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ダニ |
---|
クローバーハダニ クローバーハダニ(Bryobia praetiosa )
|
分類 |
学名 |
Acari Leach[1] , 1817 |
英名 |
mite Tick |
亜目 |
ダニ(壁蝨、蜱、蟎、螕)とは、節足動物門 鋏角亜門 クモ綱 ダニ目に属する動物の総称である。いずれも小型の生物で、体長1mm以下のものも多い。
全世界で約2万種とも言われており、形態・生態ともに非常に多様性に富むことから、現在の「ダニ目」という分類群について多系統であることが示唆されているが、研究は進んでいない。
名称・俗称等
ダニを意味する漢字の内、中国語ではマダニ類を蜱(pí)、それ以外のケダニ類、コナダニ類などを蟎(mǎn)と区別し、総称として蜱蟎と呼ぶ。
欧米では大型の吸血性のダニであるマダニ類とそれ以外のダニを区別し、前者を英語でTick、ドイツ語でZecke、後者を英語でMite、ドイツ語ではMilbeという。日本語では「ダニ」という単語自体が害虫をイメージさせるが、英語圏では一般的な不快感が強いのは牧場で人畜に害を与える "Tick" であり、"Mite" にはそれほど一般の不快感は普遍的ではない[2] 。
ササラダニ研究の第一人者である青木淳一によると前者を聞かせると大きく顔をしかめるが、後者については単に小さい虫という印象しかないらしいとのこと。
ダニを意味する日本語の方言語彙には、ごさらぎ(和歌山県)、さらげ(熊本県)、しだりめ(東京都 八丈島)、たにこ(京都府)、たのほじ(島根県)、たんじろう(新潟県 中魚沼郡)、だんにゃま(鹿児島県)、ふつみ(山口県)、やえ(山口県)などがある。逆に愛知県 知多郡では、だにがハエの幼虫を意味した[3] 。
また比喩表現として、寄生性の種の一部が吸血生物として非常に特徴的であることを指して、他人の稼ぎを巻き上げて生活するものに「社会のダニ」などという言い方をすることがある。このほか人に嫌われる者の形容に用いることがある[4] 。
形態
ダニ類の形態は非常に多様性に富むが、概して小型のものが多い。マダニ類には吸血時に体長が1cm以上に肥大するものもあるが、ほとんどのものはそれよりはるかに小さく、1mm以下のものも非常に多い。 基本的な形態はクモ綱全体に共通する体制として、体は前体部(頭胸部)と後体部(腹部)に分かれ、頭胸部には付属肢として1対の鋏角と触肢、4対の歩脚をもつ[5] 。 腹部の後端に尾部はない。体型はずんぐりした楕円形のものが多いが、扁平なものや細長いものもある。
ダニ類の場合、前体部と後体部は区別できるものもあるが、密着して明瞭でない種が多い。体節は互いに癒合が著しく原始的なアシナガダニ類を除いて腹部は体節に分かれない(フシダニ類、ニキビダニ類等には一見体節に見える環節があるが、二次的なものである)。そのためにダニ類独自の体制の区分名がある。
- 最先端の口器の部分を顎体部と呼び、ここには鋏角と触肢がある。
- それ以降の本体部をまとめて胴体部という。これはさらに以下のように分ける。
- 4対の歩脚のうち、前2対の歩脚を含む部分を前胴体部という。
- 後方2対の歩脚を含む部分を中胴体部という。
- 最後方の歩脚より後ろ、腹部にあたる部分を後胴体部という。
- 顎体部と前胴体部を合わせて前体部、中胴体部と後胴体部を合わせて後体部ということもある。
鋏角は3節からなり、多くのものでは鋏状。ただし形態には変異が多い。またハダニ類等鋏角に出糸器官をもつものがある。
触肢は基本的には6節からなる歩脚に近い形であるが、節数を大きく減じたり、退縮して口器のようになるものもあるなど分類群や種により変異が著しい。
歩脚は4対が基本で、多くの種ではよく発達するが、一部を退化させたものや無脚のものもある。幼体は歩脚が3対で脱皮成長途中で4対に増えるが、実際には卵内での発生過程では4対が形成されて、その後第4脚が消失し孵化時に3対になる。
