名古屋高裁判決を受け、改めて生活保護における自動車保有要件の緩和を求める会長声明


2025年6月26日、名古屋高等裁判所民事第1部(吉田彩裁判長)は、三重県鈴鹿市による生活保護停止処分を違法として取り消した津地方裁判所の判決(津地判令和6年9月26日。以下「原判決」という。)の控訴審において、鈴鹿市の生活保護停止処分を取り消すという第1審の判決を維持し、同判決は確定した(以下「控訴審判決」という。)。この事件は、鈴鹿市が、身体に障害のある生活保護利用者に対し、自動車の保有を認めなかっただけでなく、提出済みであった自動車の処分に係る見積書とは別に、2社以上の見積書を提出するよう求め、それに応じなかったことを理由に生活保護の停止処分を行ったものであった。


控訴審判決は、「通院等のために公共交通機関及び福祉有償運送を含む他の送迎手段によることは困難であって、自動車による通院等を行うことが真にやむを得ない状況であること」が「明らかに認められる」と述べた上で、本件の生活保護利用者には自動車の保有が認められるべきとし、鈴鹿市による見積書提出指導は違法であり、それに従わなかったことを理由とする停止処分もまた違法であるとした。


生活保護における自動車保有をめぐっては、鈴鹿市による生活保護停止処分を争う事件が別にもあり、この事件でも生活保護利用者の請求が認容された(津地判令和6年3月21日、名古屋高判令和6年10月30日)ほか、全国でも同様の紛争が多数生じている。


このように自動車保有をめぐる紛争が多発する原因は、昭和38年4月1日付け社保第34号厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」等が自動車保有を原則として禁止するなど極めて限定的で、誤った運用を誘発する内容となっていることにある。本件でも、平成26年3月31日付け社援保発0331第3号厚生労働省社会・援護局保護課長通知「「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」の一部改正について(通知)」により、「タクシーでの移送に比べ自動車での通院が、地域の実態に照らし、社会通念上妥当であると判断される等、自動車により通院等を行うことが真にやむを得ない状況であること」という新たに付加された要件(以下「タクシー移送との比較要件」という。)の充足が問題となり、「タクシー利用は困難ではない」との鈴鹿市の主張が、原審・控訴審を通じて誤りであると判断されたものである。


自動車の普及率は2023年の時点において、全世帯で全国77.6%、首都圏以外では82.3%となっている。これに対して、当連合会が2023年9月6日から同年10月6日にかけて行った全国自治体アンケート調査に回答した自治体の生活保護世帯数に対する自動車保有容認件数の割合は僅か0.6%に留まっており、保有が強く制限されている実態がある。公共交通機関の廃止や減便が広がる中、自動車が日常生活を維持するために必要不可欠なものとなっている地域が多く、自動車保有を制限的にしか認めない現行の生活保護制度は、本件のような誤った運用を誘発するという問題を抱えているばかりでなく、そもそも現代の社会事情にそぐわないものとなっている。


公共交通機関の利用が不便な地域に居住する者や障害者による自動車の保有は、それを容認することが就労による経済的自立につながるほか、その保有を認めなければ健康を維持するための通院に支障を来すなど、様々な側面から必要不可欠であり、最低限度の生活の保障と自立の助長という生活保護法の趣旨(1条)からしても現行より広く保有を認めるべきである。


当連合会は、2010年5月6日付け「生活保護における生活用品としての自動車保有に関する意見書」及び2024年9月19日付け「生活保護における自動車保有・利用の制限緩和等を求める意見書」において、処分価値が小さい(例えば、当該世帯の最低生活費の6か月分まで)生活用品としての自動車は、ローン返済中のものも含め、当該地域で70%程度の普及率があることを基準として原則的に保有を認める旨の通知を発出することを厚生労働省に求めてきた。


その上で、「タクシー移送との比較要件」については、現に鈴鹿市のような誤った運用を誘発し、原判決が「最近のタクシー事情に照らしても、一層合理性が疑わしくなっている」と指摘したことに照らしても直ちに削除されるべきである。この点も含め、当連合会は、この度の控訴審判決を受けて改めて自動車保有容認の要件の緩和を求めるものである。



2025年(令和7年)9月18日

日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子

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