被爆80年に際して「核兵器のない世界」の実現を目指す決議

決議全文 (PDFファイル;284KB)


広島及び長崎への原子爆弾投下から、本年で80年を迎える。世界で初めて人間に向けて使用された核兵器である原子爆弾は、一瞬にして大勢の人々の命と暮らしを無残に奪った。原子爆弾の爆風と熱風により、一瞬で全身を焼き尽くされ影しか残らなかった人もいれば、全身が焼けただれ、眼球が飛び出し、体中にガラスの破片が刺さった状態で燃え盛る街を逃げ惑い、又は倒壊した家に押し潰されて火に焼かれた人もいる。原子爆弾によって亡くなった人々の多くは、最低限の治療さえ受けることもできず、大切な人に看取られることもなく、さらにはいまだにその行方すら不明のまま、その命を終えたのである。それだけでなく、原子爆弾は、後世まで影響が残る放射線を広範囲に拡散させ、辛うじて生き残った人々とその子孫の身体をむしばみ健康を奪った。また、被爆地の人々は放射線被ばくや火傷の跡等を理由に差別の目にさらされた。原子爆弾は、被爆者とその子孫を始め、今も多くの人々を苦しめ続けている。原子爆弾の被害に遭った人々は、命だけでなく、人間としての尊厳をも奪われたのである。


人類は、このような広島及び長崎の惨状を目の当たりにすることによって、核兵器は極まりなく非人道的であり、決して使われてはならない兵器であることを認識したはずである。


国際社会は、このような非人道的兵器が使用されないための理論、さらには核兵器自体を違法とする理論を構築してきた。いわゆる「原爆裁判」の判決(東京地方裁判所1963年12月7日判決)は、原子爆弾は「残虐な兵器」であり、広島及び長崎への原子爆弾投下は「戦争法の基本原則に違反している」と判示した。また、国際司法裁判所(ICJ:International Court of Justice)は、1996年7月、核兵器の使用は国際人道法上の原則・規則に一般的に違反するという勧告的意見を表明した。そして、2021年1月に発効した核兵器禁止条約(TPNW:Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons)は、核兵器が違法であること、核兵器が再び使用されないための唯一の方法は核兵器の完全な廃絶であることを示した。2024年12月には、核兵器廃絶のために命を賭して自らの凄惨な体験を語り、核兵器の廃絶を訴えてきた被爆者らで構成される日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞している。


核兵器を保有し又はこれに依存する国々も、1970年3月に発効した核兵器の不拡散に関する条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)や、米国、ロシア、英国、フランス及び中国の5か国が2022年1月に発表した「核戦争の防止及び軍拡競争の回避に関する共同声明」で確認されているとおり、核兵器は使用してはならないのみならず、削減・廃絶しなければならないとの認識を共有しているはずである。


それにもかかわらず、世界ではいまだに1万発を超える核兵器が存在し、うち数千発は作戦配備されていると報告されている。近時、ロシアによるウクライナ侵攻における核兵器の保有を背景とした威嚇や、中国による急速な核戦力の増強と米中間における緊張の高まりなど、核兵器使用のリスクは極めて高くなっている。私たちは今、核兵器使用の危険が迫っていることを自覚しなければならない。


核兵器の違法性が確認され、核兵器国(NPTにおいて「核兵器国」とされ、核兵器保有が認められている、米国、ロシア、英国、フランス及び中国をいう。以下同じ。)自身も核戦争を回避しなければならないとしながらも、核戦力を維持し続ける根拠とされるのが、「核抑止論」(核兵器による報復の意思と能力を相手国に認識させることで、相手国が軍事力の行使をちゅうちょする状況を作り出し、戦争を回避するという考え方)又は「拡大核抑止論」(自国は核兵器を保有しないが、同盟国の核兵器に依存して、抑止の効果を確保しようとする考え方)である。


しかし、核抑止論は、効果の不確実性が高い理論である。また、人的・技術的ミスによる誤発射のリスクを回避するための確実な方法も存在しない。一方で、一たび抑止が失敗して核兵器使用がなされれば、広島や長崎が経験したように多くの人間の生命を奪い、身体を破壊し、尊厳を踏みにじるにとどまらず、NPT及びTPNWが指摘するとおり、全人類の惨害、壊滅的で非人道的な結末をもたらすことになる。報復の連鎖により、地球全体に壊滅的被害をもたらし、全人類の生存の権利を奪い、取り返しがつかない結果を招くことは避けられないのである。世界の国々がこの核抑止論を採用すればするほど、世界中に核兵器があふれ、全世界の壊滅的被害の可能性が高まる。以上のとおり、核抑止論は極めて不確実で危険な理論なのである。


