日弁連新聞 第617号
生活扶助基準引下げを違法とした最高裁判所判決を高く評価し、生活保護利用者及び元利用者への補償と生活保障法の制定を求める会長声明
生活扶助基準引下げを違法とした最高裁判所判決を高く評価し、生活保護利用者及び元利用者への補償と生活保障法の制定を求める会長声明
本年6月27日、最高裁判所第三小法廷は厚生労働大臣による生活扶助基準の引き下げの違法性を認め、保護費の減額処分を取り消す判決を言い渡した。これを受けて日弁連は、同日に標記の会長声明を公表した。
最高裁判決の概要
本件は、大阪府内・愛知県内の生活保護利用者らが、2013年8月から3回に分けて実施された生活扶助基準の引き下げに係る保護費減額処分の取消し等を求めた各訴訟の上告審である。
本判決は、生活保護基準の在り方を検討してきた社会保障審議会生活保護基準部会で議論が全くなされなかった2008年から2011年の「物価下落」を反映したとする「デフレ調整」を主要な理由として引き下げを行ったことが、厚生労働大臣に与えられた裁量を逸脱・濫用するものであり、生活保護法3条、8条2項に違反するとした。
会長声明の内容
本声明は、この判決を司法が担うべき役割を十分に果たしたものとして高く評価した上で、全国の裁判所に係属している同種訴訟についても全面解決を図り、提訴した者以外の利用者および元利用者に対しても引き下げ前の基準による支給額と実際の支給額との差額を支給するなどの必要な補償措置を直ちに講じることを求めるものである。
併せて、生活保護基準の改定が適法性を欠くことがないようにするため、日弁連が2019年2月14日付けで公表した「生活保護法改正要綱案(改訂版)」において提言した、1国会は専門的な検討機関の調査審議を経た意見を聴いて改定しなければならないとする、2改定は統計等との合理的関連性の有無を再検証できる方法に基づいて行う、3検討機関は生活保護利用者の意見を反映するために必要な措置を講じる、などを内容とする「生活保障法」の制定を強く求めている。
日弁連は、2024年人権擁護大会における「「生活保障法」の制定等により、すべての人の生存権が保障され、誰もが安心して暮らせる社会の実現を求める決議」でも同法制定を提言しており、そのための活動を引き続き行っていく。
(貧困問題対策本部 事務局次長 太田伸二)
「福井女子中学生殺人事件」再審無罪判決に関する会長声明
本年7月18日、名古屋高等裁判所金沢支部は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について、前川彰司氏に対し、再審無罪判決を言い渡した。これを受けて日弁連は、同日に標記の会長声明を公表した。
本件は、1986年3月、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。客観的な証拠が無い中で、関係者らの供述に基づき事件発生の1年後に前川氏が逮捕され、起訴に至った。前川氏は、一貫して無罪を主張していた。
確定審第一審は、変遷を重ねる関係者供述の信用性を否定し、無罪判決を言い渡したが、確定審控訴審は、関係者らの供述について「大筋で一致」するとして信用性を認め、逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、上告審で確定した。
2004年7月の第1次再審請求審では、一度は再審開始決定がなされたものの、検察官の即時抗告に代わる異議申し立てにより取り消され、特別抗告も棄却となった。2022年10月の第2次再審請求審では、新たな証拠287点が開示され、主要関係者の証人尋問も実施された結果、2024年10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部は、関係者らの供述の信用性を改めて否定し、再審開始を決定した。検察官が即時抗告に代わる異議申し立てを断念し、再審開始決定が確定した。
本年3月6日の第1回再審公判は即日結審した。本判決は、警察官が重要証人に金銭を交付したなど、職務に対する国民の信頼を裏切る不当な所為があったほか、確定審段階で検察官が、主要関係者の供述の信用性判断にとって重要な前提事実について、誤りがあることを把握したにもかかわらずこれを秘匿し、論告等にて誤った前提事実に基づいた主張を続けたと認定し、公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為と言わざるを得ず、刑事司法全体に対する信頼を揺るがせる深刻なものであると判示し、確定審第一審の無罪判決を維持し、検察官の控訴を棄却した。
