板柳町
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いたやなぎまち ウィキデータを編集 板柳町 | |
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津軽為信の創建と伝わる海童神社 | |
国 | 日本の旗 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 青森県 |
郡 | 北津軽郡 |
市町村コード | 02381-7 |
法人番号 | 7000020023817 ウィキデータを編集 |
面積 |
41.88km2 |
総人口 |
11,729人 [編集] (推計人口、2024年8月1日) |
人口密度 | 280人/km2 |
隣接自治体 | 青森市、弘前市、五所川原市、北津軽郡 鶴田町、南津軽郡 藤崎町 |
町の木 | カエデ |
町の花 | キキョウ |
町の歌 | 知恵と大和(1975年制定) |
板柳町役場 | |
町長 | 葛西健人 |
所在地 |
〒038-3692 青森県北津軽郡板柳町大字板柳字土井239-3 北緯40度41分45秒 東経140度27分26秒 / 北緯40.69589度 東経140.45725度 / 40.69589; 140.45725 座標: 北緯40度41分45秒 東経140度27分26秒 / 北緯40.69589度 東経140.45725度 / 40.69589; 140.45725 地図 町庁舎位置 |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
■しかく ― 市 / ■しかく ― 町 / ■しかく ― 村 | |
ウィキプロジェクト | |
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板柳町(いたやなぎまち)は、青森県 北津軽郡の町。津軽平野のほぼ中央に位置しており、林野はほぼなく、リンゴと米作りを中心としている[2] 。
地理
[編集 ]隣接している自治体
[編集 ]歴史
[編集 ]元々は岩木川の水運によって発展した。弘前藩の代官所が置かれ、町の構造に枡形が組み込まれているのが現在でもわかる。
明治以降にリンゴがこの地域にもたらされると、リンゴの名産地となる。昭和中期まではリンゴの出荷が鉄道に拠っていたため、板柳駅は大いに賑わった。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、板屋野木村、灰沼村、福野田村、三千石村、赤田村、欠落林村、小幡村が合併して板屋野木村(いたやのきむら)が発足。
- 1895年(明治28年)3月27日 - 板屋野木村が改称して板柳村となった。
- 1920年(大正 09年)4月1日 - 板柳村が町制施行して板柳町となった。
- 1955年(昭和30年)3月10日 - 板柳町、沿川村、小阿弥村、南津軽郡 畑岡村が合併して現在の板柳町が発足。
- 1956年(昭和31年)8月10日 - 大字林崎が藤崎町に編入[3] 。
- 1958年(昭和33年)11月1日 - 大字石野・野中地区が鶴田町から編入。
- 1967年(昭和42年)11月1日 - 鶴田町大字大性字平岡の一部が板柳町に編入の一方、当町大字狐森字岡田の一部と大字柏木字片田野の一部が鶴田町に編入[4] 。
- 1970年(昭和45年)11月1日 - 鶴田町大字鶴泊字梅林の一部が板柳町に編入の一方、当町大字野中字梅林の一部が鶴田町に編入[4] 。
- 1975年(昭和50年)11月1日 - 板柳町民憲章および町民歌「知恵と大和(たいわ)」を制定。
- 1988年(昭和63年)10月 - 板柳町配水場が完成。
行政
[編集 ]姉妹都市・提携都市
[編集 ]国外
[編集 ]- アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・ワシントン州 ヤキマ市 - 1972年(昭和47年)2月3日提携。リンゴ産業・教育文化の交流。
- 中華人民共和国の旗 中華人民共和国・北京市 昌平区 - 1993年(平成5年)6月23日提携。教育・文化・農業技術の交流。
産業
[編集 ]商業
[編集 ]農業
[編集 ]作付け面積・収穫量ともに県下5位である(2008度の統計)[5] 。
郵便
[編集 ]金融機関
[編集 ]- 青森銀行板柳支店
- みちのく銀行板柳支店
- 青い森信用金庫板柳支店(旧:あおもり信用金庫店)
- 津軽みらい農業協同組合(JA津軽みらい)
