2023年11月24日金曜日
【別冊シーサイドももち】〈064〉よかトピアの海上レストラン ―マリゾン(1)―
埋め立て地にできたニュータウン「シーサイドももち」の、前史から現代までをマニアックに深掘りした『シーサイドももち―海水浴と博覧会が開いた福岡市の未来―』(発行:福岡市/販売:梓書院)。
この本は、博多・天神とは違う歴史をたどってきた「シーサイドももち」を見ることで福岡が見えてくるという、これまでにない一冊です。
本についてはコチラ。
この連載では【別冊 シーサイドももち】と題して、本には載らなかった蔵出し記事やこぼれ話などを紹介しています。ぜひ本とあわせてお楽しみいただければ、うれしいです。
過去の記事はコチラからご覧ください。
第2回 (「ダンスフロアでボンダンス」)
第3回 (「よかトピアの「パオパオ・ロック」とは。」)
第4回(「開局! よかトピアFM(その1)KBC岸川均さんが育てた音のパビリオン」)
第5回(「思い出のマッスル夏の陣 in 百道」)
第6回(「最も危険な〝遊具〟」)
第7回(「開局! よかトピアFM(その2)1週間の全番組とパーソナリティー」)
第8回 (「ビルの谷間のアート空間へようこそ」)
第9回(「グルメワールド よかトピア」)
第10回(「元寇防塁と幻の護国神社」)
第11回(「よかトピアのストリートパフォーマーたち」)
第12回(「百道地蔵に込められた祈り」)
第13回(「よかトピアのパンドールはアジアへの入り口」)
第14回(「あゝ、あこがれの旧制高校」)
第15回(「よかトピアが終わると、キングギドラに襲われた」)
第16回(「百道にできた「村」(大阪むだせぬ編)」)
第17回(「百道にできた「村」(村の生活編)」)
第18回(「天神に引っ越したよかトピア 天神中央公園の「飛翔」」)
第19回(「西新と愛宕の競馬場の話。」)
第20回(「よかトピア爆破事件 「警視庁捜査第8班(ゴリラ)」現る」)
第21回(「博多湾もよかトピア オーシャンライナーでようこそ」)
第22回(「福岡市のリゾート開発はじまりの地?」)
第23回 (「ヤップカヌーの大冒険 よかトピアへ向けて太平洋5000キロの旅」)
第24回 (「戦後の水事情と海水浴場の浅からぬ関係」)
第25回 (「よかトピアへセーリング! オークランド~福岡・ヤマハカップヨットレース1989」)
第26回 (「本づくりの裏側 ~『シーサイドももち』大解剖~」)
第27回 (「開局!よかトピアFM(その3)今日のゲスト 3~4月」)
第28回 (「まだまだあった! 幻の百道開発史」)
第29回 (「開局!よかトピアFM(その4)今日のゲスト 5~6月」)
〈064〉よかトピアの海上レストラン ─マリゾン(1)─
福岡の人気観光地、シーサイドももち。
訪れる人のお目当ての1つに、海浜公園とそこに浮かぶ「マリゾン」があります。
白い砂浜がながくのび、海の向こうには志賀島・能古島・糸島半島をのぞむことができて、夕方になれば海に沈んでいく夕陽がその景色を赤く染める、とてもきれいな場所です。
そうした自然の景色のなかに非日常の姿を見せるマリゾンは、観光客にとって絶好のフォトスポットになっています。
このマリゾンが1989年のアジア太平洋博覧会(よかトピア)のときにできたというのは、福岡の人にとってはよく知られたこと。
これがよかトピアのときのマリゾンです。
ん…、何か知っているマリゾンとは違う気がします…。
こちらが最近のマリゾン。
比べてみると、写真奥にはウェデイング施設(「オーシャン&リゾート マリゾン」)ができていますし、写真手前にはショッピングやレストランの建物も増えています。
東側から撮った写真だと、これがよかトピアのときのマリゾン。
そして、こっちが今のマリゾン。
キラキラ感がすごい!
よかトピアから続いているマリゾンですが、だいぶん変わっているのですね…。
今のマリゾンについてはこちらの公式サイトが詳しいです。
https://marizon.co.jp/
そうなると、マリゾンってよかトピアのときは何があったのだろう?と気になってきます(私、もうすっかり忘れてしまってます…)。
調べて見ると、よカトピアのときは大きくは3つ、イベント施設、レストラン、パビリオンとして使われていました。
マリゾンでやっていたマリンレジャー関係のイベントは、前にこのブログで少し触れたことがありましたが、レストラン??
