四苦八苦
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四苦八苦(しくはっく)とは、仏教における苦(ドゥッカ、dukkha)の分類。
根本的なドゥッカを生・老・病・死(しょう・ろう・びょう・し)の四苦とし
- 生苦(jātipi dukkha)[1] - しょうく。衆生の生まれることに起因する苦しみ。
- 老苦(jarāpi dukkha)[1] - 衆生の老いていくことに起因する苦しみ。体力、気力など全てが衰退していき自由が利かなくなる。
- 病苦(byādhipi dukkha)[1] - 様々な病気があり、痛みや苦しみに悩まされる仏教問題。
- 死苦(maraṇampi dukkha)[1] - 死ぬことへの恐怖、その先の不安などの自覚。衆生が免れることのできない死という苦しみ。また、死ぬときの苦しみ、あるいは死によって生ずるさまざまな苦しみなど。
根本的な四つの苦に加え、
- 愛別離苦(あいべつりく、piyehi dukkha)[1] - 親・兄弟・妻子など愛する者と生別・死別する苦しみ。愛する者と別離すること
- 怨憎会苦(おんぞうえく、appiyehi dukkha)[1] - 怨み憎んでいる者に会う苦しみ
- 求不得苦(ぐふとくく、yampiccha dukkha)[1] - 求める物が思うように得られない苦しみ
- 五蘊取蘊(ごうんしゅく、pañcupādānakkhandhā dukkha) - 五蘊盛苦(ごうんじょうく)とも。五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならない苦しみ
の四つの苦を合わせて八苦と呼ぶ。
抜粋
[編集 ]釈迦は初転法輪において四諦を説き、その中では苦諦として四苦八苦を説いた。
生は苦なり
[編集 ]アルボムッレ・スマナサーラは生苦を「生きるとは、苦から逃れ続けること」と説明している[2] 。人は空腹という苦から逃れるために食事を取り、食べ過ぎは苦であるから食事を終了する[2] 。座り続けることは苦痛であるから立ち、立ち続けることは苦痛であるから座るのである[2] 。
脚注
[編集 ]- ^ a b c d e f g アルボムッレ・スマナサーラ『苦の見方』サンガ (出版社)、2015年、Kindle版、位置No.全2025中 1188 / 59%。ISBN 978-4865640199。
- ^ a b c アルボムッレ・スマナサーラ『結局は自分のことを何もしらない』〈サンガ新書 役立つ初期仏教法話〉2008年。ISBN 978-4901679619。
関連項目
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