公的機関
[編集 ]警察
[編集 ]消防
[編集 ]- 弘前地区消防事務組合
- 板柳消防署
医療
[編集 ]主な病院。
- 国民健康保険板柳中央病院
地域
[編集 ]人口
[編集 ]平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、8.48%減の13,935人であり、増減率は県下40市町村中23位。
板柳町と全国の年齢別人口分布(2005年)
板柳町の年齢・男女別人口分布(2005年)
■しかく紫色 ― 板柳町
■しかく緑色 ― 日本全国
■しかく緑色 ― 日本全国
■しかく青色 ― 男性
■しかく赤色 ― 女性
■しかく赤色 ― 女性
板柳町(に相当する地域)の人口の推移
総務省 統計局 国勢調査より
1970年(昭和45年)
19,901人
1975年(昭和50年)
18,999人
1980年(昭和55年)
19,215人
1985年(昭和60年)
18,504人
1990年(平成2年)
17,766人
1995年(平成7年)
17,320人
2000年(平成12年)
16,840人
2005年(平成17年)
16,222人
2010年(平成22年)
15,227人
2015年(平成27年)
13,935人
2020年(令和2年)
12,700人
教育
[編集 ]高等学校
[編集 ]町唯一の高校「青森県立板柳高等学校」が板柳町大字太田に所在していたが、新設の青森県立五所川原工科高等学校(五所川原市)への統合により2023年をもって閉校した[7] 。
中学校
[編集 ]閉校した中学校は「青森県中学校の廃校一覧#板柳町」を参照
小学校
[編集 ]閉校した小学校は「青森県小学校の廃校一覧#板柳町」を参照
未就学児施設
[編集 ]町内に所在する未就学児施設は、いずれも社会福祉法人鶴住会が運営している[8] [9] 。
認定こども園
- 幼保連携型認定こども園板柳第一保育所鶴住
- 幼保連携型認定こども園板柳第三保育所鶴住
保育所
- 板柳第二保育所鶴住
- 小阿弥保育所鶴住
交通
[編集 ]鉄道
[編集 ]バス
[編集 ]- 路線バス:弘南バス
道路
[編集 ]観光
[編集 ]名所・旧跡・施設
[編集 ]- 板柳町配水場〔深味東西田〕高さ57.2mで竣工時は東洋一の高さを誇っており、町のランドマーク的な存在。
- 板柳町立郷土資料館〔灰沼字岩井〕[10]
- 板柳町ふるさとセンター
- イチイ 〔横沢字花岡、無量庵〕県天然記念物、推定樹齢600年 - 700年、諏訪氏の屋敷跡と伝えられている[11] 。
温泉
[編集 ]- 板柳温泉
- あすなろ温泉
- 高増温泉
行事
[編集 ]- りんご灯まつり
出身有名人
[編集 ]- 工藤忠(満州国侍衛長)
- 櫻錦守弘(元小結力士)
- 幡龍洋賢三(元十両力士)
- 追風海直飛人(元関脇力士、政治家)
- 工藤昭雄(英文学者、翻訳家)
- 高見盛精彦(元小結力士、現:東関親方)
- 福士加代子(陸上選手)
- 松山まみ(アイドル)
- 永沢与助(俳人、作詞家。「青森県賛歌」作詞者)
- 永山則夫(死刑囚、作家)
脚注
[編集 ][脚注の使い方]
- ^ 図典 日本の市町村章 p25
- ^ "「りんごの里」あずましい地域環境再生計画". 内閣府 地方創生推進事務局. 2024年9月6日閲覧。
- ^ 出典:『藤崎町史』第4巻(地誌)189頁「第六章 地域にかかわる記録 十八、林崎」と150頁「第四章 民主化への歩み(終戦から町村合併まで)」及び東奥年鑑昭和31年版68〜69頁「政治行政 - 市町村政(南郡・北郡)」より。
- ^ a b 出典:『板柳町史』「第3章 政治」の86〜87ページ
- ^ 平成20年度版 ミニ統計 - 板柳町
- ^ 「板柳署を廃止、弘前署に統合 4月から/青森県警」『デーリー東北』2022年3月23日。オリジナルの2022年3月25日時点におけるアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ 「板柳高敷地に閉校記念碑」『陸奥新報』2023年3月24日。オリジナルの2024年1月28日時点におけるアーカイブ。2024年1月28日閲覧。
- ^ "子ども・子育て". 社会福祉法人鶴住会. 2024年1月28日閲覧。
- ^ "保育所関連". 板柳町ホームページ. 板柳町. 2024年1月28日閲覧。
- ^ 青森県博物館等協議会
- ^ あおもりの文化財 イチイ - 青森県教育委員会
外部リンク
[編集 ]ウィキメディア・コモンズには、板柳町 に関連するカテゴリがあります。