さっぱり覚えがありません…。
公式記録を見ると、平面図に確かにそれらしき店名が並んでいました。
ただ詳しいことは書いてなくて…。
気になって『アジア太平洋博ニュース 夢かわら版'89』をめくってみると、お店の紹介を見つけることができました(いつも『夢かわら版』には助けられます。今となっては貴重なよかトピアの資料です)。
ここからは、この『夢かわら版』の記事をもとに、当時のマリゾングルメ情報をお届けします。
まずは「ファーストフーズショップ 海鮮市場ピアハウス」。
株式会社タイヨーが営業したお店です。
場所はマリゾンへの入り口の東側にあった建物の1階でした(まだここは砂浜の上)。
「ファーストフーズショップ」というネーミングからすると、ファストフードのお店なのでしょうね。
「海鮮市場」とうたっているように、目の前で魚介類を料理してくれるというのがお店の売り。
そのほかにも焼きそばやソフトクリームも販売されていました(残念ながら詳しいメニューや値段は分かりませんでした)。
客層は幅広く、買ったものをテラスや海辺に持ち出して、海を眺めながらのんびり時間を過ごす方が多かったようです。
博覧会というより、旅先のような時間の過ごし方ができたのも、海をまるごと会場に取り込んだよかトピアならではだろうと思います。
次はその建物の2階にあった「漁夫料理 シップス」。
こちらも「ピアハウス」と同じ、株式会社タイヨーが営業していました。
このお店のメインは、なんと「みそ汁」。
思い切ったコンセプトです。
「漁夫料理」というと豪快な感じがしますが、食材は店長が市場でその日に仕入れたもの、みそは特注の手づくりみそ。
それに朝からじっくり仕込んだ出汁を合わせる、丁寧な仕事ぶりだったのだとか。
メニューは、車海老のみそ汁(1200円)、魚の団子のみそ汁(350円、安い!)、魚の焼き物など。
セットメニューとして、アラカブみそ汁膳(値段不明)や、こども向けの童膳(1000円)も人気でした。
こういうこだわりのお店は、今の方がかえって流行りそうですよね。
ここからは海の上になります。
西側の建物の1階の「シーフードレストラン マゼラン」。
営業は株式会社マリコム九州がおこなっていました。
内装は、海底をイメージさせる深い青で、ゆっくりくつろげるレストラン。
広い窓からは博多湾はもちろん、西側にあるので夕方になれば、サンセットを眺めることもできました。
博覧会というより、ちょっとしたリゾート気分を味わえそうなお店です。
セットメニューは1200円で、ハンバーグ、魚介のクリームソース、スープ、サラダ、これにパン(自家製)かライスがつきました。
そのほか、パエリア(1200円)、ペスカトーレ(1200円)、デザート類(値段不明)、パンのテイクアウトもありました。
この建物の2階には「シーフード&ビーフレストラン ぴあ安具楽」があります。
株式会社サッポロライオンのレストランです。
マリゾンは場所が海辺ですから、シーフードのお店が多いのですが、ここは店名に「ビーフ」もうたっています。
「マゼラン」と同じく夕陽や、2階ですので博覧会場であがる花火もよく見えたのだとか。
テーブル席のほかにも掘りごたつ風のお座敷があって、そこでは鍋料理(値段不明)も食べられたそうで、パーティーの予約も受け付けていました。
こうなると、もはや博覧会を楽しんだあとの絶好の打ち上げ場所ですよね。
メニューは、まずは名物だった網焼きのステーキ。
特選サーロインが150gで2000円、180gで2500円、230gで3200円でした。
博覧会値段で高いのかと思ったのですが、そうでもなさそうです。
そのほか、うな重が1500円、刺身定食が同じく1500円、天丼が980円。
ももち弁当1200円、安具楽定食2000円なんてのもありました(中身は残念がら不明でした)。
その隣には「ビアレストラン&テラス サッポロジョイプラザ ライオン」。
ここも隣の「ぴあ安具楽」と同じ株式会社サッポロライオンの営業です。
150人収容できる店内は船をイメージしたもの。
「ビアレストラン」をうたっていますので、さながら海上のおしゃれビアガーデンです。
サッポロ生ビールの大(840円)・中(650円)・小(420円)に加えて、ブーツグラス(750円)、ガリバーブーツ(2500円)なんてのも用意されていました。
そのほか、カクテルや日本酒も充実。
フードメニューには、おつまみになるソーセージの盛り合わせ(1980円)だけではなく、Aセット(おつまみステーキ・シーフードコロッケにライスかパンがついて1200円)、Bセット(海老フライ・ハンバーグステーキにライスかパンがついて1300円)、きのこハンバーグ(780円)もあって、飲むだけではなくお腹も満たせたお店だったようです。
「ビヤホール」で有名なサッポロライオンのノウハウがつまっていますので、間違いなしのビアガーデンだったのでしょうね。
こちらも「ぴあ安具楽」と同じく、パーティーで使うこともできました。
最後は東側建物1階にあった「インターナショナル シーフードレストラン セブンシーズ」。
アーバンコア昭和株式会社が営業していました。
テラスがあるおしゃれなレストランで、海鮮を中心に多くのメニューを提供していました。
ステーキ、ハンバーグ(いずれも値段不明)、ケーキ(350円)、アイスクリーム(500円)、シャーベット(500)など。
なかでも一番インパクトがあったのは、海鮮ちゃんぽん。
なんとちゃんぽんなのに、ワタリガニがまるごと1匹、そのままの姿でのっています(『夢かわら版』に写真が載っているのですが、かなりのインパクト。殻をむくのに無口になりそうです…)。
ほかにエビやサザエなど7種類の魚介の具材がのって、値段は1200円(今どこかでやっていたら行きたい…)。
こうやってマリゾンのレストランを改めて見てみると、博覧会の食堂の枠には収まらない、旅・リゾート・社交などをイメージさせる場所を提供しようとしていたように感じられます。
マリゾンは博覧会終了後も飲食・ショッピング、イベントや情報発信の場になる予定でしたので、そうした次の福岡の新しいまちづくりを印象づける役割も担っていたのでしょう。
マリゾンのおもしろいところは、その特徴的な外観に加えて、1つの目的だけはなく、いろいろな施設が複合的に集められていたことでした。
レストランだけはなくてパビリオンとしても使われていて、1つ1つは小さなスペースなのですが、とても個性があります。
そうしたマリゾンのパビリオンとしての姿も、今後もっと調べてお伝えしたいと思っています。
・『アジア太平洋博ニュース 夢かわら版'89保存版』((株)西日本新聞社・秀巧社印刷(株)・(株)プランニング秀巧社企画編集、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1989年)