ノルウェー・ノーベル委員会も指摘するように、被爆者を始めとする市民や国際社会のすう勢が作り上げてきた核兵器使用に対するタブーは、近時、圧力にさらされており、もはや核兵器廃絶には一刻の猶予も残されていない。


核抑止論から脱却し、世界から核兵器を廃絶するためには、全ての国がTPNWに署名し、批准すること、並びに核軍備競争の停止、核軍縮及び全面的かつ完全な軍備縮小に関する誠実な交渉を締約国に義務付けているNPT第6条を具体化することが必要不可欠である。唯一の戦争被爆国である日本は、率先してこれらの課題に取り組まなければならない。あわせて、日本の安全保障を確保するためには、まず、ロシア、中国及び朝鮮民主主義人民共和国といった核兵器保有国(「核兵器国」及び「NPTに参加していないものの、核兵器を保有しているとされている国」をいう。)並びに日本や韓国といった米国の「核の傘」に依存している国々が存在する北東アジア地帯を、非核地帯とすることが求められる。


当連合会は、2010年10月8日に盛岡市で開催された第53回人権擁護大会において採択した「 今こそ核兵器の廃絶を求める宣言」において、日本政府に対し、「非核三原則」を法制化すること、北東アジア地帯を非核地帯とするための努力をすること、日本が先頭に立って核兵器禁止条約の締結を世界に呼び掛けることを求めた。しかし、日本政府は、「核兵器国と非核兵器国の橋渡しの役割」(「軍縮・不拡散と我が国の取組」(2023年9月)等)を標榜し、非核三原則は堅持するとしながらも、核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加すらせず、非核三原則の法制化もしていない。このような日本政府の姿勢は、戦争被爆国として核兵器廃絶のための役割を果たしているとは到底言えない。そのため、当連合会は、これまで核兵器廃絶のために日本政府に対して求めてきた事項に加え、改めて、日本政府に対し、現在、核兵器廃絶の実現に重大な懸念があることを全世界と共有するとともに、以下の3項目を実施するよう求める。


1 早期に核兵器禁止条約(TPNW)に署名し、批准すること。


2 核兵器の不拡散に関する条約(NPT)第6条を具体化するために、核兵器国と非核兵器国の対話の場を設け、核兵器削減のタイムスケジュールを策定するなどの取組を行うこと。


3 北東アジア非核地帯条約の締結に向けた取組を行うこと。


当連合会は、法律家たる弁護士の団体として、「戦争は最大の人権侵害である」との理念の下、反戦と核兵器の廃絶を訴えてきた。したがって、日本政府に対し、改めて上記各施策を早期に実現し、核兵器廃絶のために真摯に取り組むことを求めるとともに、当連合会としても、いかなる国際状況の下であっても、核兵器の存在に断固として反対し続け、「核兵器のない世界」の実現を目指し、戦争とは永遠に決別することを改めて決意する。


以上のとおり決議する。

2025年(令和7年)6月13日


日本弁護士連合会

提案理由

第1 今、本決議をすることの必要性

核兵器使用が、人々に何をもたらすのかは、広島及び長崎の「被爆の実相」を見れば誰の目にも明らかである。


原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号、被爆者援護法)は、「原子爆弾という比類のない破壊兵器は、幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず、たとい一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し、不安の中での生活をもたらした」とした。


1970年3月に発効した核兵器の不拡散に関する条約(NPT)は、核戦争は「全人類に惨害をもたらす」としている。


そして、2021年1月には、核兵器のいかなる使用も「壊滅的で非人道的な結末」をもたらすとして、核兵器の使用にとどまらず、その開発、実験、取得、占有、貯蔵、移譲、使用するとの威嚇等を全て禁止し、核兵器廃絶を目指す核兵器禁止条約(TPNW)が発効した。


核兵器国(NPTにおいて「核兵器国」とされ、核兵器保有が認められている、米国、ロシア、英国、フランス及び中国をいう。以下同じ。)である5か国も「核戦争に勝者はなく、また、核戦争は決して戦われてはならない」としている(2022年1月3日「核戦争の防止及び軍拡競争の回避に関する共同声明」)。