本声明では、この判決を高く評価するとともに、改めて、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての禁止および再審請求審における手続規定の整備を含む再審法(刑事訴訟法の再審規定)の速やかな改正を強く求めた。
再審法改正の議論状況
法制審議会刑事法(再審関係)部会による再審法(刑事訴訟法の再審規定)改正の審議が始まる中、議員立法による改正法案が国会に提出された。本稿では再審法改正の議論状況について報告する。
本年6月18日、野党6党の共同により、再審法改正を内容とする「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」が衆議院に提出された(第217回国会衆法第61号)。衆議院法務委員会に改正法案が付託され、閉会中審査となっている。
改正法案には、再審請求手続における検察官保管証拠等の開示命令、再審開始決定に対する検察官不服申し立ての禁止、過去の審理に関与した裁判官の除斥・忌避、再審請求手続期日の指定等といった、えん罪被害者の速やかな救済に不可欠な項目が盛り込まれている。超党派で結成された「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」での真摯な検討を踏まえて策定されたもので、国会の意思を示すという点でも大きな意義を有する。しかし、与党の中には「基本法である刑事訴訟法の改正は法制審議会に任せるべきである」との意見もあり、自由民主党、公明党および日本維新の会は、改正法案の共同提出に加わらなかった。
他方で、本年4月21日、法制審議会刑事法(再審関係)部会での審議が始まった。2期日にわたるヒアリングを経て、7月15日からは制度の内容に関する審議に入っている。しかし、この間の審議では、再審手続が「非常」の救済制度であることを殊更に強調し、再審請求審における証拠開示の範囲を新証拠およびそれに基づく主張に関連する限度にとどめるべきとの意見や、再審開始決定に対する検察官不服申し立ての禁止に消極的な意見が出るなど、その議論は既に国会に提出されている改正法案の内容よりも後退しているものと言わざるを得ない。
えん罪被害者の速やかな救済という再審法改正の目的を達成するためには、早期に「唯一の立法機関」である国会において、再審法改正の方向性を示すことが重要である。秋の臨時国会での法改正の実現に向けて、日弁連は全国の弁護士会とともに、さらに取り組みを強化していく。
(再審法改正実現本部 事務局長 上地大三郎)
ひまわり
子どもの頃、よく乗り物酔いをしていた。電車に乗るときも各駅停車のほうが気楽だった。すぐに降りて休めるからだ。年を重ねて乗り物酔いはしなくなったが、今も普通列車のほうが気分がよい▼夏になると、「青春18きっぷ」を思い出す。学生の頃、夏休みにこれを使い、ひとりでよく東京から夜行列車に乗って西のほうに行った▼行き帰りとも夜行列車を使えば、2枚で東京・京都を往復できる。朝早く京都駅に着き、一日歩き回り、夜に五山の送り火を見る。最後までは見られないが、駅で焼き鯖寿司を買って夜行列車で帰ったことを思い出す。別の機会には、紀伊半島の沿岸を走る紀勢本線に乗って回った。南部駅の次の駅で降りたら、仕込み中の梅干しの香りが一面に満ちていた。今でも梅干しの香りを嗅ぐと、当時の情景を思い出す。一番の遠出は、東京から小倉に入り、鹿児島本線から日豊本線で九州を一周して、東京に帰った経路。ぜいたくに5枚綴りの1セットを使い切った記憶だ。日豊本線は海あり山ありで長かったが、いい思い出だ▼最近は、本の時刻表を使わないし、普通列車の夜行も見かけなくなった。「タイパ」が求められる時代だが、この時期になると、無計画にどこかに行きたくなる。
(T・K)
防災庁構想に対する意見書
政府が2026年度中に設置準備を進めている防災庁について、日弁連は本年6月20日付けで「防災庁構想に対する意見書」を取りまとめ、内閣総理大臣、衆議院議長および参議院議長に提出した。
防災庁構想に関しては有識者会議の報告のほか、自由民主党や経団連も提言を公表しているが、「人間の復興」を旗印とする日弁連の取り組みに鑑みれば、被災者の人権保障の視点が乏しいと言わざるを得ない。
