羊毛袋 (貴族院)
羊毛袋(ようもうぶくろ、The Woolsack)は、イギリス貴族院における貴族院議長の座席、およびその職自体を指す[1] 。2006年までは職務上貴族院議長を務める大法官の座席だった。14世紀のエドワード3世の治世にはすでに羊毛袋が大法官の座席に使われたが、議事規則で正式に規定されたのは1621年のことだった[2] 。
貴族院での役割
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職杖が座席の後ろにおかれている様子、2016年撮影。 |
羊毛袋の座席は大きな羊毛詰めクッションであり、赤い布で覆われている[2] 。背もたれは通常のソファのような後ろに設けられるものではなく、真ん中に設けられている。肘掛けは設けられていない[3] 。開会中、背もたれの後ろには職杖が置かれる[2] 。
議会の尊厳と秩序を維持するための規則として、議員は羊毛袋と発言している議員の間、および羊毛袋と秘書官の机の間を通ってはならない[4] 。また、開会中に議員の間で話す場合、羊毛袋の後ろで話してはならず、議場から退出する必要がある[4] [2] 。また、議長が弁論で発言する場合には羊毛袋の座席から立ち上がり、一議員として発言しなければならない[5] 。
議長の羊毛袋の前には2つの、議長のそれよりも大きい羊毛袋があり、「裁判官の羊毛袋」(Judges' Woolsack)と呼ばれる[6] [7] 。かつて貴族院が裁判権を有した時代には裁判官が使用したが、現代では議員であれば開会中に使用できる[6] [2] 。議会開会式では高等法院首席判事 (英語版)、記録長官 (英語版)、王座部 (英語版)主席裁判官、家事部主席裁判官 (英語版)、大法官部主席裁判官 (英語版)、控訴院裁判官 (英語版)、高等法院裁判官が議会召集令状により召喚され[8] 、裁判官の羊毛袋を座席として使用する[9] 。最高裁判所裁判官 (英語版)も議会召集令状により召喚されるが[8] 、前身にあたる常任上訴貴族と同じく、裁判官の羊毛袋の近くにある座席を使用する。
歴史
[編集 ]14世紀のイングランド王エドワード3世(在位:1327年 – 1377年)は大法官が会議中に羊毛袋 (英語版)の上に座るべきだとした[10] 。これは中世イングランドの経済 (英語版)における羊毛貿易 (英語版)の重要性を示す出来事であり、羊毛袋の使用はイングランドの富を示すとされる[11] [12] 。成文法ではヘンリー8世の治世に制定された1539年貴族院席次順位法で羊毛袋が言及され[5] 、議事規則ではジェームズ1世の治世にあたる1621年に定められた[2] 。
年月がすぎるにつれ、羊毛の代わりにより安い毛が使用されるようになり、1938年5月には羊毛袋の中身が馬毛になっていることが露見した[13] 。これにより羊毛袋が詰め替えられることになったが、結束を示すべく、ブリテン諸島のほか国際羊毛事務局 (英語版)から供給されたイギリス連邦産の羊毛も使用された[14] 。
中世イングランドから2006年まで、貴族院の会議進行役は大法官であり、したがって「羊毛袋」の言葉が大法官の職を指すようになった。2006年7月、2005年憲法改革法に基づき貴族院議長の職が大法官から分離すると、羊毛袋の座席は貴族院議長が使用するようになった[15] 。
カナダ元老院ではかつて裁判官の羊毛袋があった[10] 。1949年、ケベック州選出議員ジャン=フランソワ・プリオット (英語版)が狭いクッションではカナダ最高裁判所の裁判官7名が「ウニのように」狭い範囲に座るしかないと指摘した結果、裁判官の羊毛袋が廃止され、普通の椅子に変更された[10] 。裁判官の羊毛袋自体は保存され、ケベック州ガティノーの倉庫に現存する[10] 。
出典
[編集 ]- ^ 瀬戸賢一; 投野由紀夫 編「woolsack」『プログレッシブ英和中辞典』(第5版)小学館、2012年。ISBN 978-4-09-510205-4 。https://kotobank.jp/ejword/woolsack 。コトバンクより2024年10月22日閲覧。
- ^ a b c d e f Merritt, Eve Collyer (9 February 2024). "Who sits where in the House of Lords?". UK Parliament (英語). 2024年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2024年10月22日閲覧。
- ^ "Woolsack in House of Lords". Recorder (英語). No. 42. 4 November 1938. p. 6.
- ^ a b Clerk of the Parliaments 2022, p. 53.
- ^ a b Chisholm 1911, p. 818.
- ^ a b Glossary: Judges' Woolsack.
- ^ Clerk of the Parliaments 2022, pp. 19–20.
- ^ a b Clerk of the Parliaments 2022, p. 16.
- ^ Clerk of the Parliaments 2022, p. 257.
- ^ a b c d "How A Venerable Senate Icon Got The Sack" (英語). Senate of Canada. 28 January 2020. 2024年10月22日閲覧。
- ^ Glossary: Woolsack.
- ^ Friar 2004, pp. 480–481.
- ^ "GREAT BRITAIN: Parliament's Week: Jun. 13, 1938". Time (英語). 13 June 1938. 2024年10月22日閲覧。
- ^ "The Lords Chamber" (英語). UK Parliament. 2024年10月22日閲覧。
- ^ "History of the Lord Speaker's Role". UK Parliament (英語). 2024年10月22日閲覧。
参考文献
[編集 ]- Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Woolsack" . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 28 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 818.
- Friar, Stephen (2004). The Sutton Companion to Local History (英語). Sparkford, England: Sutton. ISBN 0-7509-2723-2。
- House of Lords (2010). Companion to the Standing Orders and Guide to the Proceedings of the House of Lords (House of Lords Papers) (英語) (25th ed.). London: Stationery Office Books. ISBN 978-0-1084-7241-1。
- Clerk of the Parliaments (2022). Companion to the Standing Orders and Guide to the Proceedings of the House of Lords (House of Lords Papers) (英語) (26th ed.). London: Stationery Office. 2024年10月22日閲覧。
- "Woolsack" (英語). UK Parliament. 2024年10月22日閲覧。
- "The Judges' Woolsack" (英語). UK Parliament. 2010年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年10月22日閲覧。
関連文献
[編集 ]- Wood, James, ed. (1907). "Woolsack" . The Nuttall Encyclopædia (英語). London and New York: Frederick Warne.
- "Hyde Park Wool For Woolsack". Courier Mail (英語). Brisbane. 16 May 1938. p. 7.
座標: 北緯51度29分55.7秒 西経0度7分29.5秒 / 北緯51.498806度 西経0.124861度 / 51.498806; -0.124861