◇獣医師記者・若原隆宏の「競馬は科学だ」
第1回の2020年以来、2回目のサウジC取材に来ている。今年、馬券検討において最も懸案となる事項の一つが「ロマンチックウォリアーの初ダート」だろう。公式会見では他陣営も「本当に強い馬は馬場を問わない」と口をそろえてリスペクトしており、管理するシャム師も「サウジの(土っぽい)ダートなら対応できる」と胸を張った。
サウジC公式会見で、ロマンティックウォリアーの理想的な仕上がりに笑顔で胸を張るシャム師(左)
個人的に心配していたのは「グリップシュー」を使うという情報だった。いわゆるスパイク鉄だ。
芝は地表直下に横に走る「ほふく茎」という地下茎のネットが競走馬の蹄をグリップする。対してダートでは蹄が路盤に到達すればともかく、クッション砂が深いと、硬い材質が蹄を支えてくれない。スパイク鉄はクッション砂の中で蹄鉄が空回りしないように蹄尖部を支点として支える。
ところがスパイク鉄は2000年代初頭に世界的に禁止の機運が高まり、現在では使える国が少ない。安全性への疑問が言われたほか、そもそも速く走ることを妨げるという研究知見が積み重なってきた。
当時、盛んに行われたのはダートを走行中の馬の蹄をハイスピードカメラで撮影するという研究だった。蹄は馬場表面にほぼ平行に、蹄尖も蹄尾もほとんど時間差なく着地する。着地直後、蹄底は馬場表面を滑るように前方にスライド。蹄が反回し、蹄尖がグリップを得るのはこの後だ。
「足の裏に突起物があるとグリップが増して走りやすい」というのは、かかとから着地する我々人間の走り方からイメージされる経験則にすぎない。
着地直後、蹄が全体として前方にスライドする馬にスパイクを履かせるとどうか。スパイクは蹄のスライドに際してクッション砂との間に大きな摩擦を生む。ブレーキになる。蹄冠部やつなぎには、不自然で余分な力がかかる。大きなスパイクは、安全性を損なうばかりか、速度低下を招く。
同師にスパイクの性状を直撃した。安田記念の1週間、記者が張り付いたことを覚えてくれていた。「大丈夫。走りやすくなるよ。歯の高さ2ミリだよ」。JRAでも歯の大きなスパイク鉄は禁止だが、規制のボーダーがまさに2ミリ。JRA所属馬も履く鉄とほぼ性状が変わらないと判明した。実際ノギスで計ったら2ミリの上下どちらなのかは微妙だが、性状としては、これをことさら「スパイク鉄」と考えるのは適当でない。
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