平群清麻呂
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平群 清麻呂(へぐり の きよまろ、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。姓は朝臣。官位は従五位下・信濃介。
経歴
[編集 ]桓武朝の延暦4年(785年)、正六位上から従五位下に昇叙した。同月、布勢大海の後任の典薬頭となり、さらに同年のうちに官職を麻田𤝗賦と交替し、紀継成の後任の大膳亮に転任した[1] 。同9年(790年)多治比賀智の後任の信濃介となる。この時の信濃守は藤原乙叡であった[2] 。以後の経歴は不明である。
官歴
[編集 ]『続日本紀』による。
脚注
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参考文献
[編集 ]- 『続日本紀』5 新日本古典文学大系16 岩波書店、1998年
- 宇治谷孟『続日本紀 (下)』講談社学術文庫、1995年
- 『日本古代氏族人名辞典』p573、坂本太郎・平野邦雄監修、吉川弘文館、1990年
- 『日本人名大辞典』講談社、2001年
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