本意見書では、これまでの被災者支援活動の経験を踏まえ、被災者の人権保障と尊厳保持を主たる目的に盛り込むこと等を求め、女性、子どもを含む要配慮者、市民の観点からの提言を述べた。具体的には、「防災」にとどまらず災害サイクル全体(初動・応急・復旧・再建)を対象とすべきこと、縦割り行政の弊害を排除する強力な連携体制、地方自治体の意向尊重と活動支援、災害関連死に関する諸課題の解決、災害ケースマネジメントの推進、災害情報の的確な発信とオープンガバナンス等、人材育成と災害教育の充実などを重要課題に挙げた。さらに、防災庁の活動を支える人的体制と十分な予算の確保なども求めている。
以下、本意見書に至る二つの背景・問題意識を挙げる。一つは、首都直下地震、南海トラフ巨大地震等の国難級の巨大災害への備えだけではなく、毎年のように頻発する災害についても十分な制度・人員・財源の体制を整えるべきことである。特に財政支出にあっては、未発生の国難級災害を引き合いに出して「今回、支出を認めると、将来、財政破綻する」などの消極意見が出ることも多いが、毎年のように発生する災害において全力で支援に取り組み、改善を積み重ねることで、制度が充実し、人材育成も進み、財政支出やそれに伴う意思決定も効率化し、それによって国難級の災害への対応力が磨かれ、トータルの財政支出の抑制等につながる。もう一つは、防災庁に司令塔の役割が期待されているところ、強力な権限を付与する以上、東日本大震災で設置された復興庁の活動を客観的に検証してそれを反映させるべきことである。
日弁連の提言が契機となって、国民的議論が深まり、防災庁が被災者の人権と尊厳を守る省庁となることを期待する。
(災害復興支援委員会 委員 津久井進)
持続可能な社会の実現のために人権としての環境権の法制化を求める意見書
持続可能な社会の実現のために人権としての環境権の法制化を求める意見書
日弁連は、本年6月20日付けで「持続可能な社会の実現のために人権としての環境権の法制化を求める意見書」を取りまとめ、環境大臣、農林水産大臣、経済産業大臣、国土交通大臣、資源エネルギー庁長官および最高裁判所長官に提出した。
本意見書は、2022年7月28日の国際連合総会決議で承認された人権としての「清浄で健康的かつ持続可能な環境に対する権利(環境権)」の環境基本法への明記、それに伴う環境的意思決定過程における公衆参加権、環境情報へのアクセス権、司法アクセスの確保のための法整備を求めるものである。
日弁連が1970年から、法律家団体としては世界に先駆けて議論してきた環境権は、1993年に制定された環境基本法において明文化されず、30年を経てもなお実質的に保障されていない。
しかし、気候変動や生物多様性の喪失をはじめ、環境を巡る状況が著しく悪化する中、冒頭の国際連合総会決議が可決され、世界では、憲法や法律上、環境権を保障している国が多数となっている。
清浄で健康的かつ持続可能な環境が基本的人権の保障に不可欠であることを環境基本法において明文化し、基本的人権の基盤としての環境価値の保護に確固とした法的根拠を確立することで、新たな立法による手続整備を通じて、公衆参加権、環境情報へのアクセス権を保障し、司法アクセスを確保することが必要である。
同時に、人権としての環境権保護の重要性は、環境基本法上の行政の環境配慮義務に内実を与えて、原告適格の拡大や行政裁量のより厳格な統制への新たな解釈論につながり得る。また、環境リスク型の予防的民事差止訴訟などにおいても、人権としての環境権が、私法領域での新たな利益較量の重要な考慮要素となり得る。
人権としての環境権の保障は、持続可能な発展という日本の政策目標の実現に資するものであり、日本の国際社会に対する貢献にもつながるものである。
(公害対策・環境保全委員会 委員長 池田直樹)
会員向け勉強会
交通事故における障害児・者の逸失利益の算定基準の在り方
〜大阪高裁令 和7年1月20日判決を受けて〜
6月16日 弁護士会館
本年1月20日、大阪高等裁判所判決は、聴覚障害がある死亡女児の逸失利益を全労働者平均賃金の85%とした原審を変更し、障害のない場合と等しい算定に基づく逸失利益を認めた。本判決の分析とともに、今後の逸失利益の算定実務への影響等について議論した。
裁判報告
