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新堀城 (陸奥国)

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新堀城
(岩手県)
城郭構造 山城
天守構造 不明
築城主 稗貫氏(新堀氏)
築城年 不明
主な城主 新堀氏、江刺氏
廃城年 天正20年(1592年)
遺構 なし
指定文化財 市指定史跡 [1]
位置 北緯39度29分42.7秒 東経141度11分08.0秒 / 北緯39.495194度 東経141.185556度 / 39.495194; 141.185556
地図
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新堀城(にいぼりじょう)は、岩手県 花巻市石鳥谷町にあった日本の城。花巻市指定史跡 [1]

概要

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北上川東岸の山稜上にある馬蹄形に近い小規模な複郭式の山城で、稗貫紫波両郡を一望できる要地にある。西麓には的場・枡形・殿屋敷などの地名が残る。

築城年代は不明だが、陸奥国 稗貫郡新堀村に所在した室町時代戦国時代の武将・新堀氏の本拠地とされる。「瀬川稗貫氏系譜」では、稗貫氏初代・広重(為重)の孫伊予守光家を新堀氏の祖とする。天正18年(1590年)に豊臣秀吉奥州仕置によって稗貫氏が滅亡し、新堀氏一族は離散したが、新堀作兵義広は南部氏に降り200石を給された。

天正20年(1592年)の『諸城破却書上』では「新堀 山城 江刺 兵庫 持分」と記載されており、郡東の抑えとして江刺氏に任されていた事が窺える。江刺氏は葛西氏の一族で岩谷堂城主であったが、宗家滅亡後に南部氏に出仕していた。

脚注

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  1. ^ a b 「市指定文化財」花巻市公式HP

参考資料

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関連項目

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