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世界各国の鉄鋼産業はどの程度「循環型」なのか?
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立環境研究所の渡卓磨主任研究員は、世界各国における鉄鋼材の生産・利用・廃棄の流れを調査し、鉄鋼材に含まれるリサイクル材の世界的な割合は、過去20年間にわたって30%程度で停滞していることを明らかにしました。この停滞は、リサイクル工程の非効率性によるものではなく、鉄鋼材の社会蓄積量が急増していることに起因しています。また、鉄鋼生産量上位30カ国では、製鋼時に利用されるリサイクル材の割合に5%〜96%という大きな幅があることが示されました(日本は31%で30カ国中22位)。ただし、これは必ずしも各国の資源循環に関する取り組みの優劣を示すものではありません。本研究では、一部の国で高いリサイクル材割合が見られる背景には、鉄鋼生産の海外委託やスクラップの輸入を通して、リサイクル材割合の低い国へ依存する構造があることを明らかにしました。
鉄鋼材の社会蓄積量が世界的に増加する限り、特定の国の鉄鋼生産においてより多くのリサイクル材を利用することは、世界規模での資源循環推進に必ずしも直結するとは限りません。まずは、社会蓄積量の安定化を図ることが優先課題となります。あわせて、近年、国際的に議論が進む「リサイクル材含有率」の目標設定においては、各国の独自目標が鉄鋼生産の海外移転やスクラップの囲い込みを誘発することがないよう、科学的根拠に基づき、国際的整合性を確保した目標設定が求められます。本研究の成果は、2025年5月11日付で刊行された国際学術誌『Resources, Conservation & Recycling』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
鉄鋼産業は、世界の温室効果ガス排出量の約8%を占める炭素集約型産業の一つです。その脱炭素化を進める上で、リサイクルによる資源循環の推進が重要な手段として注目されています。しかし、世界各国の鉄鋼産業がどの程度「循環型」であるのか、またその実態には国ごとにどのような違いがあるのか、その違いが何に起因しているのかといった基礎的な情報は、これまで十分に明らかにされてきませんでした。
こうした課題を踏まえ、国立環境研究所資源循環領域の渡卓磨主任研究員と、ライデン大学(オランダ)、ウィーン天然資源大学(オーストリア)の研究者で構成される国際共同研究チームは、粗鋼生産量上位30カ国を対象に、2000年から2019年における鉄鋼材の生産・利用・廃棄の流れを詳細に調査しました。
2. 世界的な製鋼時のリサイクル材割合は3割程度で停滞
解析の結果、製鋼時に利用されるリサイクル材の割合は、2000年から2019年の20年間にわたって30%程度で推移しており、明確な改善傾向は見られないことが明らかになりました。この停滞はリサイクル工程の非効率性が要因ではありません。過去20年間にわたって、使用済みとなった鉄鋼材がリサイクルされる割合は増加傾向を示しており、2019年には85%がリサイクルされたと推定されました。
しかし、同期間に鉄鋼材の社会蓄積量は急速に増加しており、これがリサイクル材割合の増加を妨げています。一度社会に投入された鉄鋼材が使用済みとなり、スクラップとして回収されるまでには通常数十年の期間を要します。そのため、鉄鋼材の社会蓄積量が増加することは、リサイクル材供給に物理的な制約が生じることを意味します。
3. 製鋼時のリサイクル材割合は世界各国で大きな幅
粗鋼生産量上位30カ国を個別に見ると、製鋼時に利用されるリサイクル材の割合には2019年時点で5%〜96%という大きな幅があります。タイ(96%)が対象国中トップであり、次いでイタリア(72%)、スペイン(69%)、トルコ(69%)、インドネシア(68%)、米国(67%)、ポーランド(54%)が上位に位置しています。一方、リサイクル材の割合が最も低かったのはイラン(5%)であり、サウジアラビア(6%)、ウクライナ(24%)、インド(25%)、オランダ(25%)、中国(27%)、オーストリア(27%)がこれに続きます。日本の製鋼時に利用されるリサイクル材の割合は31%で、30カ国中22位に位置しています。
4. 製鋼時のリサイクル材割合は資源循環の優劣を意味しない
ここで重要な点は、製鋼時に利用されるリサイクル材の割合が必ずしも各国の資源循環に関する取り組みの優劣を示すものではない、ということです。国際貿易の構造を解析した結果、製鋼時のリサイクル材割合が高い国は、鉄鋼生産を海外委託したり、スクラップを輸入したりすることで、リサイクル材割合が低い国に依存する傾向があることが明らかとなりました。すなわち、一部の国で見られる製鋼時の高いリサイクル材割合は、他国での低いリサイクル材割合のもとに成り立っているという側面があります。こうした国際的な依存関係を踏まえて、本研究では、世界各国における鉄鋼の流れが4つのパターンに分類されることを示しました(図1参照)。
パターン1:豊富な国内スクラップと整合的に、高いリサイクル材割合を有する国(米国等)
