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横廠式ロ号甲型水上偵察機

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(2025年8月)

横廠式ロ号甲型水偵

横廠式ロ号甲型水上偵察機

横廠式ロ号甲型水上偵察機

  • 用途:偵察機
  • 分類:水上機
  • 設計者:馬越喜七
  • 製造者:横須賀海軍工廠
  • 運用者:大日本帝国海軍
  • 初飛行:1917年
  • 生産数:218機

横廠式ロ号甲型水上偵察機(よこしょうしき ろごうこうがた すいじょう ていさつき)とは横須賀海軍工廠(横廠)が開発した日本海軍の単発複葉複座双浮舟式の水上 偵察機である。1923年(大正12年)12月には横廠式水上偵察機と改名されている。

概要

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第一次世界大戦開戦後国内に多数の航空機が輸入され、海軍でもそれに伍する機体の開発を横廠で開始した。設計主務者は馬越喜七大尉だが、中島知久平大尉の協力を得たという説もある。安定性や操縦性に重点を置いて設計され、1917年(大正7年)末に初飛行した。最大時速は156km/hに達し、運動性も格段に向上した。

当初は発動機サルムソンM9 水冷星型9気筒 140馬力を装備していたが、後にサルムソン2M7 水冷複列星型14気筒 200馬力に、更に三菱イスパノ・スイザ V型8気筒 200馬力に換装している。イスパノエンジン搭載型の製造は横廠で行われたが、1920年(大正9年)以降、愛知中島でも行われた。折からのシベリア出兵では戦艦 三笠の搭載機として出動するなど、1925年頃まで主力水偵として活躍し、民間に払い下げられた物は郵便飛行等に用いられた。

横廠式イ号甲型水上練習機

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横廠式イ号甲型水練

  • 用途:練習機
  • 分類:水上機
  • 設計者:馬越喜七
  • 製造者:横須賀海軍工廠
  • 運用者:大日本帝国海軍
  • 初飛行:1920年
  • 生産数:70機

続いてモ式小型水上偵察機(モ式イ号甲型)に替わる水上練習機を同じく馬越喜七大尉の設計で開発に着手、1920年末に初飛行した。ロ号甲型を一回り小型にした様な機体だったので、速度、操縦性、安定性共に十分で、横廠式イ号甲型練習機として制式採用となり、70機生産された。 発動機がルノーベンツ、イスパノの物があったが、ベンツ装備機が好評で半数以上がベンツエンジン搭載機であった。

性能諸元

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横廠式ロ号甲型水偵
  • 全長:10.16m
  • 全幅:15.69m
  • 全高:3.67m
  • 自重:1,000kg
  • 全備重量:1,300kg
  • 最高速度:155km/h
  • 乗員:2名
  • 発動機:三菱 ヒ式200馬力発動機 水冷V型8気筒 200 hp ×ばつ 1
  • 航続距離:778km
横廠式イ号甲型水練
  • 全長:
  • 全幅:13.78m
  • 全高:
  • 自重:
  • 全備重量:1,124kg
  • 最高速度:124km/h
  • 乗員:2名
  • 発動機:瓦斯電 ベ式130馬力発動機(ベンツ Bz III) 水冷直列6気筒 130 hp ×ばつ 1
  • 上昇率: 5分/5,000m
  • 航続距離:3時間

飛行機の命名法

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1917年(大正7年)12月に改正された新しい「飛行機名称」(大正七年内令兵一四号)による。練習用の機体を「イ号」、偵察用を「ロ号」、敵機駆逐用を「ハ号」、敵艦船攻撃用を「ニ号」と呼ぶこととしていた。

つまり、「横廠式ロ号甲型」とは横須賀工廠製(横廠式)の偵察機(ロ号)の最初の物(甲型)となる。

関連項目

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艦上戦闘機 (A)
艦上攻撃機 (B)
艦上偵察機 (C)
艦上爆撃機 (D)
水上偵察機 (E)
観測機 (F)
陸上攻撃機 (G)
飛行艇 (H)
陸上戦闘機 (J)
練習機 (K)
輸送機 (L)
特殊攻撃機 (M)
特殊機 (MX)
水上戦闘機 (N)
陸上爆撃機 (P)
哨戒機 (Q)
陸上偵察機 (R)
夜間戦闘機 (S)
飛行船(航空船)
気球
関連項目

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