○しろまる 概要
1.概要
結節性硬化症(tuberous sclerosis complex:TSC)は、原因遺伝子TSC1、TSC2の産生タンパクであるハマルチン、チュベリンの複合体の機能不全により、下流のmTORC1の抑制がとれるために、てんかんや知能、行動などの障害(結節性硬化症関連神経精神障害:TAND)や、脳の上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA)、腎の血管筋脂肪腫、肺のリンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis:LAM)、顔面の血管線維腫などの過誤腫を全身に生じる疾患である。
2.原因
結節性硬化症は9番の染色体上にあるTSC1遺伝子か、16番の染色体上にあるTSC2遺伝子の異常によっておこる遺伝病で、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)と呼ばれる遺伝形式をとる。
TSC1遺伝子、TSC2遺伝子はそれぞれハマルチン、チュベリンと呼ばれるタンパク質をつくる。ハマルチン、チュベリンはそれぞれの作用と同時に共同でその下流にあるmTOR複合体1(mTORC1)を抑制している。したがってTSC1遺伝子、TSC2遺伝子の異常によりそれぞれがつくるタンパク質が異常になるとmTORC1の抑制がうまくいかずに、mTORC1が活性化される結果次に示すような種々の症状が出現すると考えられている。
3.症状
結節性硬化症の症状はほぼ全身にわたり、各症状の発症時期、程度も種々である。胎生期から乳児期に出現する心臓の横紋筋腫、出生時より認められる皮膚の白斑、乳幼児期から出現するてんかん、自閉スペクトラム症、知的発達症、顔面の血管線維腫、乳児期から幼児期にかけて問題になることの多い脳腫瘍、眼底の過誤腫、小児期から思春期に著明になる腎の血管筋脂肪腫や嚢腫、20歳以上の特に女性に問題となる肺LAMや肺のmultifocal micronodular pneumocyte hyperplasia(MMPH)、さらに40代以降に増加する消化管の腫瘍や子宮の病変などがある。その他爪囲線維腫やシャグリンパッチ、歯のエナメルピッティングや骨硬化像、肝の腫瘍や卵巣嚢腫などもしばしば認められる。合併症として、脳の腫瘍(SEGA)、特にモンロー孔付近の腫瘍が急速に増大し、モンロー孔をふさいで水頭症を呈することがある。血管成分の多い腎の血管筋脂肪腫が増大すると、時に破裂を引き起こすことがある。また、腫瘍が増大してくると、時に悪性化が生ずることもある。肺LAMのために労作時呼吸困難、気胸を生じることがある。
4.治療法
てんかんに対しては薬物療法(抗てんかん薬、mTORC1阻害剤エベロリムス)や脳神経外科手術が行われる。腎の血管筋脂肪腫に対してはエベロリムス、TAE(経動脈塞栓術)や外科手術による切除、皮膚の腫瘍に対してはmTORC1阻害剤シロリムスの局所塗布剤(外用)、レーザー、液体窒素を用いた冷凍凝固術や外科手術を行う。脳腫瘍に対しては手術又は薬物療法(エベロリムス)、腎腫瘍に対しては薬物療法(エベロリムス)、カテーテル治療(動脈塞栓術)又は手術、肺LAMに対しては薬物療法(シロリムス)などが行われる。2019年より結節性硬化症随伴病変に対するエベロリムス(mTORC1阻害剤)治療が認可された。本治療は結節性硬化症治療に十分な知識及び経験を有する医師のもとで行われることが望ましい。
5.予後
神経症状は社会生活を送るのに大きな問題となる。脳、腎、肺腫瘍は重度になると生命予後に関与することが多い。胎児期から成人期まで年齢依存性に症状が変化する上、現時点では根本的な治療がないため、生涯にわたる加療が必要となる。
○しろまる 要件の判定に必要な事項
1. 患者数(令和元年度の医療受給者証保持者数)
757人
2. 発病の機構
不明(遺伝子異常によるが、各症状の発症のメカニズムは不明である。)
3. 効果的な治療方法
未確立(腫瘍の外科的切除や薬物による治療はあるが、根本的な治療方法は未確立である。)
4. 長期の療養
必要(遺伝子異常で発症し、根本的な治療法が無いため、生涯疾患が持続する。)
5. 診断基準
あり(学会承認の診断基準あり。)
6. 重症度分類
研究班で作成した重症度分類を用いて、グレード3が1項目以上、又はグレード2が2項目以上の場合を対象とする。
○しろまる 情報提供元
「神経皮膚症候群に関する診療科横断的検討による科学的根拠に基づいた診療指針の確立」
研究代表者 神戸大学大学院医学研究科内科系講座皮膚科学分野 教授 錦織千佳子
<診断基準>
Definiteを対象とする。
結節性硬化症の診断基準
TSC Clinical Consensus Guideline for Diagnosis
(1) 遺伝学的診断基準
