現代日本研究を通して世界を知る 白波瀬佐和子現代日本研究センター長に聞く
現代日本研究センターウェブサイトのトップページ画面。ロゴは、フィボナッチ数列に含まれる黄金比に着想を得て、さまざまな研究連携が発展していくイメージをデザイン化した
2020年7月に設立された東京大学現代日本研究センター。課題先進国としての日本の経験や日本社会に根ざした知を発信し共有することで、世界の研究者と協働し課題解決を目指す人文学、社会科学、そして文理融合分野の研究組織です。 なぜ今、東京大学に日本研究と銘打った研究の場を作る必要があるのか。センター長の白波瀬佐和子理事・副学長に聞きました。
―― どういう研究センターでしょうか。
本センターを構想した際の問題意識として、人文学や社会科学の文系諸学の研究について日本からの国際発信を強化したいという思いがありました。しかしながら、いまさら日本研究か、という懐疑的な意見もありました。東大にあっても多くの研究者は「我々は日本研究者じゃない」、と言います。私も、あなたは何をしていますか、と聞かれたら、日本のデータを分析し、日本の不平等について社会学的研究を行っている、と答えますが、日本研究をしているとはあまり言いません。
―― 日本研究は今までは主に海外の研究者が行うものだった?
そうですね。日本の外、特に欧米における日本研究という位置づけが強かったと思います。海外から日本研究というと、1987年に設立された国際日本文化研究センター(日文研)が有名で、当センターは「日本文化を国際的な視野で、学際的かつ総合的に研究していこうとする研究機関」とされています。ただ、日文研は人文学的な枠組みが中心です。また、Japanologyという系譜があって、人文学や文化論的な議論が主流を占めます。それが、1960年代、奇跡的な経済成長を達成した日本に、経済学、政治学、社会学、文化人類学、経営学、教育学など、社会科学系の海外の研究者たちが注目するようになりました。日本は欧米の枠を超えて産業化を達成した最初の国で、欧米で発展した発展モデルがあてはまるのか、あるいは異なるのかに、知的な関心が集まりました。
いま、日本は課題先進国です。少子高齢化で代表されるように、急激に人口構造が変わる中、社会保障制度をどう維持するのか。人々の基本的な生活保障を提供していきた家族の機能はどう変化するのか。高齢化のみならず女性雇用が増加した環境にあって家族のケアをだれが提供するのか。このようなテーマは日本だけでなくアジアでも同様に重要です。もっとも、少子高齢化の人口変動は欧米の先進国でも共通し、環境汚染も感染症も、現在の諸問題は国境を超えます。 そこで、国境を超える、特定の国の特殊事情を超えて世界に共通する課題にどう取り組み、対応するかについて発信することが、極めて重要になってきたということです。そうした状況を踏まえて構想したのが現代日本研究センターです。
―― 日本で行う日本研究の意義は何でしょうか。
たとえば、社会学者も経済学者も、日本にあって日本のデータあるいは日本的な文脈を強調することなく研究しており、彼/彼女らは多かれ少なかれ日本研究との関連があるとも言えます。そこで日本から「日本研究」と打ち出す狙いは、日本という国を相対的に見る視点にあります。特定地域の研究のみならず、他の国や地域との比較の視点を明示的に対外にアピールすることで、日本での研究を相対化する重要さを世界に向けて発する意味があります。
たとえば環境分野でも、国独自の政策や問題があるので、国という単位で検討することを否定できないけれども、縦割りの分野を超え、文理融合も含めた、国際的な共同研究・連携を推進するのが本センターの重要な目的です。連携研究機構の形も考えましたが、今回は特定部局に頼らない形での横連携を強調すべく組織しました。
―― 学内15部局から教員が参画していますね。
文系諸学のほとんどの部局と、工学系研究科、農学生命科学研究科、先端科学技術研究センター、生産技術研究所といった理系部局から、15名の連携委員の先生がいらっしゃいます。そのほかに本センターの構想段階からご協力いただいた経済学研究科の星岳雄先生、社会科学研究所のケネス・盛・マッケルウェイン先生、人文社会系研究科でヒューマニティーズ・センター長でもある齋藤希史先生、情報学環の吉見俊哉先生に運営委員として参加いただいています。
―― 連携委員はどのように関わるのですか?
15名の連携委員は、各部局長からの推薦によるもので、まずは部局とセンターの重要な橋渡し役をお願いします。しかしながら、単なる連絡係に終わらず、ご自身からも国際共同研究を提案してもらったり、小規模でも頻繁にセミナーやワークショップの開催を企画しているので、そちらにも積極的に参加していただきたいと考えています。また、複数部局にまたがる国際研究プロジェクトの企画を萌芽的段階から支援することで、本格的な研究に発展させて、展開できればと考えています。各部局内での貴重な諸事業を部局を超えて視覚化できるよう、東京大学としてアピールすることも積極的に行っていきたいと思っています。
―― 日本研究の拠点は他にも日本にあるんですか?
すでに申し上げた、国際日本文化研究センターは海外からは最も有名な拠点の一つです。あと、複数の大学でも類似した試みがないわけではありませんが、その多くが人文学をベースとしています。一方我々は、社会科学と文理融合、そして実証研究と政策研究を強化し、推進します。日本でのデータを共有して本格的な実証研究の国際比較をすることに、日本では今後緊急に注力すべきだと思います。
センターの重点ミッションには、現代日本研究におけるグローバルな視座の強化が含まれる eyetronic/stock.com.adobe
―― すでに決まっている研究プロジェクトはありますか?
一つは、プリンストン大学との戦略的提携に基づいた「東アジアの人口と不平等」。これには私も参加していて、プリンストン大学のCenter on Contemporary China とも連携して研究を進めています。もう一つは、包括連携している早稲田大学と共同で行う「21世紀の日本政治」。これはマッケルウェイン先生が中心になって、進めています。
―― 将来的には海外から若手研究者をポスドクとして招きたいとか。
はい。若手の人材交流の呼び水となることを目指したいと考えています。このたび、我々がセンターを設立する際にも、海外有力大学の代表的な日本研究者10人程度から、強力なエンドースメントレター(=支持表明書)をいただきました。それらの大学にも非常に優秀な学生や若手研究者がいるので、将来的に資金が確保できれば、積極的にポスドク事業を展開します。ポスドク経験者が将来東京大学のスタッフとしても招き入れられるようなことが起こってくると、より強く国際化した東京大学へと前進できるのではないかと考えています。分野融合的な国際共著論文もどんどん出てくるとよいですね。
―― 日本研究の分野を拡張したいとのことですが、どのような分野を想定していますか。
環境、AIの分野などでは、文系諸学との共同研究が展開されているところも少なくありません。日本のポップカルチャーや伝統文化、漫画も日本ファンを増やしてきました。しかし、それだけでなく、データネットワーク、サイバー空間、災害、食、といった日本研究の範囲を拡張していきます。
―― 今後の活動予定は?
まずは運営委員を中心に、「現代日本研究とは何か」というテーマで、経済学、政治学、社会学の観点からオンライン公開討論会を実施します。月1回程度は、連携教員の先生や海外の先生も交えてbreakfast meetingを行います。時差の関係から、米国東海岸のヴューアーにも参加しやすいように日本時間で朝9時開始としました。若手研究者や博士課程の院生を中心とした研究会も始める予定です。 本センターが国際的にも認知されていくよう、国際諮問委員会を組織して、海外からの意見も聞いて展開していきたいと考えています。風通しのよいセンターにできればと考えています。
取材・文/高井次郎 小竹朝子
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