当連合会は、広島市で開催した第1回定期総会に引き続いて開催した平和大会(1950年5月12日)において「地上から戦争の害悪を根絶し、(中略)平和な世界の実現を期する」と 宣言して以来、核兵器廃絶を訴え続けてきた。名古屋市で開催した第5回定期総会(1954年5月29日)において採択した「 原子力の国際管理、平和利用、原子兵器の製造、使用、実験禁止に関する宣言」では、「原子爆弾等の凶悪な兵器の製造並(び)に使用を禁止しなければ、人類の破滅は火を睹る(みる)より明らか」であるとしている。盛岡市で開催した第53回人権擁護大会(2010年10月8日)において採択した「 今こそ核兵器の廃絶を求める宣言」では、日本政府に対して、「非核三原則」の法制化、北東アジア地帯を非核地帯とするための努力、核兵器禁止条約の締結を世界に呼び掛けることを求め、法律家団体として、非核三原則を堅持するための法案を提案し、広く国民的議論を呼び掛けることを決意した。


近時では、2022年5月26日に「 核兵器禁止条約第1回締約国会議開催に当たり、日本政府に対し、核兵器禁止条約に早期に署名・批准することを求める会長声明」を、同年7月14日に「 核兵器の不拡散に関する条約(NPT)再検討会議において、核兵器のない世界に向けて、締約国に具体的かつ効果的な提案を行うことを求める会長声明」、2023年4月21日に「 G7広島サミットにおいて、「核兵器のない世界」に向けて、日本政府が議長国として積極的な役割を果たすことを求める会長声明」、2024年10月21日に「 被団協のノーベル平和賞受賞を歓迎する会長談話」等を公表している。


このように、当連合会は一貫して、TPNWへの早期の署名・批准の必要性、TPNWと相互補完関係にあるNPTに基づき、「核兵器のない世界」を確立・維持する上で必要な法的枠組みを確立する必要性、「核兵器のない世界」に向けて国際社会が連携する必要性を訴えてきた。しかしながら、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)によれば、2024年6月現在、世界には1万2,120発の核弾頭が存在し、そのうち3,880発程度はいつでも発射できる態勢に置かれている。核兵器使用による「壊滅的で非人道的な結末」を免れるためには、核兵器廃絶が唯一の効果的な方法であるにもかかわらず、核兵器廃絶のゴールは見えていないのである。


国際連合(国連)のアントニオ・グテーレス事務総長は2022年の第10回NPT運用検討会議において「今日、人類は、1つの誤解、1つの判断ミスで核により壊滅する瀬戸際に立っている」と述べている。2024年のノーベル平和賞は日本原水爆被害者団体協議会(以下「日本被団協」という。)が受賞し、その理由は「核兵器のない世界を実現するための努力と、核兵器が二度と使われてはならないことを目撃証言を通じて示してきたこと」とされた。他方で、ノルウェー・ノーベル委員会は「今日、核兵器使用に対するこのタブーが圧力にさらされている」とも指摘している。以下に詳述するように、近時、世界における核兵器使用の危機が現実的なものとなってきており、危惧されているのである。


核兵器廃絶のゴールが見えない原因は、核兵器は自国の安全保障のために不可欠であるとの核抑止論又は拡大核抑止論が採用されていることにある。


被爆80年を経てもなお核兵器の廃絶が遅々として進まない現在の事態を打開し、核戦争の危機から一刻も早く脱却するため、当連合会は、日本政府に対し、「核兵器のない世界」を速やかに実現するための具体的な取組を求めるとともに、当連合会としても、いかなる状況下においても核兵器の存在に断固として反対し、改めて核兵器廃絶が実現するまでそれを求め続ける決意を新たにするため、本決議をするものである。


第2 核兵器の違法性

1 核兵器がもたらす壊滅的被害


広島及び長崎に投下された原子爆弾による1945年12月末までの死者数は、広島で約14万人、長崎で約7万人と推計され、2024年8月時点の原爆死没者名簿に登載された人数は、広島市が34万4,306人、長崎市が19万8,785人となっている。また、原子爆弾の投下は、一命をとりとめた被爆者に対しても生涯癒やすことのできない傷跡と後遺症を残し、不安の中での生活をもたらした。2024年12月にノーベル平和賞を受賞した日本被団協を始めとする被爆者団体及び被爆者は、「核兵器と人類は共存できない」、「被爆者は私たちを最後にしてほしい」と訴えて運動を展開してきた。核兵器が人類に何をもたらすかは、既に、歴史的事実として明らかになっている。


また、2021年1月に発効したTPNWは、前文において、核兵器による被害は「十分に対応することができず、国境を越え、人類の生存、環境、社会経済開発、世界経済、食糧安全保障並びに現在及び将来の世代の健康に重大な影響を及ぼし、及び電離放射線の結果によるものを含め女子に対し均衡を失した影響を与える」ものであるとして、核兵器のいかなる使用も「壊滅的で非人道的な結末」をもたらすとしている。このように、核兵器が人類に何をもたらすかは、国際法としても共有されている。