原告遺族の弁護団を務めた久保陽奈会員(東京)は、被害女児は重度の感音性難聴であったものの、自身の言語知識と照合させて情報を的確に理解する能力が高かったことを報告した。原審は、聴力の障害がコミュニケーションを制限することにより労働能力を制限し得る事実であること自体は否定することができないとしたが、昨今の著しい技術革新や企業における合理的配慮の提供の結果、聴力の障害は労働能力を制限する事由ではなくなっていると説明した。
本判決の意義
吉村良一名誉教授(立命館大学)は、死亡した年少障害者の逸失利益に関する裁判例の推移を概説した。就労可能性がない、または困難だとして逸失利益(損害発生)が否定されてきた中、東京高等裁判所平成6年11月29日判決は、逸失利益の否定は働く能力のない重度の障害児や重病人について、その者を無価値と評価しかねないとして、逸失利益を肯定し、議論は逸失利益の算定論へと移行したと説明した。
その上で、障害児については逸失利益が減額されてもやむを得ないという前提で、その減額差がどこまで縮まるかという検討がなされてきた。本判決は、未成年者の逸失利益の認定に際して、諸々の能力の高低を個別的に問うことなく全労働者平均賃金を用いるとの原則論を示し、平均賃金を減額し得るのは顕著な妨げとなる事由がある例外的な場合に限られると示したことに最大の意義があり、画期的であると評価した。
パネルディスカッション
吉村名誉教授は、自動車損害賠償保険法施行令の労働能力喪失率は、事故による後遺障害の程度を判断するための指標であって、既往障害を持つ人の障害の程度や将来的な能力の発展可能性を示すものではなく、障害児・者の逸失利益については別の観点からの検討を要すると語った。
大島眞一会員(大阪)は、逸失利益の算定は、将来の可能性を踏まえるべきものであり、現時点での統計数値を安易に用いるべきではなく、技術や社会制度が変化することも想定する必要があると述べた。
第35回 日本弁護士連合会夏期消費者セミナー
デジタル広告の現状と課題
7月5日 オンライン開催
第35回日本弁護士連合会夏期消費者セミナー「デジタル広告の現状と課題」
社会のデジタル化が急速に進み、デジタル広告費が日本の総広告費の約半分を占める中、デジタル広告を端緒とする消費者被害が深刻化している。デジタル広告による被害やトラブルの実態を共有し、その予防や対応の在り方を検討した。
政府の取り組み
吉田弘毅氏(総務省情報流通行政局情報通信作品振興課長)は、デジタル広告を巡る現状と課題として、1著名人等のなりすまし広告を端緒とした投資詐欺等と、2偽・誤情報を掲載するコンテンツ等に広告を配信することで広告主がその拡散を助長してしまうリスクを挙げた。
1への対策として、プラットフォーム事業者にヒアリングを実施し、その結果を公表したことや、プラットフォーム事業者を対象とするモニタリング指針を策定し、継続的に対象事業者の事前・事後の対応を把握する予定であることを説明した。
2については、広告主向けに「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を策定し、「体制構築」「具体的取り組み」「配信状況の確認」の各段階の対策例を示したと述べた。
配信側の対策の必要性
柳田桂子氏(日本インタラクティブ広告協会事務局長)は、デジタル広告に係る事業者向け各種ガイドラインについて概説した。広告掲載先の質を確保しなければ、広告主はブランドの毀損や違法サイト等への広告費の流失等を招くと指摘し、広告主、広告会社、広告仲介事業者、媒体社それぞれの対策を呼びかけた。
情報流通システムへの影響
水谷瑛嗣郎准教授(慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所)は、信頼性の高い情報が民主主義にとって欠かせない世論形成に寄与するならば、ソーシャルメディアの主要な収入源となるデジタル広告もまた、間接的に民主主義を支えるものであり、なりすまし広告は、プラットフォームを通じた情報流通システム自体の信頼性を低下させる有害行為であると論じた。
情報の正確性や信頼性、公共性よりも、いかに情報の受け手を刺激し、プラットフォームに依存させられるかを重視するアテンション・エコノミー(関心経済)への懸念を示し、表現の自由に留意しつつ、デジタル広告の健全性を担保する仕組みが必要であると語った。
シンポジウム
スポーツ事故補償〜被災者の実態をふまえて〜
6月21日 弁護士会館