・『アジア太平洋博覧会―福岡'89 公式記録』((株)西日本新聞社編集製作、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1990年)
・マリゾンの公式サイト https://marizon.co.jp/
#シーサイドももち #アジア太平洋博覧会 #よかトピア #マリゾン #サッポロライオン #ワタリガニ
[Written by はらださとし/illustration by ピー・アンド・エル]
2023年11月21日火曜日
The 35th Annual Exhibition of New Acquisitions: Fukuoka's history and its people's lives
Venue: Feature Exhibition Room 1 - 4
Opening Hours: 9:30am - 5:30pm (last admission: 5:00pm)
Closed: Mondays, December 28th (Thu.), 2023 - January 4th (Thu), 2024
Entrance to the exhibition
This year marks the 40th anniversary of the Fukuoka City Museum's collection, which began in 1983, seven years before the museum opened. The museum has collected more than 190,000 items in the fields of archaeology, history, folklore, and art through donations, loans and purchases.
In order to ensure that this precious collection is passed on to future generations properly, and that it is effectively used for exhibitions and study, the museum researches and organizes all newly acquired objects and annually publishes a list of them in the "Collection Catalog." The museum also holds the “Annual Exhibition of New Acquisitions” to provide an opportunity to learn about how the museum's collection is procured and effectively utilized.
This year, the 35th edition of this series displays approximately 100 selected items from the 3,647 items collected in FY 2020.
Exhibits are presented in four chapters:
1. Pre-Modern Fukuoka
2. Memories of Modern Fukuoka
3. The World of Festivals and Rituals
4. The Work of Painters and Craftsmen
A wide range of items is displayed that represents Fukuoka's history and lifestyle. These include: ancient artifacts; documents and hanging scrolls related to the Fukuoka domain in the Edo period (1603-1868); photographs showing everyday life in the Showa period (1926-1989); tools used in traditional festivals and rituals; and paintings and crafts associated with Fukuoka and Hakata.
Lastly, we would like to express our sincere gratitude to all those who have provided valuable items for this exhibition. We hope that it will stimulate visitors' interest in the history of Fukuoka and the daily lives of its people.
1. Pre-Modern Fukuoka
These two nested copper bowls were found at Hakozaki (Higashi Ward, Fukuoka City). It is extremely rare for items to be excavated in a near-perfect condition. They were probably placed there during a burial ritual.
In the Edo period, the trumpet shell was a tool used by warlords to command their armies. This scroll contains the names of the various parts of the conch and numerous pictures showing how to blow it.
2. Memories of Modern Fukuoka
The Bunkyu Eiho coin issued by the shogunate at the end of the Edo period.
3. The World of Festivals and Rituals
Decorations for betrothal gifts in Fukuoka (2004)
A traditional betrothal gift to a woman by a man during the rites of engagement.
A unique feature of Fukuoka's gift is that it includes tea.