2 核兵器の使用又はその威嚇は国際法に反すること


1955年4月、5名の被爆者が、米国による広島及び長崎への原子爆弾の投下は国際法に違反するとして、日本政府に対し損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所、大阪地方裁判所にそれぞれ提起した(大阪地方裁判所は、東京地方裁判所に移送決定をし、その後、両事件が併合された。)。このいわゆる「原爆裁判」では、原子爆弾の投下が国際法に違反するか否かが争点となった。東京地方裁判所1963年12月7日判決は、原告らの請求は棄却したものの、「原子爆弾の巨大な破壊力から盲目爆撃と同様な結果を生ずるものである以上、広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法からみて、違法な戦闘行為であると解するのが相当である」(判決書47頁)、「残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反している」(同51頁)と判示した。世界で初めて、司法機関が原子爆弾の投下は国際法に違反することを示したのである。


また、国際司法裁判所(ICJ)は、1996年7月、「核兵器の威嚇または使用の合法性についての勧告的意見」を発出し、「核兵器の威嚇または使用は武力紛争に適用される国際法の規則、特に国際人道法上の原則・規則に一般的には違反するであろう」とした。同勧告的意見は、「国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であるかについて裁判所は最終的な結論を下すことができない」と留保したものの、このような場合でも「核兵器の独自の特性を見れば、かかる兵器の使用とかかる要件の充足とは、実際、ほとんど両立できないように思われる」としている。その上で、同勧告的意見は、「厳格かつ実効的な国際管理のもとで、全面的な核軍縮に向けた交渉を誠実に行い、その交渉を完結させる義務がある」と述べ、国際社会に全面的な核軍縮に取り組む義務があることを確認しており、核兵器廃絶への方向性を示すものと言える。


さらに、長年かけて被爆の実相を語ってきた被爆者を始めとする市民や、核兵器の廃絶を目指す団体・国家の尽力により、2021年1月に発効したTPNWは、「あらゆる核兵器の使用は、武力紛争の際に適用される国際法の諸規則、特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反する」と明言し、後述のとおり、核兵器の使用等を禁止した。


加えて、核兵器国も参加するNPTの前文においても、「核戦争が全人類に惨害をもたらすものであり、したがって、このような戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払い、及び人民の安全を保障するための措置をとることが必要である」、「核兵器の製造を停止し、貯蔵されたすべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去することを容易にするため、国際間の緊張の緩和及び諸国間の信頼の強化を促進することを希望」すると述べられている。


以上のように、国際社会は、核兵器の使用から約80年もの年月をかけて、その非人道性を踏まえて核兵器の使用又はその威嚇は違法であることを確認してきたのである。


第3 現在の世界情勢と核兵器の脅威

1 核兵器をめぐる世界情勢の悪化


2010年4月、米国とロシアが新戦略兵器削減条約(新START)に調印し、2010年5月に開催されたNPT運用検討会議においても、「すべての国が「核兵器のない世界」の達成を目標とし、その目標と完全に一致する政策を追求することを約束する」とする最終文書が全会一致で採択されるなど、核兵器廃絶への機運が高まった。


しかし、それから約15年が経過した現在、核兵器の廃絶は進まず、それどころか、世界は対立を深めている。NPT運用検討会議は、2015年、2022年ともに最終合意文書を採択できないまま閉幕し、2023年2月にはロシアが新STARTの履行を停止した。


核兵器の威力について識見のある米国の科学者らが発行する米科学誌「原子力科学者会報(BAS)」において毎年発表される「終末時計」は、2023年には世界の絶滅(終末)となる「午前0時」まで残り90秒、2025年1月には残り89秒を示し、1947年以来最短となっている。


以下に述べるように、現実的な核兵器使用の危機が迫り、今、世界は核兵器の脅威を目前にしているのである。


2 現実的な核兵器の脅威


(1)ロシアによる核兵器の威嚇

2022年2月24日、ロシアは「特別軍事作戦」と称してウクライナに対する侵略戦争を開始し、プーチン大統領は、同年2月27日、核兵器の運用部隊を「特別警戒態勢」に置くよう命じた。ロシアは、自国が核兵器国であり、核を使用する戦闘態勢にあることを世界に宣言し、核兵器の威嚇を行ったのである。また、ロシアは、2023年3月、同盟関係にある隣国ベラルーシと戦術核兵器を配備することで合意し、同国内に核兵器を保管する施設を建設することを発表した。


