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2021年11月10日

不均一系キラルLewis酸触媒を用いる光学活性化合物の連続合成を達成

小林 修(化学専攻 教授)

発表のポイント

  • 有機合成における不斉触媒反応で広く用いられるキラルLewis酸触媒(注1) の汎用的かつ効率的な固定化手法の開発に成功した。
  • 代表的なLewis酸触媒であるトリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム錯体の固定化を行い、調製された触媒が連続フロー条件下Friedel-Crafts反応(注2) に対し高活性・高選択性を有することを見出した。
  • 本研究成果は連続フロー反応において高効率立体選択的炭素−炭素結合生成反応を実現したのみならず、他のキラル金属触媒に適用可能な汎用的な固定化手法となることが期待される。

発表概要

連続フロー法(注3) によるキラルLewis酸触媒を用いるエナンチオ選択的炭素−炭素結合生成反応は光学活性化合物(注4)の炭素骨格を形成する効率的な合成手法といえる。特に触媒として不均一系触媒(注5) を用いることができれば、金属触媒の分離・再使用が実現できることから、理想的な合成手法となる。そのため、溶媒に可溶なキラルLewis酸触媒の高効率な固定化手法の開発が重要な研究課題であった。

東京大学大学院理学系研究科の小林 修教授らの研究グループは、代表的な高活性Lewis酸触媒として知られるトリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム錯体を化学修飾を施すことなく固定化する手法を開発した。本不均一系触媒は、連続フロー条件下、イサチンとインドールを基質とするエナンチオ選択的Friedel-Crafts反応を促進し高純度で得られた。また、本触媒を用いることで19時間以上の連続合成も可能であり、均一系触媒を上回る触媒回転数を達成した。

本手法は、種々のキラル配位子を有するスカンジウム錯体に対して、共通の手法での固定化が可能な汎用性の高い手法であり、基質の構造に対する触媒構造のチューニングが容易に実現され、高難易度である無保護インドールを基質とする反応も実現した。

本研究成果は、ドイツの化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン速報版で日本時間10月18日に公開された。また、Angewandte Chemie誌の中から特に評価の高い研究成果としてハイライトされ、11月9日「ChemistryViews」へ掲載された。

発表内容

研究の背景
医薬有効成分や天然化合物のほとんどは光学活性化合物であり、その効率的合成法の確立は重要な研究課題である。特に近年注目を集めている連続フロー法による合成は、従来までのバッチ法と比較し効率・安全性・環境調和性に優れ、また連続的に目的物を供給できるため、必要な時に必要な量だけ生産できるといったオンデマンド合成を実現できる。2011年に米国食品医薬品局(FDA)では今後25年で医薬品製造はバッチ法から連続フロー法に替わるべきだと提言されている。特に、不均一系触媒を用いるフロー反応は触媒種の分離・再使用が達成されることから理想的な合成手法といえる。

一方で、キラルLewis酸触媒によるエナンチオ選択的炭素−炭素結合生成反応は、光学活性化合物の効率的な炭素骨格構築手法として30年以上に渡り研究が行われている重要な手法である。これまでにさまざまなキラルLewis酸触媒が開発され、多種多様な反応形式が実現されている。しかしながらこれまで開発されてきたそれら触媒のほとんどは溶媒に可溶な均一系触媒であり、反応終了後に分解・廃棄される場合がほとんどであった。そのため、フロー法にて連続使用が可能なキラル不均一系触媒の開発が強く望まれていた。

研究の内容
本研究ではシリカ表面に化学修飾を施した固体を担体として用い、キラルトリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム錯体の非共有結合を介する固定化手法を開発した。即ち、スカンジウム錯体の対アニオンとして機能するヘテロポリ酸を酸・塩基相互作用によりアミン修飾シリカ上に担持させることで、カチオン性スカンジウム錯体が静電相互作用を介して担体状に強固に固定化されることを見出した。調整された触媒は電子顕微鏡による観察や窒素吸脱着等温線測定等により解析され、想定通り構造を有することが確認された(図1)。

