再思
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再思 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 재사 |
漢字: | 再思 |
発音: | チェサ |
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再思(チェサ[1] 、朝鮮語: 재사、生没年不詳)は、高句麗王 瑠璃明王の6男[1] 。妻は、高句麗に亡命した扶余人の扶余太后 [2] 。
人物
[編集 ]『三国史記』によると、瑠璃明王の子の再思の息子である宮が、53年に高句麗王6代王・太祖大王として即位したとされる。しかし、太祖大王の系譜は史料によって異なっており、王名が「太祖」という国家の始祖的諡号であることなどから、再思は別の血筋であるが、王統が断絶していないようにみせるために、瑠璃明王の子として王統に編入させたとする見解がある[1] 。
扶余太后は、高句麗に亡命した扶余人であることは明らかであるが、高句麗に亡命した扶余人は高句麗王族と政略結婚をおこない、外戚として権力を掌握しようとした[2] 。
家族
[編集 ]脚注
[編集 ]- ^ a b c 河村啓介『韓国時代劇秘話 王朝を揺るがす男と女の物語』学研プラス、2012年4月10日、21頁。ASIN B009QZTVGY。
- ^ a b "고구려의 여성 혁명가 부여태후". 月刊朝鮮 . (2019年12月). オリジナルの2022年5月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220511081158/http://monthly.chosun.com/client/news/viw.asp?ctcd=&nNewsNumb=201912100015