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2020年7月4日未明から朝にかけて、熊本県や鹿児島県では、数十年に一度のこれまで経験したことのないような大雨となり、気象庁は大雨特別警報を発表しました。雨量は24時間で400mm以上となる地点が複数あり、球磨川の氾濫によって熊本県の人吉市や球磨村などで広く浸水したり、土砂崩れが起こるなど7月5日の時点で既に大きな被害が生じています。お亡くなりになられた方々にお悔やみを申し上げますとともに、被災された全ての方々及び関係者の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
梅雨前線に伴う大雨特別警報が出た近年の豪雨としては、平成29年7月の「九州北部豪雨」、平成30年7月の「西日本豪雨」があり、いずれも「線状降水帯の停滞」が大きな原因となっています。
本コラムでは、線状降水帯がなぜ「数十年に一度」クラスの大雨をもたらすのか、について概説します。
コラムのポイント
線状降水帯とは、積乱雲が20〜50kmの幅で長く連なりおよそ100km以上の長さに伸びた結果、降雨域が線状に細長く伸びて見えるものを指します。
降雨強度や幅、長さについて厳密な数値的定義があるわけではありませんが、たとえば時間雨量30mm以上の降雨強度(バケツを引っくり返したようだと感じ、寝ている人の大半が気づき、道路が川のようになる激しい雨)が、「線状に100km以上伸びている降水帯」として見ると、誰でも降水分布データから見つけることができるはずです。
強い雨をもたらす積乱雲は、実は一つ一つは、寿命が1時間程度で大きさも10km四方がせいぜいです。従って、積乱雲がたまたま一つできただけで、豪雨災害にまで結びつくことは基本的にありません。次々にたくさんの積乱雲が同じ場所ででき続け、それが同じ経路で移動しながら発達した結果として、「線状降水帯」になります。
では、なぜ、積乱雲が同じ線に沿って列をなし、降水域が線状になるのでしょうか?
図1に示すように、「線状降水帯」の中で積乱雲の列が維持される仕組みは、「バックビルディング(後方形成)」とよばれます。
列をなした積乱雲を横から見た場合に、積乱雲が発生した地点を「後ろ(図の左側)」とし、移動して発達した先の地点を「前(図の右側)」とすると、新しい積乱雲が後方で発生し続ければ、前方の積乱雲が衰弱して雨が弱まりかけても、常に後方から次の積乱雲がまた強い雨を降らせる、という積乱雲の世代交代が維持されます。このような積乱雲の「バックビルディング(後方形成)」が起こる条件が整うと、線状降水帯が長時間維持されることになります。
図1 バックビルディング(後方形成)の模式図(「【コラム】頻発する梅雨末期の豪雨は地球温暖化によるものなのか?」(2017年8月23日掲載)より再掲)。
図2で、具体的に熊本南部で7月4日未明に大雨がもたらされた際の気象庁レーダーによる降水強度分布を見てみましょう。梅雨前線は、おおよそ北緯32度の緯線に沿って停滞しており、太平洋高気圧からの湿った西南西風と黄海高気圧(黄海の冷たい海面水温で冷やされて形成される高気圧)からの冷たい西北西風がぶつかって収束する線上では、継続的に上昇気流が生じています。
その上昇流によって積乱雲はどこでも発生できる状況ではありますが、より水蒸気が多く供給される東シナ海上で発生し始めるので、熊本県の200〜300km西の海上で強い降水域がポツポツと散在して現れているのが分かります。それらがほぼ東に進みながらより強い降水域へとまとまっていき、線状降水帯となります。このような西側(後方)で次々に新しい積乱雲が生じ、発達しながら東へ進むというサイクルが10時間前後維持されていました。
単純に見積もれば、時間雨量50mmが10時間積み上がっていくと、すなわち総降水量500mmとなり、各地点で24時間雨量400mm超という値がおおよそこの線状降水帯の停滞で説明されます。
図2 気象庁レーダーによって観測された熊本県南部で豪雨が発生していた際の気象庁レーダーによる降水強度分布(mm/h)(令和2年7月4日・日本時間午前2時15分)。気象庁のホームページよりダウンロードした画像に一部加筆。
図3 気象庁による熊本県南部で豪雨が発生していた際の地上天気図(令和2年7月4日・日本時間午前9時)。気象庁のホームページよりダウンロードした天気図に一部加筆。
線状降水帯が、同じ緯度で停滞し続ければその停滞時間の長さだけ降水量が積み上がり、豪雨となる、ということがお分かりいただけたでしょうか?