眼は前胴体部に1-2対の単眼を持つが、欠くものも多い。このほか感覚器官として体側に体毛をもつものもある。
呼吸器官として気管を持ち、その位置や構造は分類上重視される。気管が退化し特定の呼吸器官を持たないものもあり、そのようなものは皮膚呼吸を行う。
生態
ダニ類は熱帯から極域まで世界中に分布し、高山から低地、乾燥地から湿地、土壌中、水中、家屋内や貯蔵食品内等の人工的な環境、さらには植物や動物の体組織中まで様々な環境に適応して生息する。一般に体が微小であることから、様々な微環境に応じてそれぞれ異なる種が棲み分けており、分布が局在している種もあるがコスモポリタン種も多い。また、一部の水生ダニ類では成体が陸上で生活する等、成長段階により生息環境が変化する種もいる。
食性もそれぞれの種の生息する微環境に適応し、菌食性、腐食性、捕食性、植食性、寄生性等クモ形類としては非常に多様である。注目されることの多い寄生性の種についても、寄生生物として高度に適応しているものから、宿主に対する捕食に近いもの、宿主の体組織を一種の微環境として生息しているものまで段階は様々である。また寄生性のツツガムシ類やタカラダニ類等幼体時と成体とで食性が変化するものもある。
繁殖は通常、オス個体がメス個体に精包を直接または間接的に渡して受精させる両性生殖だが、通常時はメスのみで単為生殖を行う種も多い。産卵は土壌動物のイレコダニ類の様に一回に1個しか産まないものから複数個産むもの、体内で孵化して幼体を産むものまで種により異なる。
幼体は脱皮を繰り返し複数の令期を経て成体となるが、種により特定の段階ないし環境の変化により、付属肢や口器を退化させたシストと呼ばれる繭状の形態になるものがある。単に蛹状の休眠状態をとるものから寒冷や乾燥等の環境悪化に高度な耐性をもつものまで様々である。
ダニ類は形態が多様であるため、歩脚を発達させて活発に歩行したり、遊泳するものや跳躍能力をもつもの、歩脚を退化させて蠕動を行うものや固着生活を行うもの等様々であるが、いずれの種においても身体が微小であるため、個体としての運動能力は非常に限定的である。しかし生態も多様であることから、哺乳類等の大型動物や飛翔能力のある昆虫に寄生あるいは体表に付着することにより長距離を移動するものなど、種によっては大きな移動能力を獲得している。特に、ハダニ類等糸を出してバルーニングによる移動を行う種やシスト形態時に風に飛ばされて分散する種などでは非常に広い分布域を持つものがあり、1つの種が汎世界的に分布しているものもある。
通常ダニ類は医療上、農業上等の有害生物として捉えられることが多いが、その様な種はダニ類全体としてはごく一部であり、大半は人間の活動に無関係で、ササラダニ類等土壌生活性のダニ類などの分解者や捕食寄生により特定の種に対する天敵として機能しているもの等、生態系を支える重要な役割を担っている。
アダクチリディウムやアカロフェナックス・トリボリイ等、兄妹・姉弟で近親交配を日常的に行う種がいる[6] 。
人間との関わり
ダニ類は種数・個体数ともに膨大であるため、人間の活動に関わりのある種は、ダニ類全体に対してはごく僅かな割合でしかないが、保健衛生上また農業上有害な生物として、その影響は無視できない。
ダニという場合、有害な吸血生物のイメージが一般的だが、外部寄生により吸血を行う代表的なものとしてマダニ類とイエダニ類が挙げられる。これらのダニ類は通常はマダニがシカなどの野生動物を、イエダニが住家性のネズミ類を寄生対象としており、ワクモやツツガムシ等人間以外の生物を宿主としている種でも、状況により人間を吸血し被害を与えるものがいる。現代では日常生活でこれらのダニの寄生を受ける機会はほとんどないが、アウトドアでのレジャー等野外活動時にマダニ類やツツガムシ類の被害を受ける例が増えている。これらの被害を受けると、吸血時のダニの唾液物質によるアレルギー性の咬症の他、マダニ類の口器により傷口が化膿したり、場合によってはリケッチアやウィルス等による重篤な感染症を発症することがある。
