降雨に伴って川に入るミミズが、ウナギの大きな餌資源になる!
2020年11月10日
東京大学 大気海洋研究所
神戸大学
発表のポイント
◆だいやまーく降雨に伴って川の中に供給される陸棲のミミズが、大型河川の下流域に棲む捕食魚(ニホンウナギ)の大きな餌資源になっていることを明らかにした。
◆だいやまーく川岸がコンクリート護岸によって覆われると、河川へのミミズの供給が阻まれ、陸域–河川生態系の重要な繋がりが断ち切られる可能性が示された。
◆だいやまーく河川環境の修復にあたっては、陸域と河川生態系間の重要な繋がりを回復、維持することも重要であると考えられる。
発表者
板倉 光(現:メリーランド大学環境科学センター チェサピーク生物学研究所・日本学術振興会海外特別研究員/神戸大学大学院理学研究科・研究員、研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所・博士課程学生)
三宅 陽一(国立研究開発法人 水産・研究教育機構 水産技術研究所・主任研究員)
北川 貴士(東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター・准教授)
佐藤 拓哉(神戸大学大学院理学研究科・准教授)
木村 伸吾(東京大学大学院新領域創成科学研究科/東京大学大気海洋研究所・教授)
発表概要
メリーランド大学の板倉光海外学振特別研究員、水産・研究教育機構の三宅陽一主任研究員、神戸大学大学院理学研究科の佐藤拓哉准教授、東京大学大気海洋研究所の北川貴士准教授、木村伸吾教授からなる研究グループは、胃内容物分析と炭素・窒素安定同位体分析(注)により、雨の日やその後に土壌中から地表へ這い出て川へ入ってくるミミズが、大型河川の下流域に生息する捕食魚(ニホンウナギ)の重要な餌資源になっていることを初めて明らかにした。ミミズは川釣りで最も良く利用される餌の一つであるが、河川生態系内での餌としての役割については十分に理解されていなかった。この降雨に駆動されるミミズのパルス的な資源流入は、河川下流域における主要な系外資源流入の経路であると考えられる。また、川岸がコンクリート護岸によって覆われると、河川へのミミズの供給が阻まれ、陸域–河川生態系の重要な繋がりが断ち切られる可能性も示された。
発表内容
生態系は、物質や餌生物の移動(系外資源)を通して隣接する生態系と強く繋がっており、系外資源は受け手の生態系に生息する捕食者や生物群集に大きな影響を与える。例えば、河川上流域では、陸域生態系由来の落ち葉の流入は河川生産の重要なエネルギー源となり、また、陸域からの昆虫などの無脊椎動物の流入は魚類といった河川性捕食者にとって重要なエネルギー資源をもたらす。
系外資源の流入は様々な生態系で見られる普遍的な現象であるが、その影響は、受け手の生態系が隣接する生態系と接する長さと、受け手の生態系の面積の比(Perimeter-to-area ratio: PAR)が大きい生態系で特に強くなる。河川生態系では、川幅が狭い上流域ではPARが高く、系外資源が河川生産の主要なエネルギー源となる一方で、川幅が広い下流域ではPARが低く、河川由来の内部生産が主なエネルギー源になると考えられている。しかし、PARの高低に加えて、系外資源と、受け手の生態系内における系外資源と同等資源との比(系外資源の比)が高い生態系ほど系外資源の効果が強まることも知られている。系外資源の流入は、低頻度かつ短期間で生じるものの、多くの資源を集中的に受け手の生態系にもたらすため(パルス的資源流入)、PARが低い生態系においても一時的に系外資源の比を高めることで大きな影響を及ぼす可能性がある。しかし、系外資源がどのようにPARが低い生態系に流入し、影響を与えるかについてはほとんど理解されていない。
私たちは、日本を代表する大型河川である利根川の下流域において、捕食者であるニホンウナギの食性が陸棲のミミズ(フトミミズ科)に大きく依存していることを発見した(図1)。ミミズは川釣りで最も良く利用される餌の一つであるが、河川生態系内での餌としての役割については良く分かっていなかった。ミミズは流域全体の土壌中に高密度で生息するが、雨の日や雨の後に地表に這い出て、時に川の中で大量に見られることもある。この降雨と強く関連したミミズの河川への大移動は、パルス的資源流入として河川の捕食者へ大きな餌資源をもたらす可能性がある。そこで、利根川下流域の汽水〜淡水域における4水域の計15カ所に調査定点を設定し、3年間毎月、竹筒漁によりニホンウナギを採集し、ウナギがミミズを食べている割合を調べた。また、降雨とウナギによるミミズ捕食との関係についても統計モデルにより検討した。
ウナギの胃内容物を調べたところ、淡水の2水域においてウナギの胃からミミズを確認した(図2)。特に、ミミズは全長40cm以下のウナギの餌の68–93%を占めた。また、炭素・窒素安定同位体分析の結果、ウナギの食性に対する陸域資源の寄与率は調査した餌の中で最も高く、おおよそ50%と推定された(図3)。このことから、ミミズはウナギにとって極めて重要な餌資源であることが分かった。さらに、ウナギによるミミズ捕食は、春、夏、秋の3シーズンを通して見られ、降雨後2日間以内に集中していた(図4a)。また、夏の降雨量の増加は、ミミズ摂餌量を増加させた(図4b)。