国内で豊富に発生するスクラップを活用し、鋼材需要の大部分を供給するのが本パターンの特徴です。代表例は米国であり、鉄鋼材の社会蓄積量が相対的に安定しており、需要に対して豊富なスクラップが発生しています。これが製鋼時の高いリサイクル材割合を支える要因となっています。
パターン2:限定的な国内スクラップと整合的に、低いリサイクル材割合を有する国(中国等)
対照的に、中国のように鉄鋼材の社会蓄積量が増加している国では、スクラップの国内発生量が限られます。その結果、鉄鉱石を主原料とした製鋼への依存度が高まり、リサイクル材の割合は限定的となっています。
パターン3:国内スクラップが限定的にも関わらず、高いリサイクル材割合を有する国(タイ等)
一方で、タイのようにスクラップの国内発生量が限られているにも関わらず、製鋼おけるリサイクル材の割合が高い国も存在します。このパターンの国は、主に不純物の許容限界が比較的高い建設系の棒材(形鋼等)の生産に特化しており、許容限界が低い板材(薄板等)の供給は輸入に依存しているという特徴があります。
パターン4:国内スクラップが豊富にも関わらず、低いリサイクル材割合を有する国(日本等)
この板材の輸出を行っているのが、日本を含む複数の工業国になります。このパターンの国では、鉄鋼材の社会蓄積量は大きく増加しておらず、理論的には国内鋼材需要の大部分をリサイクル材によって賄うことができます。しかし現状は、鉄鉱石を主原料とした製鋼によって国内需要を超える量の板材を生産し、海外に輸出することを優先しています。
5. 国際貿易によってリサイクル材割合は平均化
上記の結果は、鉄鋼材が国際的なサプライチェーンを通じて複数国を移動する過程で、リサイクル材の含有率が大きく変化しうることを示唆しています。では、建設業や製造業、さらには我々のような最終消費者の元に届く鉄鋼材のリサイクル材含有率は製鋼工程直後の液体鋼と比較してどの程度異なるのでしょうか。
輸出入の実態を踏まえ、各国で実際に利用される鉄鋼材のリサイクル材含有率を解析した結果、液体鋼が鉄鋼製品(薄板等)となり、さらに最終製品(自動車等)に組み込まれていくにつれ、リサイクル材含有率の国際的なばらつきが徐々に縮小する傾向が確認されました(図2参照)。特に注目すべきは、液体鋼の段階でリサイクル材含有率が高い国ほど、最終製品に至るまでの過程でその割合が大きく低下しているという点です。これは前述の通り、一部の国で見られる液体鋼の高いリサイクル材含有率は、他国での低いリサイクル材含有率のもとに成り立っているためであり、鉄鋼材が国際的に流通し、他国での加工や部材供給を経て最終製品として利用されるなかで、リサイクル材含有率が平均化されていくという構造を反映しています。
6. 社会蓄積量の安定化と国際的連携が資源循環推進の鍵
本研究で得られた一連の知見は、世界規模での資源循環の推進には各国の個別の取り組みだけでは限界があることを示唆しています。鉄鋼材の社会蓄積量が世界的に増加する限り、特定の国の製鋼においてより多くのリサイクル材を利用することが、世界規模での資源循環に必ず直結するとは限りません。まずは、社会蓄積の安定化を図ることが優先課題となります。
また、近年国際的に議論が進むリサイクル材含有率の目標設定においては、各国の独自目標が、鉄鋼生産の海外移転やスクラップの囲い込みを誘発することがないように、科学的知見に基づいた目標設計が求められます。各国が個別で数値目標を掲げるのではなく、国際的整合性を確保したうえでの取り組みが、世界規模での資源循環の推進に不可欠です。
7. 研究助成
本研究は、科研費基盤研究(B)(24K03142)、英国王立協会(ICA/R1/23046)、欧州連合ホライズンプログラム(101056868・101056810)、オーストリア科学基金(10.55776/EFP5)の支援を受けて実施されました。
8. 発表論文
【タイトル】Global stagnation and regional variations in steel recycling
【著者】Takuma Watari, Tomer Fishman, Hanspeter Wieland, and Dominik Wiedenhofer
【掲載誌】Resources, Conservation and Recycling
【URL】https://doi.org/10.1016/j.resconrec.2025.108363(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/j.resconrec.2025.108363(外部サイトに接続します)
9. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
資源循環領域 国際資源持続性研究室
主任研究員 渡卓磨
10. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域
国際資源持続性研究室 主任研究員 渡卓磨
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
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