直接吸血はしないが、人体の組織に寄生するダニとして、ヒゼンダニとニキビダニ類が挙げられる。ヒゼンダニは皮下に穿孔して寄生し疥癬という皮膚病を発症させる。ニキビダニ類は主に顔面の毛包に寄生しており、通常無症状であることが多いが体質や状況によりアレルギー性皮膚炎の原因となる。
また人体に寄生はしないが、住家中の埃(ハウスダスト)の中も数種のダニが生息しており、これらは埃中の有機物を食べているので人体への直接の加害はないが、糞や脱皮殻、個体の死骸等が皮膚炎や気管支炎等のアレルギー性疾患を引き起こす元(アレルゲン)になることがある。さらにこのダニ類を捕食するツメダニ類が繁殖し、偶発的に人体を刺す皮膚炎も発生している。
人体に被害を与えるもの以外では、台所や食品倉庫でコナダニの仲間が小麦粉や乾物等の貯蔵食品などに繁殖し、食品工場等で大きな損害を与えることがある。
農業害虫として、植物に寄生するダニのうちでもハダニ類には産業上重要なものが多い。この仲間は植物の表面にクモのように糸を張り巡らして巣をつくり集団で生活する。植物組織内に口器を挿入し細胞の原形質を吸い取って摂食するが、刺咬時に有害な成分を分泌するため葉が変色し、寄生数が多い場合株ごと枯死することもある。殺ダニ剤等の農薬に抵抗性を持ち、防除が困難なケースも多い。
ダニ類が人間の活動に有用に関与している例として、間接的には分解者としての土壌動物のダニ類等生態系を支えている重要なメンバーとしての働きなどを挙げることができるが、直接的な利用はあまり多くない。産業上重要な例として、農業害虫のハダニ類防除に、カブリダニ類等これらの植物寄生性ダニ類の天敵である捕食性のダニ類が生物農薬として用いられている。
また、ヨーロッパではミモレット、エダムチーズ等伝統的なチーズの熟成法としてチーズダニが利用される。
ダニが媒介する感染症例
- ツツガムシ病 - ツツガムシ リケッチアの感染によって引き起こされる、人獣共通感染症のひとつであり、野ネズミなどに寄生するダニの一群であるツツガムシが媒介する[7] 。
- ライム病 - ノネズミやシカ、野鳥などを保菌動物とし、マダニ科マダニ属のシュルツェマダニ(日本以外では、Ixodes ricinus(ユーラシア大陸)、Ixodes scapularis、Ixodes pacificus(北アメリカ大陸)群のマダニ)に媒介されるスピロヘータの一種、「ボレリア」 の感染によって引き起こされる人獣共通感染症のひとつ。感染症法における四類感染症[8] 。
- 日本紅斑熱 - ダニに刺されて日本紅斑熱リケッチアに感染することで高熱や赤い斑点、刺し傷が体にできる。1984年に徳島県で発見された新興感染症であり、2009年までの5年間に470人が発症、2006年と2008年には死者が出た[9] 。1999年から感染症法4類感染症。
- ロッキー山紅斑熱 - 1906年リケッツにより発見された初めてのリケッチア。マダニにより感染する。世界中に分布する。
- 2007年から中国でブニヤウイルス科のウイルスをダニが媒介した病気により、30人以上死亡したと言われる(中国での血小板減少症候群の流行)。
分類
ダニ類は種類数も多く、極めて多様なメンバーを含み科の数も非常に多い。ここではダニ類を単系統のダニ目とし、亜目の分類と、代表的な科のみを拾い上げる。
- ダニ目 (Acarina)
- アシナガダニ亜目
- アシナガダニ科
- トゲダニ亜目 (Mesostigmata )
- ユメダニ科
- イトダニ科
- ヤドリダニ科
- カブリダニ科
- ワクモ科 - イエダニなど
- 他
- カタダニ亜目
- カタダニ科
- マダニ亜目 (Metastigmata )
- ケダニ亜目 (Prostigmata )
- テングダニ科
- ハシリダニ科
- ウシオダニ科 - 海中性
- ハモリダニ科
