賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の速やかな撤廃を求める会長声明
当連合会は、2024年(令和6年)5月10日付け「賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の撤廃を求める意見書」において、賃金請求権の消滅時効期間や労働関係に関する重要書類の保存期間等を「5年」と定める労働基準法第115条、第114条、第109条の各規定について「当分の間」いずれも「3年」とする経過措置(同法附則第143条)を、2025年3月末の経過後速やかに撤廃することを求めている。
これらの各規定及び附則は、2020年(令和2年)に成立した労働基準法の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)により改正・制定されたものであるが、これに先立つ労働政策審議会建議(労審発第1127号令和元年12月27日「賃金等請求権の消滅時効の在り方について(建議)」)においては、経過措置を置くことの趣旨として、「企業の記録保存に係る負担を増加させることなく、未払賃金等に係る一定の労働者保護を図るべきである」とした上で、「改正法の施行から5年経過後の施行状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講じることとすべきである」とされていた。
そもそも労働基準法は、憲法第27条第2項に基づき、労働者保護のために労働条件の最低基準を定めるものであるところ(労働基準法第1条第2項)、相当な根拠もなく一般法である民法の、しかもその附則において、特別法である労働基準法により定める権利水準を引き下げる条項を規定し続けることは、労働基準法の根本的な趣旨に反する。したがって、上記建議が指摘する「企業の記録保存に係る負担」が軽減される状況となれば、もはや経過措置を存続させる根拠は完全に失われるものと考えられる。
しかるに、この「企業の記録保存」に関しては、2025年(令和7年)3月27日に開催された第196回労働政策審議会労働条件分科会資料として公表された「労働時間制度等に関する実態調査結果について(概要)」において、「人事労務関係書類の保存」についての調査結果が明らかにされている(以下「本調査結果」という。)。この調査は、2024年(令和6年)9月21日から同年10月21日を調査期間として、10,161事業所を対象に、調査票に対する回答を求める方法での調査を行い、4,921事業所からの回答を有効回答として集計し、母集団の状況を推計する手法によって実施されたものである。
本調査結果においては、経過措置が適用されている現状においても、労働者名簿・賃金台帳の保存期間を5年超としている事業者が67.5%存在することが示されている。また、保存期間4年超5年以下が9.7%、3年超4年以下が1.5%、3年が6.9%と示されている。他方、保存期間3年未満であり、現行法すら遵守できていないおそれのある事業者は7.7%である。
本調査結果は、経過措置を撤廃したとしても特段支障がないと思われる事業者が、既に7割近くに上っていることを示している。他方、経過措置の撤廃の影響を考慮すべき対象は、現行法すら遵守できていないおそれのある7.7%の事業者を除くと、18.1%の事業者ということになる。
この点、既に保存期間を4年超5年以下としている9.7%及び3年超4年以下としている1.5%の事業者については、経過措置を撤廃しても、保存期間を若干延長するだけで規定を遵守できる状況にある。その意味で、経過措置撤廃により保存期間を2年延長しなければならなくなり、比較的負担が大きいといえる事業者は、6.9%のみということになる。
しかも、そもそも上記経過措置は、あくまで激変を緩和するためのものであり、本来事業者は、改正法施行後5年を経過した現在までの間に、賃金台帳の保存期間を5年以上にすべく記録管理を改めるべきであったといえる。そうすると、上記6.9%の事業者の負担をもって、賃金請求権について、一般的な債権に比して消滅時効期間を短く設定し続ける実質的根拠とすることは認め難い。
以上のとおり、本調査結果は、もはや経過措置を置くことの実質的根拠が喪失したことを雄弁に物語っている。よって当連合会は、国に対し、憲法第27条第2項に基づき労働条件の最低基準を定める労働基準法の本来の趣旨に従って、可及的速やかに、労働基準法附則第143条を削除し、本件経過措置を撤廃することを求める。
2025年(令和7年)6月12日
日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子