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万国びっくりショー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
万国びっくりショー
ジャンル バラエティ番組
出演者 世界各国からの超人
国・地域 世界各国
言語 世界各国
製作
制作 フジテレビ
放送
放送チャンネルフジテレビ系列
映像形式モノクロ放送(1969年 5月16日まで[1] )、カラー放送(1969年 5月23日から[2] )
音声形式モノラル放送
放送国・地域日本の旗 日本
第1期(木曜時代)
司会者八木治郎
放送期間1967年11月2日 - 1969年3月
放送時間木曜 19:30 - 20:00
放送分30分
第1期(金曜時代)
放送期間1969年4月4日 - 1971年3月26日
放送時間金曜 21:00 - 21:30
放送分30分
第1期(月曜時代)
放送期間1971年4月5日 - 1971年9月27日
放送時間月曜 20:00 - 20:30
放送分30分
第2期
司会者押阪忍
放送期間1976年4月10日 - 1976年9月25日
放送時間土曜 12:00 - 12:30
放送分30分
番組年表
前作びっくりショー
次作世界びっくりスペシャル
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万国びっくりショー』(ばんこくびっくりショー)は、1967年11月2日から1971年9月27日、および1976年4月10日から同年9月25日までフジテレビ系列で放送されていたフジテレビ製作のバラエティ番組である。第1期のみロート製薬の一社提供。

概要

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1966年に同じくロート製薬の一社提供で放送されていた『びっくりショー』のリニューアル版で、毎回世界各国からの参加者たちが簡単には真似できない芸を披露していた。1970年開催の日本万国博覧会(大阪万博)にちなんで企画された番組であり[3] 、それがタイトルにある万国の由来となっている。実際に大阪府 吹田市の万博会場で番組収録をしたこともある。

第1期、つまり殆どの期間においては八木治郎が司会を務めていた。第1期の終了後、番組は直後の時間帯に放送されていた『世界の秘密』との統合により、『世界びっくりスペシャル』と題してリニューアルした。こちらは桂小金治が司会を務めていたが、さらにその後に放送時間を変えてスタートした『世紀のびっくりショー』では八木の司会に戻った。そして『世紀のびっくりショー』の終了から3年半後、番組は押阪忍を新司会に迎えて復活した。

最高視聴率は1967年11月2日放送分の35.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)[4]

番組は当初モノクロ放送だったが、1969年 5月23日放送分からは毎回カラー放送となった[2]

神奈川県 横浜市にある放送ライブラリーには、万博開催期間中に放送された1970年8月28日放送分の映像が保存されている[3] 。これはフジテレビのスタジオで収録された回で、「Vロート」の生コマーシャルがある。

放送時間

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いずれも日本標準時

第1期

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  • 木曜 19:30 - 20:00 (1967年11月2日 - 1969年3月)
  • 金曜 21:00 - 21:30 (1969年4月4日 - 1971年3月26日)
  • 月曜 20:00 - 20:30 (1971年4月5日 - 1971年9月27日)

第2期

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  • 土曜 12:00 - 12:30 (1976年4月10日 - 1976年9月25日)

ネット局

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特筆の無い限り全て同時ネット。

補足

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1970年1月1日(木曜) 17:30 - 18:26 に放送された新春特番『お年玉万国びっくりショー』も全編ロート製薬の一社提供であった。製薬会社提供番組での30分以上に及ぶ一社提供は、製薬会社間での紳士協定に基づいて避けられるが、特番においては例外であった。

脚注

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  1. ^ 朝日新聞 1969年5月16日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  2. ^ a b 朝日新聞 1969年5月23日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  3. ^ a b "検索結果 万国びっくりショー - 放送ライブラリ公式ページ". 放送ライブラリー. 2018年6月6日閲覧。
  4. ^ 引田惣弥『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』講談社、2004年、224頁。ISBN 4-06-212222-7
  5. ^ 北海道新聞』(縮刷版) 1976年(昭和51年)9月、テレビ欄。
  6. ^ a b 北國新聞』1969年4月11日付朝刊、テレビ欄。
  7. ^ 1969年4月の開局から放送。
  8. ^ 1969年4月4日 信濃毎日新聞 テレビ欄
  9. ^ 北日本新聞』1969年3月27日付朝刊、テレビ欄。

関連項目

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フジテレビ 木曜19:30枠
【本番組までロート製薬一社提供枠】
前番組 番組名 次番組
しろうと芸能大賞
(1967年7月6日 - 1967年10月26日)
万国びっくりショー(第1期)
(1967年11月2日 - 1969年3月)
スター千一夜
(1969年4月3日 - 1969年9月25日)
(注記)19:30 - 19:45
【木曜21:30枠から移動】
お茶の間寄席
(1969年4月3日 - 1969年9月25日)
(注記)19:45 - 20:00
【木曜21:45枠から移動】
フジテレビ 金曜21:00枠
【本番組の放送期間中のみロート製薬一社提供枠】
春よこい
(1968年10月4日 - 1969年3月28日)
万国びっくりショー(第1期)
(1969年4月4日 - 1971年3月26日)
ゴールデン洋画劇場
(1971年4月2日 - 1981年3月27日)
(注記)21:00 - 22:56
フジテレビ 月曜20:00枠
【本番組の放送期間中のみロート製薬一社提供枠】
おにぎり母さん
(1971年1月4日 - 1971年3月29日)
(注記)20:00 - 20:56
万国びっくりショー(第1期)
(1971年4月5日 - 1971年9月27日)
世界びっくりスペシャル
(1971年10月4日 - 1972年3月27日)
(注記)20:00 - 20:56
フジテレビ 土曜12:00枠
こんまい女 再放送
(注記)12:00 - 13:00
万国びっくりショー(第2期)
(1976年4月10日 - 1976年9月25日)
歌のスターパレード(第2期)
(1976年10月2日 - 1976年12月)
主な製品
関連人物
関連企業・団体
関連項目
12022年 7月にエムジーファーマから一部の一般用製品の製造販売を承継。 21975年 3月近江兄弟社からライセンス移譲。
31943年 4月山田安民没後、2代目店主に就任。42012年6月30日をもって解散。5塩野義製薬の子会社であるが、2018年6月15日に資本提携。

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