(2)米国及び欧州における核兵器の威嚇

米国は、ドイツ、ベルギー、オランダ、トルコ、イタリア等のNATO加盟国に米国が保有する核兵器を配備し、核攻撃を想定した定期的な訓練を行うなど、同盟国を巻き込むいわゆる核共有政策を採っている。さらに、2025年3月には、核兵器国であるフランスのマクロン大統領が、同国の核戦力による「核の傘」を広げるための協議を欧州諸国と始めると表明した。


(3)北東アジア地帯における危機

朝鮮民主主義人民共和国は、近時ミサイル発射を繰り返すだけではなく、核兵器の先制使用も辞さない旨を宣言しており、核兵器による威嚇を行っている。また、中国は核兵器を増産し、他方で米国は核兵器の近代化を図るなど、米中の緊張が高まり、それとともに核兵器使用の危機が高まっている。


第4 核抑止論の誤り

1 核兵器廃絶の障害となる核抑止論


以上のとおり、近時、核兵器使用の危機は具体的かつ現実的なものとなっており、現代は正に「終末」前夜と言え、核兵器の廃絶は喫緊の課題である。


それにもかかわらず、核兵器廃絶が遅々として進捗しないのは、「核抑止論」の存在によるものである。


2 核抑止論の不合理性


(1)軍事的抑止力の実効性の不確実さ

核抑止論を含む軍事的抑止力は、自国の軍事力を相手に認識させ、それによって相手が自ら軍事力を行使した場合の報復を恐れて、軍事力を行使しないことを期待するものであるが、相手国が自国の軍事力を認識したからといって攻撃を控える確証はなく、その実効性は確実なものとは言えない。


(2)核抑止論の論理的帰結と矛盾

また、「核兵器を持つことで相手の核使用を抑止できる」との理屈に基づき核兵器保有を容認し、正当化するのであれば、「核兵器が使用されることのない世界」を作り出すためには、「全ての国が核を持つ、又は核の傘の下に入る」ことが論理的帰結となるはずである。しかし、現状では、核抑止論を唱える国や政治家は、核開発疑惑のある国をNPT違反だと非難している。


(3)小括

結局、核抑止論は、現在核を保有し、又は核の傘の下にある国が、その現状を正当化し、自らの優位性を維持し続けるための論理にすぎないのである。


3 核抑止力の危険性


(1)人的・技術的トラブルによる誤発射の可能性

意図的な核兵器使用が許されないことはもとより、核兵器は、決して誤作動・誤発射があってはならないものである。しかし、核抑止力とは、相手に対して「いつでも実際に核攻撃できる」という姿勢を示して威嚇するものであるから、相応の能力を有する核兵器が常時発射可能な状態に置かれていることが必要になり、人的・技術的トラブルによる誤発射の危険が常に存在することになる。


その結果、1980年6月の当時のソ連潜水艦が220発の核ミサイルを発射したとのコンピューターの故障による誤報、1959年6月の当時の米軍基地での核弾頭が搭載されたミサイルの誤発射と海への落下事故等、実際に、核兵器の使用につながりかねない誤作動・誤発射事例が複数発生している。間違いを犯さない人間はおらず、故障しない機械はない。核兵器が絶対に使用されない方法は廃絶以外にはないのである。


(2)核兵器保有国による核兵器の威嚇

核兵器保有国(「核兵器国」及び「NPTに参加していないものの、核兵器を保有しているとされている国」をいう。以下同じ。)は、核抑止論を根拠に核兵器を保有しているものの、実際には、前記のとおり他国に対する威嚇の道具として核兵器を用いている。核抑止論は核兵器保有を正当化するための格好の論拠となっているのである。


(3)核抑止が奏功しない場合に生じる被害の甚大さ

核兵器は、一たび使用されれば、軍事衝突を起こした当事国だけでなく地球全体に壊滅的被害をもたらす威力を有している。仮に核戦争が勃発すれば、「全人類に惨害」(NPT前文)をもたらし、「壊滅的で非人道的な結末」(TPNW前文)に至ることは明らかである。


極めて甚大かつ悲惨な結末をもたらす核戦争を引き起こすリスクをはらむ核抑止論は、安全保障政策として到底合理性を有するものではない。


4 核抑止論は国際社会のすう勢が求めるところと整合しないこと


2017年7月、国連において、賛成122票、反対1票、棄権1票でTPNWが採択され、2021年1月に発効した。その締約国会議が既に3回開催されている。2023年に開催された第2回締約国会議では、核兵器が存在し続け軍縮に有意義な進展がないことは、人類全体に存亡の危機をもたらしているとし、核兵器使用の威嚇は国連憲章を含む国際法に違反し、軍縮・不拡散レジーム及び国際の平和と安全を損ない、「人類全体の正当な安全保障上の利益に反する」との宣言が発出されている。