不法行為制度を基本とする日本のスポーツ事故被災者救済の仕組みにおいて、被災者をはじめとする関係者の経済的・精神的負担が小さくない。スポーツ事故被災者の実態を広く共有し、望ましいスポーツ事故補償制度の構築に向けて議論した。
過失責任の限界
川井圭司教授(同志社大学)は、スポーツ事故を不法行為制度でのみ解決しようとすると、関係者個人に不注意の程度(行為の非難可能性)と比例しない過大な負担を強いる結果となり得る、過失という評価概念を巡って当事者の対立を激化させる、賠償保険制度を介することで違法行為の抑止効果や適切な制裁が十分に機能しない等の問題があると指摘した。また、事故原因の究明にも限界があり、スポーツの発展を妨げる恐れもあると述べた。ドイツの学校災害保険法制度では、学校生活で生じた生徒の損害を教員個人ではなく政府や州・学校設置者が負担し、被害者救済を実現しながら関係者の教育的信頼関係維持を図ることを紹介し、被災者の救済、原因究明、適切な制裁・教育について、競技団体などのコミュニティで担うような制度構築を提案した。
救済の現状等
高校ラグビー部の練習中に頚椎を損傷した中村周平氏(同志社大学大学院)は、事故の原因や支援について話し合いでの解決を望み民事調停を申し立てたが、部活の友人や学校との関係性に変化が生じたと述べた。当事者対立構造を基本とする民事司法制度では、無用な対立を生んで原因究明を困難にする恐れがあるとし、被災者だけでなく関係者を保護するためにも、スポーツ事故の新たな補償制度が必要であると語った。
高校ラグビー部の合宿中に脊髄を損傷した金澤功貴氏(同志社大学大学院)は、学校の迅速な対応や精神的・経済的支援を得て復学し仲間と卒業することができたが、スポーツ事故被災者の多くが必要な支援を受けられていない現状を知ったことを受けて、関係者の善意のみに救済を委ねることには限界があると指摘した。被災者が前向きに人生を歩んでいけるよう、救済構造の改善に期待を示した。
被災者遺族である車谷政恭氏と車谷晴美氏は、損害賠償請求訴訟で認容判決を得たものの、証拠収集に苦労したこと、謝罪や十分な原因究明はなされなかったことを振り返り、同種事故によって新たな被災者を生まないよう、原因究明や再発防止策が図られるような仕組みの整備を切望した。
第84回 市民会議
6月6日 弁護士会館
本年度第1回の市民会議は、再審法(刑事訴訟法の再審規定)改正に向けた取り組みと弁護士の業務広告について議論した。
再審法改正の早期実現を目指して
鈴木善和副会長は、これまでの再審支援事件の動きや再審法改正に向けた日弁連の取り組みを報告した。超党派の国会議員連盟による改正法案について、証拠開示の制度化や検察官抗告の禁止などを柱とし、必要性・緊急性が高い事項を優先的に整備するものと評価した。一方で、本年3月に設置された法制審議会刑事法(再審関係)部会の動きはこれまでの法改正の流れとは必ずしも軌を一にしていないとの懸念を示した。
委員からは、再審法改正実現には世論の力も重要となるとの指摘があった。著名な再審事件を担当した元裁判官による現行法の不備の指摘は市民にとっても説得的であることや、反対する意見や諸外国の制度との違いを含めて、再審法改正問題の全体像を可視化することも有効と思われるなどの意見が出た。
弁護士業務広告について
拝師徳彦副会長は、2000年の会則改正等による弁護士業務広告の原則自由化以降、規制を必要とする合理的理由がある場合にのみ広告規制をしてきたが、近時、インターネット等を多数利用した広告により、市民に過度な期待や誤解を与え、いわゆる国際ロマンス詐欺・投資詐欺事件や債務整理事件等の委任契約の締結を誘引した上で適切な事件処理を行わずに二次的被害を与える事例が散見されることを報告した。弁護士法や関係規程への抵触の恐れがあり、実際に懲戒事例や弁護士法違反による逮捕事案も発生しており、弁護士・弁護士法人への信頼が揺らぎかねない事態にあると危機感を示し、対策として、市民への注意喚起や業務広告に関する指針の改正を実施したほか、今後も関係規程の改正を検討していると述べた。
委員からは、例えば自治体を通じた注意喚起を行うなど、より多くの市民に呼びかけることが望ましいとの指摘があった。日弁連のみが取り組みを続けても不適切広告の出稿を制限することには限界があるとして、広告掲載がきっかけで刑事事件にまで発展する深刻な被害が生じている現状に基づき、プラットフォーマーによる自主規制を促していく必要があるとの意見もあった。
市民会議委員(2025年6月現在)五十音順・敬称略
