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漢字三音考

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『漢字三音考』
著者 本居宣長
発行日 天明5年(1785年)
ジャンル 語学書
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 和装本
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漢字三音考』(かんじさんおんこう)は、江戸時代中期に本居宣長が著した語学書。日本に伝来した漢字音について、漢音呉音唐音の3種を論説したもの[1]

概要

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宣長は本書において、日本語が「純粋正雅ノ音」で成立していると主張し、中国やインドの音を「不正」としている[2]

天明5年(1785年)刊。文雄の『三音正儒』や『和字大観抄』に負うところが多いが、賀茂真淵の『語意考』の影響も受けている[3]

本書は漢字音研究であるが、宣長の立脚点は常に日本であり[注 1] 中国語文字としての漢字を扱ったものではない[4] 。また、日本語の活用形における用法に関して、少なからず体系的な説明をしている[5]

内容

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全20章のうち、最初の6章では「皇国の古言が純粋正雅の五十音から成るのに対し、中国や印度の音は鳥獣万物の音に似ている」ということを説き、第7章以降において、字音の伝来から始めて日本字音の特性を述べる[6] 。すなわち、宣長のいう漢字音とは、「中国の文字としての音そのもの」ではなく、「受容した日本人日本語の音韻観念の範囲内で捉えて定着させた音」であり、その根底には音の「翻訳」ともいうべき問題がある[7]

影印・翻刻

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脚注

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注釈

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  1. ^ 有名な「漢意」も日本人の問題として論じられている[4]

出典

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  1. ^ 矢田勉 (2016), p. 53.
  2. ^ 本居宣長記念館 (2001), p. 15(竹田純太郎「漢字三音考」)
  3. ^ 竹田鐵仙 (1937), p. 41.
  4. ^ a b 本居宣長記念館 (2022), p. 72.
  5. ^ 湯浅茂雄 (1980), pp. 80–81.
  6. ^ 小松英雄 (1961), p. 124.
  7. ^ 尾崎知光 (2012), p. 147(初出:尾崎知光 1997)

参考文献

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図書
論文
  • 河合一樹「不朽の音:『漢字三音考』における徂徠派批判」『求真』第21号、求真会、2016年3月、31-43頁。 
  • 小松英雄 著「字音研究の歴史」、佐伯梅友中田祝夫林大 編『国語学』三省堂〈国語国文学研究史大成15〉、1961年2月、114-131頁。 
  • 満田新造「本居宣長の字音研究を評す」『國學院雜誌』第31巻第3号、1925年3月、25-33頁。 
  • 満田新造「漢字三音考評論」『國學院雜誌』第31巻第10号、1925年10月、17-26頁。 
  • 満田新造「本居宣長の字音研究に現れたる二の主義」『國學院雜誌』第32巻第11号、1926年11月、1-17頁。 
  • 竹田鐵仙「本居宣長翁の國語學と悉曇」『密教研究』第62号、密教研究会、1937年6月、37-52頁。 
  • 天沼寧「「漢字三音考」における「云ふ」の送りがなについて」『近代語研究』 4巻、武蔵野書院、1974年3月、417-428頁。 
  • 田山令史「『漢字三音考』:本居宣長の言語観」『仏教学部論集』第97号、佛教大学仏教学部、2013年3月、21-35頁。 
  • 湯浅茂雄「本居宣長の活用論」『上智大学国文学論集』第13号、1980年2月、55-88頁。 
  • 肥爪周二「近世音韻学における促音挿入形:『かたこと』『倭語連声集』『漢字三音考』」『近代語研究』 23巻、武蔵野書院、2022年9月、73-92頁。 
  • 尾崎知光「『漢字三音考』の本旨:ンノ韻の問題にふれて」『鈴屋学会報』第14号、鈴屋学会、1997年12月、1-8頁。 
  • 矢田勉「本居宣長」『日本語学』第35巻第4号、明治書院、2016年4月、52-55頁。 

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