八木秀次

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八木 秀次(やぎ ひでつぐ、1962年3月9日 - )とは、一応大学は高崎経済大学で自身は法学者だが、なぜか歴史教科書をつくるのが趣味で、同人誌サークル新しい歴史教科書をつくる会の元会長である。また、「男だけで着替えをする会」の会長でもある。女より男のほうが好きだが、性同一性障害や同性愛に理解があるわけではなく、本人は「美しき日本の伝統である男色(興味がある人は自分で調べて)」だと主張している。なお生き別れのがいる。また劇団ひとりの兄でもある。 なお電波に滅法強い東北大学出身の八木秀次とは別人である。


経歴[編集 ]

幼少から中学まで[編集 ]

幼いころからあの誇り高き大東亜戦争を勝ち抜いた祖父母により、「正しい歴史観」を教えられる。そして、天皇のために死ぬことや、今の歴史は間違いであるということを教えられた彼は、祖父母に歴史を正すことを誓う。小学校になり、彼は「今の歴史教科書は、間違っている。」と主張し、また中学時代には「間違った歴史観を正すべきだ」と言った。

高校から大学[編集 ]

高校に入っても、やはり頭がよかったらしい。日本史をとったが、やはり「この教科書は間違っている」と思っていた。授業でも正しい歴史観に沿って発言するため、担任の先生が絶賛していて、テストも毎回100点だった。

評価[編集 ]

学生[編集 ]

大学の講義については、とにかく彼の意見に忠実に書いていれば点はとれるので学生からの評価は高い。過去には「天皇陛下万歳、愚かな左翼どもに死を!!!」と答案に殴り書きしただけで単位を貰った学生もいるほどである。そのため「神様八木様」と言われるほどである。(ちなみに某野球選手とは関係ない)しかし少しでも彼の考えに逆らえば、いや彼の考えに疑問を挟んだ時点で、「共産主義者」と決定し単位を取ることができない。また強力なコネクションを利用して、彼の考えに逆らった学生の就職をあの手この手で妨害している。一方彼に気に入られさえすれば、就職は安泰なので、勉強そっちのけで部活や合コンにいそしむ若い学生からの評価は高い。ただあまりに気に入られすぎるとぴーなことをされるらしい(特に体育会の男子学生に多い)。

学者[編集 ]

学者としての交流は同人誌サークル新しい歴史教科書をつくる会を基本として幅広い。会員からは「非常に話しやすくて気があういい人」と評価は良好である。また気に入った会員()に対しては二人で飲みにいったあと、「今夜は帰さないよ」といいホテルに誘うなど積極的なアプローチをかける一面を見せている。しかし敵対する学者については、徹底的に言い負かす。彼と討論したことのある学者は「驚きましたよ。全く話が噛み合わないんですから。」「なんか、私が彼の理論の欠点を突いたら、なにやら、わけのわからないことをいいだし最後は『このマルクス主義者め!!!ソビエトに帰れ!』ですよ驚きました」「私が着席したら『マルクス主義者と議論する必要はない!!』ていいだして、、、、」と反対派からも一目おかれている。

ウィキぺディア[編集 ]

このように素晴らしい考えを持ち多くの人から高い評価を得ている彼だからウィキぺディアにおいても高い評価を得ている。ウィキぺディアのページが左翼の攻撃を受けたときも、多くの彼の支持者が立ち上がり彼のページを守った。念のためだが彼とそのソックパペット がやったのではない。あくまで彼を支持する人々の手によるものである

皇位継承論争 [編集 ]

下記の著書欄を参照すればわかるように八木は「皇位継承問題では男系継承の意義をいち早く唱えた者(削除) (自称) (削除ここまで)である。これに対し、小林よしのりは2010年からSAPIO誌「ゴーマニズム新 天皇論」の連載で新田均竹田恒泰ら八木を含んだ男系継承論者を一斉射撃、皇室の存続のためには女系を含めた直系継承が必要であると主張したが、八木はこれに対し沈黙を貫いた。これに対し小林は先述の連載で櫻井よしこ大原康男と八木を名指しして「頭のいい保守系論者は(男系継承論を引っ込めて)沈黙してしまったではないか!!」とあてこすった。これには流石の八木も激高し、「正論」11月号『CROSS LINE』欄で「あくまで新田均の主張の仕方や内容を安心して見ていて論争に加わる必要を感じていないだけなんだからねっ!論争は新田にお任せしているからで、新田の主張はお任せするに値すると思ってるだけなんだからねっ!!別に論争に加わらないからって小林の主張に納得しているとか反論できないからとかじゃないんだからねっ!!!誤解したら許さないんだからねっ!!!!」鶏冠おっ立てて喝破した(ちなみに新田は八木の大学の先輩にあたり、ぴーな関係であることを検閲により削除 )。その後、小林から「ずっるいな〜〜っ。『お任せ』だって!まさにこれが八木秀次!小心で姑息なずる!」と揶揄された彼は(削除) 小林叩きのために (削除ここまで)急遽出版された別冊正論14号で持論の「y(ヤギ)染色体説」を強弁、小林を言挙げしたもの、それによって彼は皇位継承問題における主張の正当性を自ら放棄してしまった。皮肉なことである。こちらも参照されたい。

著書[編集 ]

  • 『論戦布告――中韓人どもを皆殺しにし美しい国へ』(1999年)
  • 『誰が教育を滅ぼしたか――正しい歴史観による教育を』(2001年)
  • 『反「人権」宣言――貧乏人に人権はいらない!』(2001年)
  • 『明治憲法の思想――大日本帝国より愛をこめて』(2002年)
  • 『日本国憲法とは何か――戦争に行ける美しい国憲法へ』(2003年)
  • 『国家再生の哲学――国民よ天皇をまもる盾となれ!』(2004年)
  • 『「女性天皇容認論」を排す――愚かな女どもを帝にするとは何事だ!』(2004年)
  • 『国民の思想――陛下に逆らう愚かな左翼たちへ』(2005年)
  • 『本当に女帝を認めてもいいのか――男、天皇はやはり男だぁぁ!』(2005年)
  • 『日本人なら知っておきたい!Q&Aで分かる天皇制度――好き!好き!天皇大好き!』(2006年)
  • 『公教育再生 「正常化」のために国民が知っておくべきこと――伝統の男色作法』(2007年)
  • 『日本を愛する者が自覚すべきこと――Fall'n love Japan and Japanese boys!』(2007年)
  • 『日本の個性――日本文明論入門―― Chauvinism of Japan』(2008年)
  • 『「人権派弁護士」の常識の非常識――「人権派」の皮をかぶった左翼を糺す』(2008年)

関連項目[編集 ]

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