しかし、どんなに強い線状降水帯が形成されたとしても、短時間で異なる場所へ移動している場合は、総降水量は大きくなりません。従って総降水量がなぜ増えたのかを考える上では、「同じ緯度で停滞し続けてしまうのはなぜなのか?」ということが重要な問題になります。
図3は、熊本県南部で豪雨が発生していた際の地上天気図です。黄海からの冷たい空気の流れと太平洋南方から暖かく湿った空気の流れが、梅雨前線を南北方向に挟んで2つの高気圧によってもたらされています。九州付近の1004hPaの等圧線に注目すると、ほとんど緯線に沿うような東西方向に伸びていて、太平洋高気圧は多少東に移動しても南側の気圧配置がほとんど変わらない状況だと言えます。
一方で、梅雨前線の北側の黄海高気圧は、黄海の冷たい海面水温によって冷やされて形成されているので、もともと位置が固定されて動きにくい性質を持ちます。このように、梅雨前線を挟んだ2つの高気圧による気圧配置を広い視野で見てみると、東西方向へ多少のずれがあっても、梅雨前線の南北方向の位置がほとんど変わらない状況であることが分かります。
したがって、東シナ海から九州、西日本にかけての広い範囲で見たときに、南北の高気圧の位置関係は7月3日から4日にかけてほとんど変化せず、梅雨前線の位置は固定されてしまいました。このような広範囲で見渡した際の条件が変わらない中で、線状降水帯がバックビルディングによって維持されると、強雨域の南北方向の位置が固定されてしまいます。
7月5日15時ごろまで梅雨前線は、西日本の太平洋側にかけて東西に伸びている状況が続いていました。それによって九州以外の地域でも雨量は多くなりましたが、やはり九州での雨量は他地域に比べて抜きん出ています。
図3の天気図でもう一つ注目すべき特徴は、九州北東部に解析されている小さな低気圧(メソ低気圧)です。「メソ」はギリシャ語由来による「中間」という意味の接頭語で、気象学では1kmから1,000kmくらいまでの水平スケールをメソスケールと呼び、通常の低気圧よりも小さな低気圧のことです。東西に伸びる梅雨前線は、西でも東でも同じ条件が整っているわけではありません。東西に伸びる前線上をひっそりと東へ進んでいるこのメソ低気圧は、大雨の発生において非常に重要な特徴の一つです。
太平洋高気圧から流れ込む暖かく湿った空気は、メソ低気圧の西側でより強く加速されるため、九州付近における時間あたりの水蒸気の供給量が著しく増大していると考えられます。これに加えて、東シナ海南部は、黒潮の流路上で25度以上の高い海面水温により、地表付近の水蒸気の絶対量が非常に多くなります。
「地表風速がメソ低気圧の西側で著しく増大する」ということが、もともと水蒸気の絶対量が多い九州西方の海上に対して作用すると、積乱雲の発生数が多くなっても長時間の水蒸気供給が可能となり、線状降水帯が持続しやすくなります。
こうした条件は、他の地域でも揃うことが有りえますが、九州西部において豪雨の頻度が高いのは、やはり条件が揃いやすいということによります。
雨はまだまだ続いております。他の地域の方も含めまして、引き続きご注意くださいますようお願い申し上げます。