- タカラダニ科 (Erythraeidae )
- ツツガムシ科 (Trombiculidae ) - ネズミなどから吸血・ツツガムシ病を媒介
- ナミケダニ科 (Trombidiidae )
- ヒヤミズダニ科 - 水中性:以下、いわゆるミズダニ類。
- オオミズダニ科
- オヨギダニ科
- ツメダニ科 - 他のダニなどを捕食
- ニキビダニ科 - 汗腺の中に寄生
- ハダニ科 - 植物の組織を食う・農業害虫
- シラミダニ科 - 昆虫に外部寄生
- ホコリダニ科
- 他
- ササラダニ亜目 (Cryptostigmata ) - 植物遺体などを食う土壌性
- ムカシササラダニ科
- ヒワダニ科
- チョウチンダニ科
- マイコダニ科
- フシイレコダニ科
- ニセイレコダニ科
- ツツハラダニ科
- ヘソイレコダニ科
- オニダニ科
- ツキノワダニ科
- ウズタカダニ科
- ジュズダニモドキ科
- ジュズダニ科
- クモスケダニ科
- ツヤタマゴダニ科
- イブシダニ科
- クワガタダニ科
- ツブダニ科
- ミズノロダニ科 - 淡水性
- コバネダニ科
- フリソデダニ科
- 他
- コナダニ亜目 (Astigmata )
- ニクダニ科 (Glycyphagidae )
- コナダニ科 (Acaridae ) - 砂糖や乾物に発生する
- チリダニ科 (Pyroglyphidae )
- ウモウダニ科 (Analgidae )
- ヒゼンダニ科 (Sarcoptidae ) - 皮膚に穿孔して寄生
- キノウエコナダニ科 (Winterschmidtiidae )
- 他
- アシナガダニ亜目
脚注
- ^ William Elford Leach (1790-1836) zoologist or Edwin S. Leach (1878-1971)
- ^ 青木(1968)p.14
- ^ 尚学図書編、『日本方言大辞典』、小学館、1989年
- ^ 『広辞苑』五版
- ^ 以下、主として内田監修 (1966), p142-149、および石川編 (2008), p.140-142
- ^ スティーヴン・ジェイ・グールド『パンダの親指 上―進化論再考』(早川書房、1996年)pp.105-107. ISBN 978-4-150-50206-5
- ^ Drew, WL (1994), "Rickettsia, Coxiella, Erlichia, and Rochalimaea", in Ryan, KJ et al, Sherris Medical Microbiology, Stamford: Appleton & Lange, pp. 431-438, ISBN 0838585418
- ^ Plorde, JJ (1994), "Spirochetes", in Ryan, KJ et al, Sherris Medical Microbiology, Stamford: Appleton & Lange, pp. 385-400, ISBN 0838585418
- ^ 日本にもいる! 中国「殺人ダニ」衝撃度...33人死亡 ZAKZAK 2010年10月02日
参考文献
- 『動物系統分類学 第7巻 中 A (節足動物 第2 a)』内田亨監修、中山書店、1966年。OCLC 672633706。全国書誌番号:52000282。
- 石川良輔編 編『節足動物の多様性と系統』岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ〉、2008年。ISBN 978-4-7853-5829-7。
- 安倍弘ほか「ダニ亜綱の高次分類群に対する和名の提案」『日本ダニ学会誌』第18巻第2号、日本ダニ学会、2009年、99-104頁、doi:10.2300/acari.18.99、ISSN 0918-1067、NAID 10025993189。
- 青木淳一、『よみもの動物記 ダニの話』、(1968)、北隆館