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ヘルヴェチア・ヒュッテ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ヘルヴェチア・ヒュッテ
ヘルヴェチア・ヒュッテ
情報
用途 山小屋
設計者 マックス・ヒンデル
施工 水本小半治[1]
管理運営 北海道大学山岳部
構造形式 木造高床式
竣工 1927年(昭和2年)
所在地 北海道 札幌市 南区 定山渓
座標 北緯43度4分24.8秒 東経141度6分9.1秒 / 北緯43.073556度 東経141.102528度 / 43.073556; 141.102528 座標: 北緯43度4分24.8秒 東経141度6分9.1秒 / 北緯43.073556度 東経141.102528度 / 43.073556; 141.102528
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ヘルヴェチア・ヒュッテ(ドイツ語 : Helvetia Hütte)は、北海道 札幌市 南区 定山渓にある山小屋。「ヘルヴェチア」とはスイスの古名である[2]

1927年(昭和2年)、スイスの建築家マックス・ヒンデル北海道大学講師アーノルド・グブラー、同大学教授・山崎春雄らによって建てられた[2] 。ヒンデルが横浜に転居する前の、札幌在住中最後の作品である[1] 。山崎の名義となっているのは、当時の日本では外国人名義が許可されなかったため[1] 。その後、1934年(昭和9年)に北海道大学に寄贈され、1985年(昭和60年)に改修を受けた[1]

北海道道1号小樽定山渓線沿いのシラカンバ林の中にひっそりと建つ。朝里岳余市岳白井岳登山基地として愛好された[3]

屋根は柾葺き。入り口や脇の雨戸には、白地に赤の放射線模様が施されている。また入り口の上には魔除けの人面彫刻と、竣工年を示す「1927」の文字が掲げられている[1]

さっぽろ・ふるさと文化百選のNo.044に選定されている。

脚注

  1. ^ a b c d e 『札幌の建築探訪』p.131
  2. ^ a b 北海道大学 - 山小屋 [リンク切れ ]山小屋 | 学生生活 - 北海道大学
  3. ^ 『札幌の山々』p.234

参考文献

学部

文学部 | 法学部 | 経済学部 | 医学部 | 歯学部 | 工学部 | 獣医学部 | 水産学部 | 理学部 | 薬学部 | 農学部 | 教育学部

大学院

文学院・文学研究院 | 法学研究科 | 経済学研究院・経済学院 | 医学研究院・医学院 | 歯学院・歯学研究院 | 工学研究院・工学院 | 獣医学院・獣医学研究院 | 情報科学院・情報科学研究院 | 水産科学院・水産科学研究院 | 環境科学院・地球環境科学研究院 | 理学院・理学研究院 | 薬学研究院 | 農学院・農学研究院 | 生命科学院・先端生命科学研究院 | 教育学院・教育学研究院 | 国際広報メディア・観光学院 | メディア・コミュニケーション研究院 | 保健科学院・保健科学研究院 | 公共政策大学院・公共政策学教育部・公共政策学連携研究部 | 総合化学院​ ​| 医理工学院 | 国際感染症学院 | 総合化学院 | 国際食資源学院 | 会計専門職大学院

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