2025年3月に開催された第3回締約国会議の宣言は、核兵器のない世界を「最上位にある国際公益」と位置付けた。また、「核兵器に内在する危険性と、その国境を越える世界的な結末は、すべての国の安全保障が核兵器によって脅かされていることを明らかにして」いること、いかなる国も、「大量破壊兵器によって人類の生存を脅かす権利を有しない」ことを示し、「核抑止」は「誤った考え」であるとしている。そして、「核兵器の完全、検証可能かつ不可逆的な廃絶は、単なる願望ではなく、世界の安全と人類の生存にとって不可避の要請である」と明言した。


前記のとおり、国連加盟国の過半数を大きく超える122か国がTPNWの採択に賛成しており、核兵器国も含む大多数の国がNPTに参加している。核兵器国であっても究極的には核兵器の廃絶を目標とするとしているのであって、国際社会のすう勢及び世界の多くの市民は、核兵器使用のリスクを排除できない核抑止論ではなく、完全な核兵器の廃絶を求めていると言うべきである。核抑止論は、国際社会の求めに逆行するものである。


第5 「核兵器のない世界」の実現のために実施すべき施策

1 日本政府の現在の考え方


日本政府は、「唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際的な取組を主導する」としながら、他方で「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠」(令和6年版防衛白書)として、米国の「核の傘」により自国の安全保障を図るという「核抑止論」又は「拡大核抑止論」の立場に立っている。


そして、日本政府は、「軍縮・不拡散と我が国の取組」として、「「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」及び「核軍縮の実質的な進展のための1.5トラック会合」、国連総会への核兵器廃絶に向けた決議の提出、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)の枠組みや個別の協議等を通じ、核兵器国と非核兵器国の間の橋渡しに努めつつ、核兵器の不拡散に関する条約(NPT)体制の維持・強化や包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効促進、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始といった、核兵器国も参加する現実的かつ実践的な取組を積み重ねていく」としている。核兵器国も参加する形で核兵器廃絶を追求することは不可欠であるが、核兵器国が核兵器に大きく依存しつつ対立している情勢の中で、核兵器国の意向に反しない形で核兵器廃絶を現実化することは極めて困難である。外務省が主宰する「核兵器のない世界」に向けた国際賢人会議が2025年3月31日に発出した提言「核危機の瀬戸際からの脱却:核兵器のない世界に向けた緊急行動」でも、「核抑止が安全保障の最終的な形態であるとこれまで示されたことはなく、またこれからもそうあってはならない」と述べられたとおり、まずは核抑止論から脱却することが必要であるが、日本政府の前記取組は、極めて危険な核抑止力に依存することを前提としたままでの取組となっている。これでは、戦争被爆国として核兵器廃絶のための責務を果たしているとは到底評価できない。


2 日本政府が採るべき具体的施策


以上を踏まえ、当連合会は日本政府に対し、以下のとおり具体的施策として、(1)核兵器禁止条約(TPNW)への早期の署名と批准、(2)核兵器の不拡散に関する条約(NPT)第6条の具体化及び(3)北東アジア非核地帯条約の締結を実現することを求める。


(1)核兵器禁止条約(TPNW)への早期の署名と批准

TPNWは、2017年7月に国連で採択され、2021年1月に発効している。現在、署名国は94か国・地域、批准国は73か国・地域である(2024年9月24日時点)。


TPNWは、核抑止論を否定し、核兵器を包括的に禁止し、その廃絶を展望する条約である。同条約は、「あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮し、したがって、いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として、核兵器を完全に廃絶することが必要である」として、どのような場合であっても核兵器の使用や「使用するとの威嚇」を禁止するだけではなく、その開発、実験、取得、占有、貯蔵、移譲、使用するとの威嚇等全てを禁止し(第1条)、核兵器の全面的な廃絶を展望している(第4条)。また、核兵器の使用という国際法上違法な行為によって被爆者(hibakusha)が受けた「容認し難い苦しみ及び害」に留意し、必要な援助を提供することも定めている。


