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アメリカ合衆国国務次官補

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
初代国務次官補アンブローズ・ダッドリー・マン

アメリカ合衆国国務次官補(アメリカがっしゅうこくこくむじかんほ、United States Assistant Secretary of State)は、アメリカ合衆国国務省において国務長官を補佐し、事務作業を管理する役職である。

概要

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国務次官補は、1853年 3月3日連邦歳出法 (10 Stat. 212) によって規定されたものが最初であり、このとき定員は1名であった。連邦歳出法による国務次官補は1858年から1924年まで存在し、1913年までは国務長官に次ぐ第2位の地位であった。連邦歳出法による国務次官補は定員が1名であり、大統領に対して国務次官補を任命する権限が与えられた。

その後1924年 5月24日外務職員法 (43 Stat. 146) が制定され、定員が4名に拡大された。外務職員法による国務次官補は1924年から1944年まで存在し、連邦歳出法による国務次官補と同様、大統領に対して国務次官補を任命する権限が与えられた。

連邦歳出法による国務次官補から外務職員法による国務次官補に移行する際、第二国務次官補および第三国務次官補が廃止され、その業務は外務職員法による国務次官補に統合された。

1944年 12月8日、連邦議会は国務次官補の定員を4名から6名に拡大する法律を可決した (Dec 8, 1944; P.L. 78-242; 58 Stat. 798)。国務省は部署の再編成を実施し、具体的な職務を各国務次官補に割り当てた。その後、より細分化された職務割り当てが求められるようになったことから、連邦議会は1949年 5月26日に国務次官補の定員を6名から10名に拡大し (P.L. 81-73; 63 Stat. 111)、1958年 7月18日には定員を11名に拡大した (P.L. 85-524; 72 Stat. 363)。

職務

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国務次官補の職務は、国務長官の命令および法律により規定された。主として以下の職務が挙げられる。

  • 外交局および領事局の監督
  • 国務省で扱われる書簡の総監督
  • 領事の任命
  • 国務省の管理
  • 世界諸地域の経済問題の監督

現代においては、国務次官補の名称は国務省内の多くの高官の役職名として使用されている。国務次官(政治担当)の下には世界各地域との外交任務を地域毎に分担して管理する6人の次官補が配されている。また世界的諸問題に対応するため、職務別に数多くの次官補が置かれている。

地域別国務次官補
職務別国務次官補および次官補級の役職

歴代国務次官補(連邦歳出法)

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# 氏名 任命 在任期間 備考
着任 退任
1 アンブローズ・ダッドリー・マン 1853年 3月8日 (備考参照) 1855年 5月8日 [1]
2 ウィリアム・ハンター 1855年 5月8日 1855年 5月9日 1855年 10月31日 [2]
3 ジョン・アディソン・トマス 1855年 11月1日 1855年 11月1日 1857年 4月3日 [3]
4 ジョン・アップルトン 1857年 4月4日 1857年 4月4日 1860年 6月10日 [4]
5 ウィリアム・ヘンリー・トレスコット 1860年 6月8日 1860年 6月11日 1860年 12月20日
6 フレデリック・ウィリアム・スワード 1861年 3月6日 1861年 3月6日 1869年 3月4日
7 バンクロフト・デイヴィス 1869年 3月25日 1869年 4月1日 1871年 11月13日
8 チャールズ・ヘイル 1872年 2月19日 1872年 2月19日 1873年 1月24日
9 バンクロフト・デイヴィス 1873年 1月24日 1873年 1月25日 1874年 1月30日
10 ジョン・キャドワレイダー 1874年 6月17日 1874年 7月1日 1877年 3月20日
11 フレデリック・ウィリアム・スワード 1877年 3月16日 1877年 3月21日 1879年 10月31日
12 ジョン・ヘイ 1879年 11月1日 1879年 11月1日 1881年 5月3日 [5]
13 ロバート・ヒット 1881年 5月4日 1881年 5月4日 1881年 12月19日
14 バンクロフト・デイヴィス 1881年 12月19日 1881年 12月20日 1882年 7月7日
15 ジョン・デイヴィス 1882年 7月7日 1882年 7月8日 1885年 2月23日
16 ジェイムズ・デイヴィス・ポーター 1885年 3月20日 1885年 3月21日 1887年 9月10日
17 ジョージ・ライヴス 1887年 11月19日 1887年 11月21日 1889年 3月5日 [6]
ユージーン・スカイラー [7]
18 ウィリアム・ウォートン 1889年 4月2日 1889年 4月11日 1893年 3月20日
19 ジョサイア・クィンシー 1893年 3月20日 1893年 3月21日 1893年 9月22日
20 エドウィン・ウール 1893年 11月1日 1893年 11月11日 1896年 2月11日
21 ウィリアム・ウッドヴィル・ロックヒル 1896年 2月11日 1896年 2月14日 1897年 5月10日
22 ウィリアム・デイ 1897年 5月3日 1897年 5月11日 1898年 4月27日
23 ジョン・バセット・ムーア 1898年 4月27日 1898年 4月28日 1898年 9月16日
24 デイヴィッド・ジェイン・ヒル 1898年 10月25日 1898年 10月25日 1903年 1月28日 [8]
25 フランシス・ルーミス 1903年 1月7日 1903年 2月9日 1905年 10月10日
26 ロバート・ベイコン 1905年 9月5日 1905年 10月11日 1909年 1月27日 [9]
27 ジョン・カラン・オラフリン 1909年 1月27日 1909年 1月28日 1909年 3月5日
28 ハンティントン・ウィルソン 1909年 3月5日 1909年 3月6日 1913年 3月19日
29 ジョン・ユージーン・オズボーン 1913年 4月21日 1913年 4月21日 1916年 12月14日
30 ウィリアム・フィリップス 1917年 1月24日 1917年 1月25日 1920年 3月25日
31 フレッド・モリス・ディアリング 1921年 3月11日 1921年 3月15日 1922年 2月28日
32 リーランド・ハリソン 1922年 3月31日 1922年 4月4日 1924年 6月30日 [10]