井田香奈子(朝日新聞オピニオン編集長代理)
伊藤 明子(公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター顧問、元消費者庁長官)
太田 昌克(共同通信編集委員、早稲田大学客員教授、長崎大学客員教授、博士(政策研究))
吉柳さおり(株式会社プラチナム代表取締役、株式会社ベクトル取締役副社長)
小井土彰宏(亜細亜大学国際関係学部多文化コミュニケーション学科教授、一橋大学名誉教授(社会学研究科))
河野 康子(議長、一般財団法人日本消費者協会理事、NPO法人消費者スマイル基金理事長)
清水 秀行(日本労働組合総連合会事務局長)
浜野 京(信州大学理事(ダイバーシティ推進担当)、元日本貿易振興機構理事)
林 香里(副議長、東京大学理事・副学長)
福澤 克雄(株式会社TBSテレビ ドラマ・映画監督)
湯浅 誠(社会活動家、東京大学先端科学技術研究センター特任教授)
精神科病院における隔離・身体的拘束と虐待に関する学習会
6月10日 オンライン開催
日本では精神科病院の入院患者に対する身体的拘束や隔離が広く行われている。日弁連高齢者・障害者権利支援センター内の精神障害のある人の強制入院廃止及び尊厳確立実現本部の委員・幹事が、身体的拘束・隔離に関する現状や問題点、裁判例等を報告した。
身体的拘束・隔離の問題
精神科病院の入院患者に対する身体的拘束・隔離の実施要件は、精神保健福祉法に基づき厚生省告示第130号(以下「本告示」)に定められている。
深谷太一幹事(第二東京)は、身体的拘束・隔離は、個人の尊厳を損ない、患者に深刻なトラウマをもたらし、前者は肺血栓塞栓症の重要なリスクファクターでもあると説明した。それにもかかわらず、身体的拘束・隔離について本告示を厳守した運用がなされていない実態がうかがわれると指摘した。
身体的拘束事案の紹介
佐々木信夫委員(神奈川県)は、医療保護入院中に身体的拘束が行われ、肺動脈血栓塞栓症で死亡した患者の裁判例を紹介した。看護師に対し手をねじり、頭突きで押す暴行等をした患者について、約7日間の身体的拘束が行われ、拘束解放直後に死亡した事案である。拘束開始時には患者に興奮や抵抗はなかった。原審(金沢地方裁判所)は、本件で医師が本告示の定める要件に該当すると判断したことをもって、裁量を濫用又は逸脱した不合理なものということはできないなどとして請求を棄却した。
これに対し、控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部令和2年12月16日判決)は、要件該当性判断が医学上の専門的な知識や経験を有する精神保健指定医の裁量に委ねられているとしても、行動制限の中でも身体的拘束は隔離よりもさらに人権制限の度合いが著しいもので、患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたものであるから、その選択に当たっては特に慎重な配慮を要するとし、本件の身体的拘束の開始は裁量を逸脱し、その後の経過からも身体的拘束が適法となることはなかったと判示して、請求を認容した(上告受理申立棄却により確定)。
東奈央委員(大阪)は、身体的拘束によって深部静脈血栓症・肺塞栓症等に至る医学的メカニズムを概説するとともに、その人らしい生活やそれを支えるケアの確立のためには、家族や関係者・関係機関等が尊厳の保持について共通認識を持つことが不可欠であると述べた。
JFBA PRESS -ジャフバプレス- Vol.204
若手チャレンジ基金制度シルバージャフバ賞
受賞者インタビュー
2024年度の若手チャレンジ基金制度において、「弁護士業務における先進的な取組等に対する表彰」部門でシルバージャフバ賞を受賞した3名の会員に、それぞれの取り組みや活動を通じた思いなどについてお話を伺いました。
(広報室嘱託 花井ゆう子)
冤罪を学び、冤罪に学ぶ
「冤罪学」を出版
西 愛礼 会員(大阪)
取り組みの概要
冤罪の研究と救済に取り組む中、同じような冤罪が再生産されている現状がありました。冤罪を繰り返さないためには、過去に学び、冤罪という事象そのものを知識化する必要があると考えました。そこで、冤罪に関する知見を体系的に整理した基本書として「冤罪学」を出版しました。