この条約は、核兵器保有国や核兵器依存国等の非締約国を直接法的に拘束するものではないが、核兵器の使用は国際人道法の諸原則に反するとして、核兵器使用等を全面的に違法として禁止し、核兵器の廃絶を法的に義務付けたことには大きな意義がある。さらに、核兵器保有国も核兵器を廃棄して条約に加盟できるとして、条約の普遍化を目的としている。この条約によって、核兵器の禁止が国際法秩序として定着していく効果が期待される。この条約の採択は、「核兵器のない世界」を目指す上で、画期的な一歩であった。


日本は、TPNWについては当初から「反対」の立場を明示している。核兵器を直ちに違法化する条約に参加することは、「米国による核抑止力の正当性を損ない、国民の生命・財産を危険に晒(さら)すことを容認することになりかねず、日本の安全保障にとっての問題を惹起(じゃっき)」する、「核兵器禁止条約は、現実に核兵器を保有する核兵器国のみならず、日本と同様に核の脅威に晒(さら)されている非核兵器国からも支持を得られておらず、核軍縮に取り組む国際社会に分断をもたらしている」として、現在もその態度を変えることなく、署名・批准しようとしないばかりか、締約国会議へのオブザーバー参加すらせず、背を向け続けている。しかし、TPNWは、加盟国に核軍縮に向けた交渉義務を課すNPT第6条を補完するものである。すなわち、NPT第6条の加盟国の義務を果たすためにも、各国が相互に核兵器が違法なものであることを確認し、その廃絶を目指すことが必要であり、TPNWへの参加が核兵器保有国と非保有国との間の対立を助長することにはならない。実際、日本と同じく米国の拡大抑止に依存するドイツ、オランダ、オーストラリア等は、TPNWの第3回締約国会議への参加は見送ったものの、第1回及び第2回にはオブザーバー参加しており、これによって核兵器保有国と非保有国との対立を助長したとの指摘はなされていない。TPNWへの参加は対立を助長するとしてオブザーバー参加すらしないという日本政府の態度は、何ら根拠がないものと言わなければならない。


核兵器使用の現実的リスクが高まりつつある現在の国際状況においてこそ、「壊滅的で非人道的な結末」を回避するため、全世界においてTPNWを普遍化(TPNW第12条)しなければならない。とりわけ日本は、唯一の被爆国として、全世界における核兵器廃絶に向けて、早期に同条約に署名・批准すべきであり、その上で、日本政府は、NPTとともに、核兵器廃絶のための現実的な道を示したTPNWによる核兵器廃絶の道を進むため、核兵器国へ署名・批准に向けた働きかけを行うべきである。


(2)核兵器の不拡散に関する条約(NPT)第6条の具体化

NPTは、1970年3月に発効し、現在、191か国が参加している(朝鮮民主主義人民共和国は脱退したと主張)。核兵器国が非核兵器国へ核兵器を譲渡すること、非核兵器国が核兵器を開発、製造、入手することなどを禁じて核拡散を防止するとともに、核軍縮の促進、原子力の平和利用の推進を図っている。


NPTは、核兵器国の核保有を公認し、その他の国に核抑止への依存を事実上強要する不平等な条約であり、緊張の高まりを受けて、各国が自国の利益を優先したために、2015年と2022年にはNPT運用検討会議における最終合意文書が不採択となり機能不全が指摘されるなど、不十分な条約であることが指摘されている。


しかし、NPTはその前文で「核戦争(中略)の危険を回避」し、「核軍備競争の停止をできる限り早期に達成し、及び核軍備の縮小の方向で効果的な措置をとる意図を宣言し」、「すべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去することを容易にするため、国際間の緊張の緩和及び諸国間の信頼の強化を促進することを希望」するとしており、第6条では、核軍備競争の早期の停止、核軍縮及び全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約についての誠実な交渉を締約国に義務付けている。これは、核兵器国が、自らの核兵器の廃棄を約束するものであり、非保有国への核の不拡散とあいまって、「核兵器のない世界」に向けた法的枠組みを定めたものである。なお、この「誠実な交渉義務」とは、国際司法裁判所の勧告的意見においても「交渉を完結する義務」まで含意するとされている。この規定は、核兵器国も合意した核軍縮に向けた規定であることに鑑みれば評価すべきものである。同規定に基づく核軍縮の義務履行を核兵器国に誠実に順守させなければならない。


日本政府も、毎年核兵器廃絶に向けた決議案を国連総会に提出しており、2024年の第79回国連総会で、「(NPT)第6条の規定を含め、互いに強化し合う三つの柱(核軍縮、核不拡散、原子力の平和的利用)の全てにおける、条約の完全かつ着実な履行及び同条約の普遍性の更なる向上への決意を再確認」する「「核兵器のない世界」に向けた共通のロードマップ構築のための取組」決議が採択されている。


