改めて法務局支局における公証事務の取扱いの廃止に反対する会長声明
公証事務は、法的紛争を未然に防止するという重要な予防司法の役割を持つ。特に公正証書は、土地や建物の売買、賃貸借、金銭消費貸借などの契約に関して作成されるほか、遺言、離婚などでも多く利用されている。さらに、近時は任意後見契約、尊厳死宣言などにも公正証書が利用されており、企業のみならず高齢者を含む地域の市民が公正証書を作成する機会が増えている。
このような重要な予防司法の役割を持つ公証事務は、全ての地域の市民が等しく利用することができなければならない。そのため、公証人法第8条は、法務局支局等の管轄区域内に公証人がいない場合において、法務大臣は、当該法務局支局等に勤務する法務事務官に公証人の職務を行わせることができると規定しており、2020年6月時点では全国14カ所の法務局支局(釧路地方法務局根室支局、旭川地方法務局留萌支局、秋田地方法務局本荘支局、同大曲支局、仙台法務局気仙沼支局、新潟地方法務局佐渡支局、長野地方法務局飯山支局、同大町支局、福井地方法務局小浜支局、松江地方法務局西郷支局、長崎地方法務局壱岐支局、同対馬支局、那覇地方法務局宮古島支局、同石垣支局)で公証事務が取り扱われていた。
ところが、2020年7月1日、旭川地方法務局留萌支局、秋田地方法務局本荘支局、同大曲支局及び福井地方法務局小浜支局における公証事務の取扱いが廃止された。その際、当連合会は同日付けで、「法務局支局における公証事務の取扱いの廃止に反対する会長声明」を公表し、法務大臣に対し、前記4支局について、速やかに公証事務の取扱いを再開することを求めるとともに、公証事務が取り扱われている法務局支局については、市民に対し、取扱業務に公証事務が含まれることを積極的に周知することを求めた。
それにもかかわらず、今般、公証事務を取り扱っている長野地方法務局飯山支局及び同大町支局における公証事務の取扱い廃止が検討されていることが明らかになった。廃止方針の理由として、当局からの説明によれば、前記2支局での公証事務利用件数が少ないこと、最寄りの各公証役場までの自動車での所要時間が1時間弱であることなどが挙げられている。
しかしながら、前記2支局において公証事務を取り扱っていることは法務局のウェブサイトの取扱事務欄にも記載されておらず、市民に対する特段の広報がされていないのであるから、利用件数が少ないことを理由に取扱いを廃止することは相当ではない。また、自動車での来訪の可能性、容易性を理由に挙げることは、自動車での移動が困難な者が存在する社会的生活実態とも適合しない。加えて、前記2支局は冬季の積雪が多い地域であること、地域の公共交通機関が衰退していることも考慮すれば、法務局支局における公証事務の取扱いを廃止することは公証事務に対する地域の市民のアクセスを著しく阻害することは明らかである。
なお、2023年6月14日には改正公証人法が公布され、今後は、一定の要件のもとでウェブ会議を利用することなどにより、公証役場や法務局支局に赴かなくても公正証書の作成などを行うことが可能になる見込みである。
しかしながら、公正証書の作成などの公証事務の利用を希望する市民の中には、インターネットの利用ができない者、ウェブ会議の利用方法がわからない者、あるいは申請に必要な電子署名の取得が困難な者もいる。加えて、高齢の利用者による遺言公正証書及び任意後見契約公正証書の作成の事案などでは、利用者の判断能力の有無や、第三者による発言の誘導の可能性の有無を確認する必要があり、公証人らにおいて直接面談を行う必要性が高い事案も存在する。さらに、尊厳死宣言公正証書は、自己の人生の最終段階における医療・ケアのあり方についての意思を表明し、公証人らがこれを聴取した上で公正証書を作成するものであり、特に公証人らが直接面談を行って利用者の判断能力や真意を丁寧に確認する必要性が高い。
したがって、ウェブ会議を利用して公証事務を行うことが可能になったとしても、身近な法務局支局に赴いて公正証書などを作成することができる体制を残しておく必要性の有無が変わるものではない。 現在、公証事務を扱う法務局支局は全国でわずか10庁にまで減少している。今後も公証事務を扱う法務局支局の廃止の動きが続くようであれば、地域の市民の公証事務に対するアクセスはさらに制限されることとなり、そのような事態は到底看過することはできない。
よって、当連合会は、現在、公証事務を取り扱っている法務局支局における公証事務の取扱いの廃止に反対するとともに、改めて廃止された上記4支局について、速やかに公証事務の取扱いを再開すること、及び、公証事務取扱いのある法務局支局については、市民に対し、取扱業務に公証事務が含まれることを積極的に周知することを求める。
2025年(令和7年)2月28日
日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子