「冤罪」には法律上の定義はなく、冤罪に関する知見は、虚偽自白や目撃供述など刑事司法に関する分野ごとに散在していました。本書では、議論の土台として、「冤罪」を一般的な辞書での用語にならって「罪がないのに疑われること、罰せられること」と定義付けた上で、これに関する知見を集約しました。また、認知心理学や社会心理学などについても研究し、「なぜ人は間違えるのか」を、法曹三者それぞれの主観ではなく、できる限り中立的・科学的に分析し、その結果をまとめました。
研究を進める中で、間違いの源泉には人の心理傾向が大きく関係していることが分かりました。確証バイアスやトンネルビジョンもその一つです。冤罪が発生したときに責任を追及するだけで終わらせず、原因を究明し、予防策を講じていくことが必要です。「人は間違える」ことを前提に、冤罪という不正義を生むメカニズムを理解して予防・救済の制度を考えなければならないと思っています。
今後の活動等
台湾での翻訳版の出版や新たな英語論文の執筆など、海外への発信にも力を入れていきます。この分野の研究が進んでいる米国で研鑽を深めるべく、今夏にはスタンフォード大学への留学を予定しています。研究をさらに発展させて冤罪学を次の世代につないでいきたいと考えています。
支援が力に
本基金からの助成・賞金だけでなく、多くの方々からの支援の思いをいただいたと感じます。背中を押してもらっていることが力になり、自分たちの活動がまた誰かの背中を押し、社会を良くすることにつながってほしいと願っています。
留置施設での処遇改善を目指して
被留置者のブラトップ着用を実現
貴谷 悠加 会員(京都)
活動のきっかけ
弁護士1年目のとある少年事件で、ほとんどの留置施設では施設管理権を理由に被留置者がブラトップ(カップ付き女性用肌着)を着用できないことを知り、おかしいと強く感じました。
ワイヤー入りの下着と異なりブラトップは自傷行為等の危険は低く、着用を認めない合理的理由はありません。この運用は被疑者に羞恥心を抱かせ人格的尊厳を傷つけるだけでなく、羞恥心を抱かされた状態で取調べや接見を受けることは接見交通権や防御権の行使にも影響する重大な問題です。それにもかかわらず、これまで顕在化してこなかったのは、留置施設において女性はマイノリティであり、取調官だけではなく弁護人も男性が多く、実情を伝えることができなかったことによる部分も大きかったと思います。
取り組みの概要
2023年10月、京都府警に勾留されている女性被疑者にブラトップを差し入れようとしたところ、差し入れ自体を拒否されました。
国家賠償請求も考えましたが、目の前の被疑者の処遇を改善するためには、スピードが鍵です。同日中に京都府警に申し入れ書を提出するとともに、このような不合理な処遇が広く知られれば、必ずや多くの疑問の声が上がると考えSNSに投稿しました。投稿は拡散され、地方紙やネットニュースでも報道されて大きな問題となりました。その結果、10日後には差し入れが認められ、約2か月後、警察庁がブラトップの使用に関する通達を全国の警察署に発するに至りました。
「おかしい」への挑戦
今回の取り組みで一定の成果は得られましたが、通達に示された基準の分かりにくさや条件の検討が不十分なところもあります。留置施設での生理用品の取り扱いなど、潜在したままの問題は他にもあります。留置施設における処遇の改善に向け、引き続き取り組んでいきたいと考えています。
今回の受賞も自信として、おかしいと感じることに対して、既存のやり方にとらわれず、若手だからこそできる発想で果敢に挑戦していきたいと思っています。
職場における性差別是正に向けて
間接差別の認定を獲得
平井 康太 会員(第二東京)
取り組みの概要
職場での性差別を訴えた依頼者(原告)の訴訟代理人を務めました。
依頼者は一般職の女性正社員です。社内の処遇などについて相談を受ける中で、総合職には手厚い社宅制度の利用が認められる一方、一般職には認められず経済的利益の格差が大きいこと、総合職はほとんどが男性、一般職はほとんどが女性で構成されていることが分かりました。実質的な性差別に該当すると考え、弁護団を結成して提訴に至りました。
東京地方裁判所は、性別を理由とする直接差別こそ認めませんでしたが、社宅制度を総合職に限って認め、事実上女性従業員に相当程度の不利益を与えていることに合理的な理由はないとして間接差別を認定しました。男女雇用機会均等法7条は間接差別に当たる措置を同法施行規則2条で定める3類型に限定していますが、本判決はこの類型外であっても違法になり得ることを示し、間接差別を明確に認定した初めての裁判例となりました。
