台に復帰するとともに、週一回のペースで東京芸大の非常勤講師として学生の指導に当たった[2] 。
これまでに「松風」で芸術祭優秀賞、1971年(昭和46年)の「鷺」で同大賞を受賞した[3] 。
1976年(昭和51年)には紫綬褒章を受章し、1981年(昭和56年)には重要無形文化財「能囃子方笛」の保持者に各個認定され、人間国宝となった。
1987年(昭和62年)に勲三等 瑞宝章を受章し、1986年(昭和61年)に日本芸術院会員、2005年(平成17年)に文化功労者にそれぞれ選ばれた。日本能楽会理事、東京芸術大学講師なども務めている[4] 。
2008年(平成20年)11月15日、老衰のため自宅にて死去92歳没 。
作品
[編集 ]映像作品
[編集 ]- 能楽名演集1(NHKエンタープライズ、以下同)
- 観世流「井筒」観世寿夫 宝生閑 藤田大五郎 大倉長十郎 瀬尾乃武
- 能楽名演集2
- 宝生流「羽衣」野口兼資/「綾鼓」高橋進 近藤乾之助 森茂好 野村万作 藤田大五郎 大倉長十郎 安福春雄 観世元信
- 喜多流「通小町」後藤得三 粟谷新太郎 松本謙三 藤田大五郎 幸祥光 安福春雄/「鶴(新作能)」喜多実 塩津哲生 藤田大五郎 穂高光晴 安福春雄 金春惣右衛門
- 能楽名演集3
- 特選 NHK能楽鑑賞会
- 宝生流「綾鼓」松本恵雄 大坪喜美雄 鏑木岑男 野村万作 藤田大五郎 幸昭弘 亀井忠雄 観世元信
- 「一調独吟一管集」/一管『獅子』藤田大五郎
脚注
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