VOL.206 AUGUST 2025
THE APPEAL OF YOSHOKU: JAPANESE-STYLE WESTERN CUISINE (PART 1)
日本の味「カレーライス」の変遷
日本の国民食の一つとして広く親しまれるようになった「カレーライス」は日本でどのように広まっていったのか。カレーライスの歴史について、カレーの香辛料やレトルトカレーなどを製造する調味料メーカーに長年勤務してきた専門家に取材した。
業務用のカレールウ1などを製造する調味料メーカーでの業務に長く携わり、日本のカレーメーカー組合の前運営委員の河野 善福さんが、カレー調味料の開発から見た歴史を語ってくれた。
「数種類の粉末状のスパイスを使った煮込み料理は、昔から東南アジアを中心に世界中に存在し、総称して「カレー」と呼ばれています。日本で一般的に食べられているカレーライスは、粉のスパイスにその10倍以上の焙煎した小麦粉を加えたカレールウを使い、粘度の高いカレースープに肉や野菜を入れて、炊いた米飯にかけて食べる料理を指します。日本のカレーライスは「カレー」の一つであり、日本料理であると言えます」
日本におけるカレーライスの歴史は19世紀に始まる。
「かつてのイギリスは、スパイスの生産地である東南アジア地域を植民地とし、インドは直轄地でした。イギリスでは、小麦粉をバターで炒めたルウを使った肉や野菜の煮込み料理があります。そこに18世紀終わり頃インドから持ち帰ったスパイスの粉を加えて食べるようになりました。スパイスの粉の配合は難しく、あらかじめ調合されたスパイスを求める人が増えたことをきっかけに、18世紀末にイギリスでカレーパウダー2を製造販売する会社が設立され、19世紀初頭には一般家庭に普及しました。このカレーパウダー、つまりカレー粉が日本にも伝わり、調理したカレーをご飯にかけて食べる日本のカレーライスが生まれたのです」と河野さんは語る。
カレー粉が日本に入ってきたことで、洋食専門店では「ライスカレー」3が登場したが、その当時はまだ家庭料理としては一般的でなかったという。「1872年に出版された「西洋料理通」という料理書などにカレーライスの作り方が登場しましたが、この当時はまだ洋食店で食べる特別な料理であり、一般家庭の食卓にのぼるのはもう少し後のことです。1905年に漢方薬や薬草を扱っていた薬種商4の研究開発により日本初の国産カレー粉を発売したことを皮切りに、現在も続く日本を代表する食品メーカーがこの分野に参入しました」
当初、カレーライスはカレー粉を使って作るのが主流だったが、1930年ごろに溶かすだけで味ととろみがつく固形のカレールウが商品化されたことで、作り方が大きく変化した。第二次世界大戦後の1950年には、更に改良がなされ、ダマができずに溶けやすく、コクやうまみも加わった板チョコレート型の固形ルウが開発されたことで、家庭料理としてのカレーライスの普及に拍車がかかったという。肉や野菜を具材として加えたカレーライスは栄養価が高く、米飯と一緒に提供できる手軽さから、学校給食にも採用された。また高度経済成長期5には、温めてご飯にかけるだけのレトルトカレーなど、より手軽なインスタント食品が普段の暮らしに広く浸透していった。
「インドからもたらされたスパイスがイギリスを経由して日本に持ち込まれ、日本独自の洋食「カレーライス」へと進化しました。カレーライスはこれからも人々に広く愛され続けていくでしょう。日本を訪れた際は、こうした変遷を遂げた日本の味、カレーライスをぜひ味わっていただきたいです」
- 1. 小麦粉をバターなどの油脂で炒め、カレー粉を混ぜ合わせたもの。ソースやスープの濃度をつけるつなぎに用いられる。
- 2. CROSSE&BLACKWELL社のC&Bカレーパウダーのこと。
- 3. カレーライスと同義。
- 4. 生薬を調剤し、また漢方薬を商う家。薬種屋。
- 5. 日本が急速に経済成長を遂げた1955年頃から1973年頃の期間。
By TANAKA Nozomi
Photo: PIXTA