TSC1又はTSC2遺伝子の病因となる変異が正常組織からのDNAで同定される。
※(注記)病因となる変異は、TSC1又はTSC2タンパクの機能を不活化したり(例えばout-of-frame挿入・欠失変異やナンセンス変異)、タンパク産生を妨げる(例えば大きなゲノム欠失)ことが明らかな変異あるいはタンパク機能に及ぼす影響が機能解析により確立しているミスセンス変異と定義される。それ以外のTSC1又はTSC2遺伝子の変化で機能への影響がさほど確実でないものは、上記の基準を満たさず、結節性硬化症と確定診断するには不十分である。結節性硬化症患者の10〜25%では一般的な遺伝子検査で変異が同定されず、正常な検査結果が結節性硬化症を否定する訳ではなく、結節性硬化症の診断に臨床的診断基準を用いることに何ら影響を及ぼさない事に留意すべきである。
遺伝子診断を受けていないものもしくは検査を受けたが変異が見つからなかった場合
(2) 臨床的診断基準
A.大症状
1.脱色素斑(長径5mm以上の白斑3つ以上)
2.顔面血管線維腫(3つ以上)又は前額線維性局面
3.爪線維腫(2つ以上)
4.シャグリンパッチ(粒起革様皮)
5.多発性網膜過誤腫
6.皮質結節又は放射状大脳白質神経細胞移動線*1
7.上衣下結節(2つ以上)
8.上衣下巨細胞性星細胞腫
9.心横紋筋腫
10.肺リンパ脈管筋腫症*2
11.血管筋脂肪腫(2つ以上)*2
B.小症状
1.金平糖様白斑
2.歯エナメル小窩(3つ以上)
3.口腔内線維腫(2つ以上)
4.網膜無色素斑
5.多発性腎嚢胞
6.腎以外の過誤腫
7. 骨硬化性病変
C.注釈
*1 皮質結節と放射状大脳白質神経細胞移動線の両症状を同時に認めるときは1つと考える。
*2 肺リンパ脈管筋腫症と血管筋脂肪腫の両症状がある場合は確定診断するには他の症状を認める必要がある。
<診断のカテゴリー>
Definite1: 遺伝学的診断基準を満たす。
Definite2: 臨床的診断基準のうち大症状2つ又は大症状1つと2つ以上の小症状のいずれかを満たす。
Probable: 大症状1つ又は小症状2つ以上のいずれかが認められる。
小症状1つだけの場合は、遺伝学的診断基準を満たすこと。
<重症度分類>
下記の重症度分類を用いて、グレード3が1項目以上、又はグレード2が2項目以上の場合を対象とする。
グレード
0
1
2
3
症状
神経症状
SEN/SEGA
なし
SENあり
SEGAあり(単発かつ径1cm未満)
SEGAあり(多発又は径1cm以上*1)
てんかん
なし
あり(経過観察)
あり(抗てんかん薬内服治療)
あり(注射、食事、手術療法)
知的障害
なし
境界知能
軽度〜中等度
重度〜最重度
自閉症・発達障害
なし
ボーダー
軽度〜中等度
重度〜最重度
皮膚症状
顔面血管線維腫
なし
皮膚症状はあるが社会生活が可能
社会生活に支障をきたす(治療が必要)
社会生活に著しい支障をきたす*2(治療が必要)
爪囲線維腫
シャーグリン
白斑
心症状
心横紋筋種
なし
あり(経過観察)
あり(心臓脈管薬内服治療)
あり(mTORC1阻害剤内服療法、注射、カテーテル、手術療法)
腎
腎血管筋脂肪腫
なし
あり(単発かつ径3cm未満)
あり(多発又は径3cm以上)
あり(多発又は径3cm以上で、過去1年以内に破裂や出血の既往がある。*3)
腎嚢胞
あり(治療の必要なし)
あり(多発又は治療の必要あり)
腎悪性腫瘍
なし
あり
肺
LAM
なし
検査で病変は認めるが、自覚症状がなく、進行がないもしくはきわめてゆっくりである。(経過観察)
自覚症状が有り治療が必要(酸素療法、ホルモン薬内服療法など)
自覚症状があり、mTORC1阻害剤内服療法や肺移植などの外科的治療が必要
MMPH
なし
あり
その他
肺外LAM
なし
あり(経過観察)
あり(治療が必要)
あり(治療に抵抗性)
肝臓、卵巣などの腎以外の臓器の嚢腫、過誤腫、PEComa
なし
あり(経過観察)
あり(治療が必要)
悪性化
眼底の過誤腫
なし
あり(経過観察)
あり(治療が必要)
機能障害を残す
歯のエナメルピッテイング
なし
あり(経過観察)
あり(治療が必要)。機能障害を残す
*1 すでに治療(手術又はmTORC1阻害剤)が行われ、治療の効果により現在は径1cm未満であるが、今後も治療の継続が必要な場合を含む。
*2 すでに治療(mTORC1阻害剤、レーザー、手術)が行われ、治療の効果により現在は社会生活への支障が著しくはないが、今後も治療の継続が必要な場合を含む。
*3 すでに治療(手術、動脈塞栓術又はmTORC1阻害剤)が行われ、治療の効果により現在は径3cm未満であるが、今後も治療の継続が必要な場合を含む。
※(注記)診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
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