31年ぶりに再演された名作 劇評:シアターコクーン・オンレパートリー2016 芸術監督 蜷川幸雄・追悼公演『ビニールの城』
- 2016年10月21日
- 思想, 生活
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- 藤原 央登
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2016年『ビニールの城』 Bunkamuraシアターコクーン
撮影:細野晋司
劇団唐組(元・状況劇場)を主宰する劇作家・演出家の唐十郎が、俳優の石橋蓮司が主宰する劇団第七病棟に書き下ろし、1985年に上演された『ビニールの城』。この作品は、かつてあった雑誌『FOCUS』の企画「演劇評論家が選ぶ80年代演劇ベスト10」にて、第1位に選ばれた。そのことからも、唐の最高傑作との呼び声が高いが、長らく再演されることがなかった。今回、31年ぶりに再演されるにあたって、上演されるBunkamuraシアターコクーンの芸術監督を務める蜷川幸雄が演出する予定であった。
『週刊読書人』6月21日号の演出家・金珍守と演劇評論家・西堂行人の対談によると、『ビニールの城』の再演は蜷川にとって、「四〇年間為せないままだった石橋蓮司たちとの和解」(金)の末にこぎつけたことであった。蜷川と石橋は、劇団現代人劇場(1967年結成)、そして劇結社櫻社(1971年結成)を共に結成し、かつて新宿にあったアートシアター新宿文化で、劇作家・清水邦夫の舞台を上演した。しかし1974年、蜷川が東宝という大劇場で『ロミオとジュリエット』を演出したことをきっかけにして劇団の反発を招き、決別してしまった。だから、「あの暗い闇から開放されたいという思いをすごく感じ」(金)ていたのだという。仮チラシにも蜷川の名前がクレジットされていたが、演劇界の巨星は5月12日に逝去(満80歳)。そこで、本公演に俳優として出演する金珍守が、演出も兼務することに。本チラシには、蜷川の名前は[監修]でクレジットされた。金守珍は1987年に旗揚げした新宿梁山泊を主宰している。紫テントによる上演形態は、状況劇場の紅テントに倣ったもので、金はそこで俳優として活動していた。2005年には、唐が新宿梁山泊に書き下ろした『風のほこり』を初演している。『ビニールの城』公演の直前である6月には、唐の『新・二都物語』を新宿梁山泊で上演したばかりであった。さらに金の活動歴を遡れば、蜷川が主宰していたニナガワ・スタジオの出身である。1960年代に勃興し、今日の現代演劇の源流となった小劇場運動。いわば金は、その一翼を担った蜷川・唐両氏から薫陶を受けた演出家なのである。惜しくも「芸術監督 蜷川幸雄・追悼公演」となってしまったが、蜷川亡き後の演出に金は適任であった。
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2016年『ビニールの城』 Bunkamuraシアターコクーン
撮影:細野晋司
蜷川が過去に上演した唐作品は、過去に『下谷万年町物語』(2012年、Bunkamura シアターコクーン)、『盲導犬 ―澁澤龍彦「犬狼都市」より―』、『唐版 滝の白糸』(共に2013年、Bunkamura シアターコクーン)を観ている。金の演出による本作は、蜷川の唐作品演出に十分比肩し、強く印象に残る出来であった。腹話術師の朝顔(森田剛)が、一度捨てた人形・夕顔を探しに人形倉庫にやってくる。高い天井近くまである巨大な棚に整然と並んだ腹話術人形の中には、人形役の俳優もいる。棚を上り下りしながら探すも、大切な相棒を見つけることができない。静かな幕開けながらも、異様な世界へ引き込む冒頭シーンは、演劇の勝負は開幕3分の衝撃力という、人口に膾炙した蜷川の演出術を体言していた。本水を使った瓢箪池でずぶ濡れになりながら演技する俳優、そしてビニ本が納められたビニールがズズッズズッと天井高く引き上げられる中、その後ろでクレーンに乗った半裸のモモ(宮沢りえ)が登場する幕切れ 。瓢箪池の中にある、ビニールの城にいる美しいモモを視覚的に見せる演出だ。舞台は、この詩情溢れる圧巻のラストシーンに向かって疾走してゆく。
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2016年『ビニールの城』 Bunkamuraシアターコクーン
撮影:細野晋司
ビニ本のモデルを務めるモモと腹話術師との果たせない悲恋物語。そこにモモの夫であるター(荒川良々)が絡む三角関係。これが作品の核であるが、幻想と虚実の入り乱れる複雑な物語でありながら、唐の紡ぐ言葉がすっと私に入ってきた。唐は他の劇団に書き下ろした場合は、物語の骨格がはっきりした作品を書くといわれる。かつて鈴木忠志率いる早稲田小劇場(現・SCOT)に書き下ろした『少女仮面』(1969年)がそうである。この作品は当時ジャーナリズムから「アングラ」と蔑称されていた唐に、第15回岸田國士戯曲賞をもたらした。演劇界の芥川賞とも呼ばれる権威ある賞が与えられたことによって、唐は劇作家としてお墨付きを与えられた。しかしそのことへの反発が新劇側から起き、ひとつの事件となったのは有名な話である。現在も繰り返し上演されている『少女仮面』と同じく、『ビニールの城』は物語が明瞭であるばかりか、通体するテーマを持っていることも発見させられた。
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