歪エルミート行列
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歪エルミート行列(わいえるみーとぎょうれつ、英語: Skew-Hermitian matrix)あるいは反エルミート行列(はんえるみーとぎょうれつ、英語: Anti-Hermitian matrix)とは、自身のエルミート共役(=随伴)が自身に負号をつけたものに等しいような複素 正方行列のことである。つまり、n 次正方行列 A に対し、そのエルミート共役を A* で表すとき、A が歪エルミートならば、以下の条件を満たす。
- {\displaystyle A^{*}=-A}
行列 A の成分をあらわに書けば、これは次のようにも表せる。
- {\displaystyle {\left(A^{*}\right)}_{ij}={\overline {A_{ji}}}=-A_{ij}\quad \left(1\leq i,j\leq n\right)\ }
n 次歪エルミート行列の集合はリー代数をなし、{\displaystyle {\mathfrak {u}}(n)} と表される。
歪エルミート行列と似た定義を持つ行列として、エルミート行列がある。エルミート行列は自身と自身のエルミート共役が等しい。
- {\displaystyle H^{*}=H}
歪エルミート行列はエルミート行列と同じく、正規行列の特別な場合であり、−1 をユニタリ行列 U と見なせば、以下の正規行列の定義を満たしている。
- {\displaystyle A^{*}=AU}
例
[編集 ]例として、次の行列は歪エルミート行列である。
- {\displaystyle {\begin{bmatrix}0&2+i\\-2+i&3i\end{bmatrix}}}
性質
[編集 ]多くの点で歪エルミート行列はエルミート行列とちょうど反対の性質を持つ。
- {\displaystyle A=iH}
- を満たす H はエルミート行列となる。実際、(iH)* = −iH* なので iH は歪エルミートである。同様に −iH も歪エルミートである。従って、A/i = −iA および A/(−i) = iA はエルミートである。
- 歪エルミート行列 A の対角成分はすべて純虚数である。
- {\displaystyle {\left(A^{*}\right)}_{ii}={\overline {A_{ii}}}=-A_{ii}\quad \left(1\leq i\leq n\right)\ }
- 従って、そのトレースも純虚数である。
- 歪エルミート行列 A の固有値 λ は 0 または純虚数である。固有値方程式 Aξ = λξ を満たす行列 A の固有ベクトル ξ について、ξ*Aξ = λξ*ξ は以下の関係を満たす。
- {\displaystyle \xi ^{*}A\xi ={(A^{*}\xi )}^{*}\xi =-{(A\xi )}^{*}\xi ~~\Longrightarrow ~~\lambda =-{\bar {\lambda }}}
- 従って、λ の実部は 0 でなければならない。またこのとき、歪エルミート行列の異なる固有値に対応する固有ベクトルは直交する。
- {\displaystyle \eta ^{*}A\xi =\lambda _{\xi }\eta ^{*}\xi =-{\bar {\lambda }}_{\eta }\eta ^{*}\xi =\lambda _{\eta }\eta ^{*}\xi ~~\Longrightarrow ~~\eta ^{*}\xi =0}
- 歪エルミート行列の実数倍と、歪エルミート行列の和はまた歪エルミートである。つまり、実数 α, β,... と歪エルミート行列 A, B,... について次の関係が成り立つ。
- {\displaystyle \left(\alpha A+\beta B+\cdots \right)^{*}={\bar {\alpha }}A^{*}+{\bar {\beta }}B^{*}+\dots =-\left(\alpha A+\beta B+\cdots \right)}
- 歪エルミート行列は正規行列であり、歪エルミート行列 A は、
- {\displaystyle AA^{*}=A^{*}A}
- を満たす。実際、AA* = A(−A) = (−A)A = A*A であり、A と A* は可換である。
- 任意の正方行列 M はエルミート行列 H と歪エルミート行列 A の和として一意に表せる。
- {\displaystyle M=H+A}
- 行列 M + M* はエルミートであり、M − M* は歪エルミートであるので、これらを H/2 および A/2 と定義すれば上述の関係を得る。
- 歪エルミート行列の冪乗 Ap は、指数 p が奇数なら歪エルミート、偶数ならエルミートである。
- {\displaystyle {\left(A^{p}\right)}^{*}={\left(A^{*}\right)}^{p}={\left(-1\right)}^{p}A^{p}\!}
- {\displaystyle {(\mathrm {e} ^{A})}^{*}=\mathrm {e} ^{A^{*}}=\mathrm {e} ^{-A}={(\mathrm {e} ^{A})}^{-1}\!}
- 歪エルミート行列の固有値は 0 か純虚数なので、eA の固有値の絶対値は 1 になる。