図1:触媒の電子顕微鏡による元素マッピング、スカンジウム・ヘテロポリ酸が凝集体を形成 することなく、高分散かつ均質に固体状に分布する様子を示す。

得られた不均一系触媒を筒状のカラムに充填することで触媒カートリッジを調製し、連続フロー条件下、イサチンとインドールを基質とするFriedel-Crafts反応の検討を行った(図2)。

図2:不均一系キラルスカンジウム触媒を用いる連続フローFriedel-Crafts反応。

本スカンジウム触媒では対アニオンとして機能するヘテロポリ酸の構造が、触媒の活性・選択性に大きく影響することが明らかとなった。触媒構造の最適化の結果、触媒種の溶出を完全に抑制した上で、目的の付加体を最大98%収率、99%以上の光学純度で連続的に得ることに成功した。本触媒系は幅広い基質一般性を有し、種々の置換基を有するイサチン・インドールに対し適用可能であった。さらに、本固定化法では触媒の配位子のチューニングを容易に行うことが可能であるため、高難易度である無保護インドールを基質とする反応では配位子の構造最適化を行うことで、目的化合物が高選択的に得られる新たな配位子を見出した。

今後の展開
本研究では、連続フローLewis酸触媒反応のためのスカンジウム錯体の固定化手法の開発に成功した。本法の鍵は静電相互作用によるカチオン性金属錯体の固定化であることから、今後さまざまな金属触媒種に対し本手法を適用することで、Lewis酸触媒に留まらず多種多様なキラル不均一系触媒による連続フローエナンチオ選択的反応が実現されることが期待される。

発表雑誌

雑誌名
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル
Chiral Heterogeneous Scandium Lewis Acid Catalysts for Continuous-Flow Enantioselective Friedel–Crafts Carbon–Carbon Bond-Forming Reactions
著者
Yuki Saito and Shū Kobayashi *
DOI番号

用語解説

注1 キラルLewis酸触媒

カルボニル化合物等の電子豊富な化合物の非共有電子対を受け取ることで、反応性を飛躍的に向上させることのできる触媒で、主にカチオン性の金属錯体が用いられる。特に、金属錯体の配位子としてキラル化合物用いることで、触媒活性種の立体環境を制御しエナンチオ選択的な反応が可能となる。このような触媒を用いることでわずかなキラル源を用いて大量のアキラルな分子から光学活性な分子を合成することが可能となる。

注2 Friedel-Crafts反応

Lewis酸により活性化されたカルボニル化合物に電子豊富な芳香族化合物が求核付加反応を行うことで新たな炭素−炭素結合を生成する反応を指す。古くは酸塩化物等の化学両論量以上の廃棄物を生成してしまう化合物が反応剤として用いられてきたが、高活性なLewis酸触媒を用いることでケトン等の副生成物を生じない反応剤を用いることが可能となる。特にキラルなLewis酸を用いることで光学活性化合物の触媒的合成が可能となる。

注3 連続フロー法

反応原料を連続的に反応器に供給し、同時に生成物を反応器から連続的に取り出す合成法を連続フロー法と呼ぶ。不均一系触媒を用いる場合は触媒が充填された筒状のカートリッジを反応器として使用する。送液速度や運転時間を調整することでさまざまなスケールの合成に対応でき、省スペース・高エネルギー効率・安全性といった利点を有する。

注4 光学活性化合物

分子が自身の鏡像と重ね合わせられない場合これをキラル分子といい、鏡像体のペアは「右手型」と「左手型」に分類される。どちらかの型が過剰に存在する場合旋光性を有するため、その様な化合物が光学活性化合物と呼ばれる。医薬有効成分のほとんどはキラル分子であり、片方の異性体のみが目的の生理活性を有するため、非常に高い光学純度の化合物が求められる。

注5 不均一系触媒

触媒は均一系触媒と不均一系触媒に分類される。均一系触媒は金属錯体など反応溶液に溶解する触媒であり、合成や構造のチューニングが容易である一方、反応終了後に生成物との分離が必要となり、触媒の回収・再使用も困難である。不均一系触媒は固体そのものや固体表面に活性種が固定化された触媒である。一般に、不均一系触媒は高選択性の実現や活性種の溶出が問題となる一方、触媒の分離・回収・再使用がろ過により容易に可能になる利点を有する。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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