降雨によって駆動される集中的なミミズのパルス的資源流入が、一時的に系外資源の比を高めウナギの食性を一時的にミミズに偏らせる。その結果、PARが低い河川下流域のウナギが系外資源に大きく依存したと考えられる。さらに、過去の研究では、地表に這い出る季節性(フェノロジー)はミミズの種によって異なることが報告されている。つまり、多様なミミズ種が異なるフェノロジーで出現し、川へ供給されることで、ウナギの胃からミミズが季節を跨いで出現したのかもしれない。すなわち、降雨に伴うミミズのパルス的資源流入による系外資源の比の一時的増加が、多様なミミズ種の存在により複数の季節を跨いで生じる。その結果、安定同位体で確認された、ウナギ食性に対するミミズの長期的な影響が表れたと推察される。
今回の研究を通して、川岸のコンクリート護岸化が陸域と河川生態系の重要な繋がりを断ち切っている可能性も示された。ミミズは、川岸に植生や土が残る調査地点に生息するウナギのみが利用しており、コンクリート護岸によって覆われた地点のウナギの胃からは見られなかった。そのため、コンクリート護岸は、ウナギにとって重要なミミズの供給を阻んでいる可能性があり、河川環境の修復にあたっては、陸域と河川生態系の繋がりを回復、維持することも重要であると考えられる。
本研究では、大型河川の下流域のような、PARの低い生態系に生息する捕食者への主要な系外資源流入経路の一つとして、降雨に駆動されるミミズのパルス的資源流入の存在を明らかにした。ミミズは、本研究で対象とした下流域だけでなく、流域全体の土壌中に高密度でかつ普遍的に生息している。そのため、今後は、ミミズのパルス的資源流入が流域全体における捕食者や生物群集、さらには生態系へどのような影響を与えているのかを明らかにするための、より広い視点を持った研究が必要とされる。
発表雑誌
雑誌名:「Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences」
論文タイトル:Large contribution of pulsed subsidies to a predatory fish inhabiting large stream channels
著者:Hikaru Itakura*, Yoichi Miyake, Takashi Kitagawa, Takuya Sato, Shingo Kimura
DOI番号:https://doi.org/10.1139/cjfas-2020-0004このリンクは別ウィンドウで開きます
アブストラクトURL:https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/cjfas-2020-0004このリンクは別ウィンドウで開きます
問い合わせ先
メリーランド大学環境科学センター チェサピーク生物学研究所
日本学術振興会海外特別研究員 板倉 光(いたくら ひかる)
E-mail:itakurahikaru◎にじゅうまるgmail.com ※(注記)アドレスの「◎にじゅうまる」は「@」に変換してください
国立研究開発法人 水産・研究教育機構 水産技術研究所
主任研究員 三宅 陽一(みやけ よういち)
E-mail:miyakey1◎にじゅうまるaffrc.go.jp
東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター
准教授 北川 貴士(きたがわ たかし)
E-mail:takashik◎にじゅうまるaori.u-tokyo.ac.jp
神戸大学大学院理学研究科 生物学専攻
准教授 佐藤 拓哉(さとう たくや)
E-mail:tsato◎にじゅうまるpeople.kobe-u.ac.jp
東京大学大学院新領域創成科学研究科/東京大学大気海洋研究所
教授 木村 伸吾(きむら しんご)
E-mail:s-kimura◎にじゅうまるaori.u-tokyo.ac.jp
用語解説
- 注:炭素・窒素安定同位体
- 元素の陽子は同じだが、質量数が異なる原子を同位体と言い、安定して存在するものを安定同位体という。生物を構成する元素のうち、炭素と窒素の安定同位体は生物間の食う・食われるの関係を推定する際によく利用される。ある生物の体(本研究では筋肉を利用)の炭素と窒素の安定同位体は、餌となる生物の同位体と比べ、ある特定の値だけ高くなることが分かっている。そのため、捕食者と餌候補生物の炭素と窒素の安定同位体を調べることで、捕食者の餌利用(各餌の寄与率)を推定できる。胃内容物分析は生物が食べた餌に関して直接的な証拠が得られるが、生物が過去数時間〜数日中に食べた餌の情報しか得られない。一方、安定同位体分析では、具体的な餌の種類を特定することはできないが、胃内容物よりも長期にわたる餌利用について知ることができる。そのため、生物の食性を調べる際は、胃内容物と安定同位体分析を併用することが望ましい。
添付資料
図2 胃内容物分析による、全長別ウナギの摂餌メニュー
ウナギの胃からミミズが出現した2水域の結果を示す。上段の川岸に植生や土が残る地点では赤で示すミミズがウナギの餌の大部分を占める一方、下段のコンクリート護岸化された地点ではミミズが見られない。
図3 炭素・窒素安定同位体による、ウナギの食性への各餌の寄与率
ウナギの胃からミミズが出現した2水域における、川岸に植生や土が残る地点の結果を示す。どちらの水域においてもミミズが最もウナギの食性に貢献していることがわかる。
図4 降雨とウナギのミミズ捕食との関係
ウナギの胃中におけるミミズの有無と降雨からの経過日数および1月1日からの日数との関係 (a)、ウナギによるミミズ摂餌量と降雨量および1月1日からの日数との関係 (b)。
プレスリリース