日本政府が提出した決議が採択されたことの意義はあるものの、その内容は核兵器廃絶に対する取組としては不十分である。すなわち、同決議では、TPNWについてはその採択を「認識」し、第1回及び第2回締約国会議が開催されたことに「留意」するとしているのみであり、核兵器国に対しては、核兵器の完全な廃絶がなされるまでの間、「核兵器が二度と使用されないことを確保するようあらゆる努力を行うこと」、「核兵器の使用に関する扇動的なレトリックを自制すること」を求めるにとどまり、具体的な核兵器廃絶の道を示していない。このような日本政府の態度は、「核兵器保有国の義務を曖昧にし、核兵器廃絶にますます条件を付けている」等と批判されている。


今後は、このような核兵器廃絶への曖昧な態度を改め、より具体的な取組を行うことが必要である。例えば、核兵器国と非核兵器国の対話の場を設けるなどし、どのような段階を踏んで核戦力を削減するのか、具体的な道筋を構築する場を作るべきである。これは、核兵器による凄惨な被害を体験した日本だからこそ担うことのできる役割である。


(3)北東アジア非核地帯条約の締結

非核地帯条約とは、その地域内において、核兵器の製造、実験、配備、使用等を禁止し、核兵器保有国にこの地域での核兵器の使用禁止を求める条約である。現在、ラテンアメリカ及びカリブ、南太平洋、東南アジア、アフリカ並びに中央アジアを対象とする5つの非核地帯条約がある。


2009年9月に採択された国連安保理決議1887号は、非核地帯が「地球規模および地域の平和と安全を強化し、核不拡散体制を強化し、また核軍縮の目的の実現に向けて貢献する」と述べ、NPT第7条も非核地帯条約を締結する権利を認めている。


既に日本においても、日本、韓国、朝鮮民主主義人民共和国、米国、ロシア及び中国の6か国を対象とした「北東アジア非核兵器地帯条約案」が多くの専門家を含む市民から提案されている。また、「核軍縮・不拡散議員連盟・日本」では非核地帯条約案が検討されており、2022年8月には北東アジア非核兵器地帯条約国際議員連盟も立ち上げられている。


このような取組は、日本に対する核兵器の脅威を低減することになるのみならず、核兵器の使用等ができない範囲が拡大することにより、核兵器の廃絶に大きく前進するものと言える。日本政府は、北東アジア地帯における核兵器の脅威をなくすために、北東アジア非核地帯化実現に向けてイニシアティブを発揮すべきである。


第6 まとめ

今年は、広島及び長崎への原子爆弾投下から80年である。被爆者は「核兵器と人類は共存できない」、「被爆者は私たちで終わりにしてほしい」との思いから粘り強く運動してきたが、現在は高齢化が進んでいる。ノルウェー・ノーベル委員会も「いつか歴史の目撃者としての被爆者はわれわれの前からいなくなる」としている。


日本被団協の代表委員である田中熙巳氏は、ノーベル平和賞受賞記念講演で「原爆被害者の現在の平均年齢は85歳。10年先には直接の被爆体験者としての証言ができるのは数人になるかもしれません。これからは、私たちがやってきた運動を、次の世代のみなさんが、工夫して築いていくことを期待しております」と述べ、その講演の結びには、「人類が核兵器で自滅することのないように。そして、核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張りましょう」と述べた。


核兵器が使用されれば全人類に影響が及ぶことになる。「核兵器も戦争もない世界」は被爆者にとどまらず私たち人類の悲願であり、核兵器使用の危機が迫る今、私たちは、核兵器の恐怖を排除できない「核抑止論」から脱却し、核兵器廃絶を実現しなければならない。当連合会は、法律家たる弁護士の団体として、「戦争は最大の人権侵害である」との理念の下、反戦と核兵器の廃絶を訴えてきた。核兵器は、人類を含む地球を破滅させる残虐な兵器であり、地球上に存在する限り、最大の人権侵害のおそれを排除できない。だからこそ、我々法律家は、核兵器の廃絶を強く求めるのである。


以上から、当連合会は、被爆80年に際して、迫りくる核兵器使用の危機から脱却するために、日本政府に対し、前記第5記載の具体的施策の実施を求めるとともに、当連合会としても、いかなる国際状況の下であっても、核兵器の存在に断固として反対し続け、「核兵器のない世界」の実現を目指し、戦争とは永遠に決別することを改めて決意し、本決議をする。


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