小泊村
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こどまりむら 小泊村 | |
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竜泊ライン | |
廃止日 | 2005年3月28日 |
廃止理由 |
新設合併 中里町、小泊村 → 中泊町 |
現在の自治体 | 中泊町 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本の旗 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 青森県 |
郡 | 北津軽郡 |
市町村コード | 02386-8 |
面積 | 64.62 km2 |
総人口 |
3,989人 (推計人口、2005年3月1日) |
隣接自治体 |
北津軽郡 市浦村 東津軽郡 三厩村 |
村の木 | ヒバ |
村の花 | コハマギク |
村の鳥 村の魚 村の色 |
イワツバメ メバル マリンブルー(DIC222を基本とする) |
小泊村役場 | |
所在地 |
〒037-0522 青森県北津軽郡小泊村字小泊282番地 |
外部リンク | 小泊村 - ウェイバックマシン(2005年2月4日アーカイブ分) |
座標 | 北緯41度07分53秒 東経140度18分23秒 / 北緯41.1314度 東経140.3064度 / 41.1314; 140.3064 座標: 北緯41度07分53秒 東経140度18分23秒 / 北緯41.1314度 東経140.3064度 / 41.1314; 140.3064 |
小泊村 | |
特記事項 | 1,415世帯(平成12年国勢調査) |
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小泊村(こどまりむら)は、青森県 北津軽郡に置かれていた村。漁業が中心産業で、特にイカ漁は全体の70%を占める。小泊は、アイヌ語のポン・トマリに由来し、「小さな港」を意味するといわれる[1] 。
地理
[編集 ]津軽半島の北端近くに位置し、北津軽郡の最北端。やや南北に長い形をしているが権現崎が日本海に飛び出しているため、東西約13 km、南北約16 kmとなっている。また平地がほとんどなく建物の多くは尾崎山のある半島か、その付け根に集中する。
- 山:矢形石山 (586.9 m)、尾崎山 (229.7 m)、三角山 (185.8 m)、板割山 (178.5m)、稲荷山 (41m)
- 河川:小泊川、板割沢、冬部川、折腰内川、傾り石沢、七ッ滝沢、袰内川、鮪沢山
- 湖沼:大沼、小泊ダム
- 滝:七ッ滝、燕ノ滝
隣接していた自治体
[編集 ]沿革
[編集 ]村長
[編集 ]- 秋元金四郎
地域
[編集 ]教育
[編集 ]- 青森県立金木高等学校小泊分校
- 小泊村立小泊中学校
- 小泊村立小泊小学校
- 小泊村立小泊幼稚園
交通
[編集 ]鉄道
[編集 ]村内を鉄道路線は通っていない。最寄り駅は、津軽鉄道線の津軽中里駅。
かつては、津軽鉄道線を十三湖方面に延伸して村内に駅を設ける計画もあった[2] 。
路線バス
[編集 ]名所・旧跡・観光・歳事
[編集 ]- 権現崎
- 権現祭(8月14日 - 16日)
- 縄文沼遺跡...縄文晩期〜弥生時代の集落跡
- 柴崎城跡...安東氏最後の拠点
- 坊主沢遺跡...弥生時代の交易拠点
- 弁天島遺跡...中世の遺跡
- 冬部製塩跡...近世(江戸時代)の製塩跡
- みちのく松陰道...吉田松陰が津軽海峡の警防状況を検分するために歩いたけものみち
- 津軽森林鉄道(小泊海岸林道)...軌道跡がみちのく松陰道の道中や七ツ滝などに現存している
- 小説「津軽」の像記念館...太宰治とタケが再開した地で小説「津軽」の世界に迫ることができる
出身有名人
[編集 ]脚注
[編集 ][脚注の使い方]
- ^ 佐々木節、石野哲也、伊藤もずく 著「龍泊ライン」、松井謙介編 編『絶景ドライブ100選 [新装版]』学研パブリッシング〈GAKKEN MOOK〉、2015年9月30日、40-41頁。ISBN 978-4-05-610907-8。
- ^ https://www.toonippo.co.jp/articles/-/3172
関連項目
[編集 ]外部リンク
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