直接差別は差別意思の立証を要するのに対して、間接差別は必ずしもそれを要しないという点で労働者の立証面での負担も大きく異なります。本判決により間接差別法理の適用領域が広がり、性差別是正に向けた大きな一歩になったと考えています。
次世代へとつなげるために
間接差別禁止が導入された2006年男女雇用機会均等法改正の際、国会での議論の末に間接差別は3類型に限定されてしまいました。一方で、司法判断では3類型に限られないことが附帯決議に明記され、本判決でもこの附帯決議が引用されています。私が弁護士になるずっと前に附帯決議を残した先達の取り組みが、私たちに引き継がれて今回の成果につながったと考えています。
先進的な取り組みはもとより、そうではなくとも意義ある活動を地道に行っている若手弁護士は多く存在します。このような活動を次の世代に引き継ぐためにも、さらなる若手弁護士支援策を期待しています。
私も次の世代の活動につながる取り組みを続けていきたいと思います。
ブックセンターベストセラー (2025年6月・手帳は除く)
協力:弁護士会館ブックセンター
| 順位 | 書名 | 著者名・編者名 | 出版社名 |
|---|---|---|---|
| 1 |
改訂4版 弁護士報酬基準等書式集 |
弁護士報酬基準書式研究会/編 | 東京都弁護士協同組合 |
| 2 |
民法I-1〔第5版〕 |
内田 貴/著 | 東京大学出版会 |
| 3 |
Q&Aと事例 相続における使途不明金をめぐる実務 |
本橋総合法律事務所/編集 | 新日本法規出版 |
| 4 |
被害者側弁護士のための交通賠償法実務 |
小野 裕樹/著 | 日本評論社 |
| 5 |
裁判官!当職もっと本音が知りたいのです |
岡口 基一、中村 真、原 章夫、原 章夫、半田 望、佐藤 裕介、横田 雄介、岬 孝暢/著 | 学陽書房 |
| 6 |
令和6年度重要判例解説 |
別冊ジュリスト編集室/編 | 有斐閣 |
| 7 |
Q&Aカスタマーハラスメント対策ハンドブック |
日本弁護士連合会 民事介入暴力対策委員会/編集 | ぎょうせい |
| 8 |
生成AIの法律実務 |
松尾 剛行/著 | 弘文堂 |
|
新・株主総会ガイドライン〔第3版〕 |
東京弁護士会会社法部/編 | 商事法務 | |
| 10 |
破産管財の手引〔第3版〕 |
中吉 徹郎、岩崎 慎/編著 | 金融財政事情研究会 |
|
法律実務家のためのコンプライアンスと危機管理の基礎知識 |
木目田 裕、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 危機管理グループ/著 | 有斐閣 |
日本弁護士連合会 総合研修サイト
eラーニング人気講座ランキング(家事編) 2025年6月
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| 順位 | 講座名 | 時間 |
|---|---|---|
| 1 | 成年後見実務に関する連続講座 第1回 趣旨、概論、基本計画、民法改正の動き | 63分 |
| 離婚事件実務に関する連続講座 第1回 総論〜相談対応・受任から調停(調停における代理人のあり方)審判・人訴・離婚後の手続(氏の変更等) | 117分 | |
| 3 | 遺産分割調停・審判の実務 | 110分 |
| 4 | 成年後見実務に関する連続講座 第2回 成年後見人の事務1 | 51分 |
| 離婚事件実務に関する連続講座 第2回 離婚原因をめぐる諸問題 | 116分 | |
| 6 | 離婚事件実務に関する連続講座 第4回 婚姻費用・養育費(2022) | 90分 |
| 7 | 令和6年民法等改正(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)の概要 | 112分 |
| 遺言書作成におけるトラブル予防と遺言執行トラブル対応 | 120分 | |
| 9 | 成年後見実務に関する連続講座 第3回 成年後見人の事務2 | 78分 |
| 10 | 2022年度ツアー研修 第3回 相続分野に関する連続講座2022(第2回)遺産分割2(特別受益、寄与分、平成30年・令和3年民法改正) | 129分 |
| 遺産分割の基礎〜よく尋ねられる内容を中心として〜 | 112分 |
お問い合わせ先:日弁連業務部業務第三課(TEL:03-3580-9826)