歴代国務次官補(外務職員法)

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# 氏名 任命 在任期間 備考
着任 退任
1 リーランド・ハリソン (備考参照) 1924年 7月1日 1927年 4月1日 [11]
2 アルヴィー・エイディー (備考参照) 1924年 7月1日 1924年 7月5日 [12]
3 ジョシュア・バトラー・ライト (備考参照) 1924年 7月1日 1927年 4月17日 [13]
4 ウィルバー・ジョン・カー 1924年 7月1日 1924年 7月1日 1933年 3月6日 [14]
5 ジョン・ヴァン・アントワープ・マクマリー 1924年 11月18日 1924年 11月19日 1925年 5月19日 [14]
6 ロバート・オールズ 1925年 10月1日 1925年 10月5日 1927年 6月30日 [15]
7 フランシス・ホワイト 1927年 2月26日 1927年 4月27日 1933年 7月2日
8 ウィリアム・リチャーズ・キャッスル 1927年 2月26日 1927年 4月2日 1929年 12月13日
9 ネルソン・ジョンソン 1927年 8月9日 1927年 8月15日 1929年 12月26日 [16]
10 ウィリアム・リチャーズ・キャッスル 1930年 6月4日 1930年 7月1日 1931年 4月1日
11 ジェイムズ・グラフトン・ロジャーズ 1931年 2月27日 1931年 3月10日 1933年 3月6日
12 ハーヴィー・ホリスター・バンディ 1931年 6月10日 1931年 7月13日 1933年 3月4日 [17]
13 ウィルバー・ジョン・カー 1933年 3月6日 1933年 3月7日 1937年 7月28日
14 レイモンド・モーリー 1933年 3月6日 1933年 3月7日 1933年 9月7日
15 サムナー・ウェルズ 1933年 4月6日 1933年 4月6日 1933年 4月28日
16 ハリー・ペイヤー 1933年 6月13日 1933年 6月19日 1933年 11月26日
17 ジェファーソン・キャフェリー 1933年 7月11日 1933年 7月12日 1933年 12月4日 [2]
18 ロバート・ウォルトン・ムーア 1933年 9月19日 1933年 9月19日 1937年 5月20日 [18]
19 フランシス・ボウズ・セイアー 1933年 11月17日 1933年 11月27日 1939年 8月7日 [18]
20 サムナー・ウェルズ 1933年 12月12日 1933年 12月15日 1937年 5月20日 [19]
21 ジョージ・メッサースミス 1937年 7月9日 1937年 7月26日 1940年 2月15日
22 ヒュー・ロバート・ウィルソン 1937年 7月9日 1937年 8月23日 1938年 1月17日
23 アドルフ・バール 1938年 3月5日 1938年 3月7日 1944年 12月19日
24 ヘンリー・グレイディ 1939年 8月7日 1939年 8月8日 1941年 1月15日
25 ブレッキンリッジ・ロング 1940年 1月16日 1940年 1月23日 1944年 12月15日
26 ディーン・アチソン 1941年 1月31日 1941年 2月1日 (備考参照) [20]
27 ガーディナー・ハウランド・ショウ 1941年 2月21日 1941年 3月4日 1944年 12月14日

備考

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  1. ^ 国務次官補としての給与支払記録が1854年 4月1日まで存在せず。
  2. ^ a b 上院休会中の任命。
  3. ^ 上院休会中の任命。1856年 2月29日に上院の承認を受ける。
  4. ^ 上院休会中の任命。1858年 1月14日に上院の承認を受ける。
  5. ^ 上院休会中の任命。1879年 12月11日に上院の承認を受ける。
  6. ^ 上院休会中の任命。1887年 12月15日に上院の承認を受ける。
  7. ^ 上院の承認前に指名が撤回されたため、着任せず。
  8. ^ 上院休会中の任命。1888年 12月13日に上院の承認を受ける。
  9. ^ 上院休会中の任命。1905年 12月6日に上院の承認を受ける。
  10. ^ 外務職員法による国務次官補に移行。
  11. ^ 連邦歳出法による国務次官補から継続。
  12. ^ 第二国務次官補から継続。
  13. ^ 第三国務次官補から継続。
  14. ^ a b 上院休会中の任命。1925年 1月3日に上院の承認を受ける。
  15. ^ 上院休会中の任命。1925年 12月17日に上院の承認を受ける。
  16. ^ 上院休会中の任命。1927年 12月17日に上院の承認を受ける。
  17. ^ 上院休会中の任命。1931年 12月17日に上院の承認を受ける。
  18. ^ a b 上院休会中の任命。1934年 1月15日に上院の承認を受ける。
  19. ^ 上院休会中の任命。1934年 1月18日に上院の承認を受ける。
  20. ^ 1945年 8月15日まで任期延長。1944年 12月20日議会関係・国際会議担当国務次官補に割り当てられる。

関連項目

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外部リンク

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