サッカーJ1のモンテディオ山形は、天童市のNDソフトスタジアム山形にFC東京を迎えて、リーグ戦第11節を戦いました。前節の大宮アルディージャ戦は連休最終日の午後7時キックオフという時間だったため、大宮サポーターの数はあまり多くありませんでした。今回は、日曜日の午後4時キックオフということで、前日から天童温泉に宿泊した東京サポーターも多くいらしたようです。
FC東京のノボリ旗を写真に収めようと天童温泉の周辺を午前10時頃うろつきましたが、東京のチームカラー「赤青」のグッズを身につけた人たちをたくさん見かけました。
(参考)
[2009年08月19日] モンテディオ山形、FC東京に1対0で勝利
モンテディオ山形のホームゲームで恒例となっている炎のカリーパン「対戦相手を喰っちゃおーシリーズ」、今回は4種類プラスFC東京サポーター向けの2種類(FC東京の次節の対戦相手・清水エスパルスにちなんだカリーパン)の合計6種類が用意されました。
カリーパンに加えて、久々にカリーパンサンドがお目見えしました。カリーパンをバンズに、レタスやキャベツ、ハム、目玉焼きがはさんであります。副社長いわく、当初はキューピーマヨネーズを使おうと思ったものの、わざわざ「味の素マヨネーズ」を準備したそうです。これはかなり美味! もし見かけたら、ぜひご賞味ください。
[写真:カリーパンサンド(モンテディオ山形対FC東京)]
連休最終日の夜に行われた大宮アルディージャ戦は、思ったほど人の入りがありませんでしたが、この日は天気がいい日曜日の日中ということもあって、多くの家族連れが訪れました。昨年までのスタジアム内からスタジアム外の「おまつり広場」に会場を移した「もんてらんど」には、キックターゲットや「モンテス」のエアトランポリンで遊ぶ子どもたち、東根市がPRを兼ねて開催していたさくらんぼ種飛ばし大会に挑戦するFC東京サポーターの姿がありました。
キックオフが午後4時で、山形新幹線で日帰り可能なこともあってか、FC東京サポーターも数多くかけつけました。日曜日の開催であれば、「次の日からまた仕事...」ということを考えると、ホーム側のサポーターにとっても、日中の試合のほうが行きやすいですよね。
バックスタンド南側からは、スタジアムそばにある天童市立干布小学校が全校応援で声援を送りました。市町村応援デーは東根市、真室川町、西川町、小国町が対象でした。比較的スタジアムから近い東根市が入っていたからか、この日はバックスタンド南側もほぼ満席に見えました。
サッカーJ1のモンテディオ山形は、天童市のNDソフトスタジアム山形に大宮アルディージャを迎えて、リーグ戦第10節を戦いました。ゴールデンウィーク中の唯一のホームゲームでしたが、キックオフは午後7時...。連休中日の試合であれば、天童温泉への宿泊客も大いに期待できたのかもしれません。
JR天童駅から天童温泉までの「温泉通り」には、大宮アルディージャを歓迎するノボリ旗が掲げられました。
(参考)
[2009年11月21日] モンテディオ山形、大宮と分けて残留確定ならず
フェイスペインティング、昨年は特設駐車場からスタジアムに進んだ真正面で行われていましたが、今年はおまつり広場のそばに移されました。昨年は長蛇の列が出来ていましたが、今年はちょっと寂しげ...。せめて、テントの掲げた看板がもう少し大きければ良かったのでは、と思いました。
試合開始前には、全日本少年サッカー大会山形地区大会開会式がバックスタンド前で行われました。優勝チームは7月31日(土)から8月7日(土)まで行われる決勝大会(全国大会)に出場することが出来ます。
そして...。「まだいるのか?」と思ってしまうのですが、相変わらず、国道13号向かいにある商業エリア「ら・らパーク」駐車場に車を置いてくる人たちがいるようです。試合後の駐車場での混雑を避けたいということなのだと思いますが、話が大きくなれば、モンテディオ山形に対して「営業補償金を支払ってください」なんてことになりかねません。
ホーム自由席(ゴール裏)にいれば、試合が終わってからも選手にエールを送ったりスポーツ県民歌を歌ったりと「儀式」がいろいろあります。さらに、屋台村で休憩して行けば、自然と時間調整されて、スムーズに駐車場から出ることが出来ます。「モンテディオの試合がある日は、スタジアムで半日過ごすつもりで来場してもらえればいいのになぁ〜」と思います。
[写真:大宮ゴール裏(モンテディオ山形対大宮アルディージャ)]
(写真左)「子どもの日」にちなんで、ゴール裏でも鯉のぼりが泳ぎます
(写真上)「明日から仕事...」にも関わらず、大宮からもサポーターがいらしてくださいました
試合は、お互いにゴール前までボールを運ぶもののゴールを決めきれず0対0で迎えた後半18分、MF北村知隆(きたむら・ともたか)選手がペナルティエリアで倒されPKを獲得すると、FW古橋達弥(ふるはし・たつや)選手がきっちりゴールを決め、1対0で勝利しました。モンテディオ山形は勝ち点を14に伸ばし、順位は1つ上がって8位になりました。
ホームタウンTENDO推進協議会が、6月5日(土)午後4時から行われるサッカー・ヤマザキナビスコカップ予選第6節・モンテディオ山形対湘南ベルマーレを「天童市民応援デー」に設定していることが天童市の広報誌「市報てんどう」2010年5月1日号で告知されています。天童市内に在住か天童市内に勤務している人は、バックスタンド席(一般)が通常3,000円のところ、半額の1,500円で購入することが出来ます。また、小・中・高校生には、無料整理券が配布されます。
天童市南部の高擶(たかだま)地区で、5月2日に高擶城築城600年祭開幕式典が開催されました。高擶地区では斎藤浩一(さいとう・こういち)市立高擶公民館長を会長とする高擶城築城600年祭実行委員会が1年前から組織され、昨年はプレイベントも開催しています。式典では「人と人とのかかわりを地域のエネルギーにし、郷土愛を育てて今後の地域活動に弾みを付けていこう」と斎藤会長があいさつしたあとテープカットが行われ、引き続き高擶小の児童によるコーラスや天童三中吹奏楽部の演奏などのアトラクションが開催されました。
今後は600年にちなんだ屋台村や地域の散策ツアー、運動会、芋煮会など、来年2月まで8つのイベントを繰り広げながら地域を盛り上げていく計画です。
高擶地区出身の郷土史家で県立博物館副館長も務めた荻野和夫さん(故人)が県立博物館研究報告(1987年)に寄せた「高擶城の興亡」などによると、高擶城は斯波義直(しば・よしなお)が1410年ごろに開城したそうです。斯波義直は、足利幕府から「出羽按察使」(羽州管領)に任ぜられ、羽前山形に入部した斯波兼頼(しば・かねより)の嫡子・斯波直家(しば・なおいえ)の次男です。室町後期の1570年には最上家の相続争いに伴って、最上義光が一時的に居城したといわれています。
城のお堀は1960年代(昭和30年代)ごろまで残っており、その後、宅地として埋め立てられてしまいました。高擶城に関連するものは、現在は、楯之内公民館のとなりに地元の人たちが1979年(昭和54年)に建立した石碑「高擶城址」が残るだけです。しかし、高擶地区のあちこちでみかけられる長い板塀や板塀を越えて松の枝が伸びている「見越しの松」など、城下町をしのばせる街並みが今も残されていて、JR東日本「小さな旅」などでもイベントが企画されています。