2023年11月17日金曜日
【別冊シーサイドももち】〈063〉西新町の福岡監獄 建築見学ツアー〈後編〉
埋め立て地にできたニュータウン「シーサイドももち」の、前史から現代までをマニアックに深掘りした『シーサイドももち―海水浴と博覧会が開いた福岡市の未来―』(発行:福岡市/販売:梓書院)。
この本は、博多・天神とは違う歴史をたどってきた「シーサイドももち」を見ることで福岡が見えてくるという、これまでにない一冊です。
本についてはコチラ。
この連載では【別冊 シーサイドももち】と題して、本には載らなかった蔵出し記事やこぼれ話などを紹介しています。ぜひ本とあわせてお楽しみいただければ、うれしいです。
過去の記事はコチラからご覧ください。
第2回 (「ダンスフロアでボンダンス」)
第3回 (「よかトピアの「パオパオ・ロック」とは。」)
第4回(「開局! よかトピアFM(その1)KBC岸川均さんが育てた音のパビリオン」)
第5回(「思い出のマッスル夏の陣 in 百道」)
第6回(「最も危険な〝遊具〟」)
第7回(「開局! よかトピアFM(その2)1週間の全番組とパーソナリティー」)
第8回 (「ビルの谷間のアート空間へようこそ」)
第9回(「グルメワールド よかトピア」)
第10回(「元寇防塁と幻の護国神社」)
第11回(「よかトピアのストリートパフォーマーたち」)
第12回(「百道地蔵に込められた祈り」)
第13回(「よかトピアのパンドールはアジアへの入り口」)
第14回(「あゝ、あこがれの旧制高校」)
第15回(「よかトピアが終わると、キングギドラに襲われた」)
第16回(「百道にできた「村」(大阪むだせぬ編)」)
第17回(「百道にできた「村」(村の生活編)」)
第18回(「天神に引っ越したよかトピア 天神中央公園の「飛翔」」)
第19回(「西新と愛宕の競馬場の話。」)
第20回(「よかトピア爆破事件 「警視庁捜査第8班(ゴリラ)」現る」)
第21回(「博多湾もよかトピア オーシャンライナーでようこそ」)
第22回(「福岡市のリゾート開発はじまりの地?」)
第23回 (「ヤップカヌーの大冒険 よかトピアへ向けて太平洋5000キロの旅」)
第24回 (「戦後の水事情と海水浴場の浅からぬ関係」)
第25回 (「よかトピアへセーリング! オークランド~福岡・ヤマハカップヨットレース1989」)
第26回 (「本づくりの裏側 ~『シーサイドももち』大解剖~」)
第27回 (「開局!よかトピアFM(その3)今日のゲスト 3~4月」)
第28回 (「まだまだあった! 幻の百道開発史」)
第29回 (「開局!よかトピアFM(その4)今日のゲスト 5~6月」)
〈063〉西新町の福岡監獄 建築見学ツアー〈後編〉
前回は、監獄の中心から北側を中心に見学していきました(★印の部分)。どれも堅牢な造りですが、どこかモダンな雰囲気もありましたよね。
今回は南側エリアと、さらに塀の周辺を見学していきたいと思います!
* * * * * * *
まずはいったん中央の建物から外に出て、右(東)側の建物から見てみます。
ここは青年監というエリアで、一般受刑者よりも年若い受刑者が収容されました。
その中でもこの建物は青年昼夜分房監と呼ばれたところで、いわゆる独房エリアです。
床や天井は木製、廊下はコンクリート。室内はすべて漆喰で、各部屋は当然レンガで堅牢に作られています。
しかしこうして見ると、前回見た一般の雑居房や独居房の方がより厳重で、青年監の方がやや緩い造りになっているのが分かります。
青年監エリアには、一般とは別に専用の作業工場がありました。
こちらが青年工場内部の様子です。床は板張り、窓には鉄格子が入っています。
どうやらここでは印刷を行っているようですね。
刑務所での印刷は、現在でも重要な矯正作業の一環として行われていて、通常の印刷工場と同様に外部から印刷を依頼をすることが可能です。
現在は書類や伝票、チラシや冊子などの軽印刷のほか、日めくりカレンダーや薬袋、挨拶状などの印刷も受注しているそうですよ。
ちなみに福岡監獄で印刷された印刷物で現在確認できた一番古いものは『少年未成年受刑者統計 及 処遇一班 第1回(大正五年)』という報告書でした。
ちょうどこの写真が撮られた頃に印刷されていたかもしれませんね。
ところで写真に写っている印刷機は、その形からおそらく「手引き印刷機」と呼ばれる種類の印刷機です。
手引き印刷機とは平圧式印刷機の一種で、凸版印刷を行う印刷機です。
「なんのこっちゃ?」という感じだと思いますのでちょっと説明させていただきますと、「凸版印刷」とは凹凸のある版の「凸」部分にインキを載せて、そのインキを紙に転写する印刷方法です。
すごーく簡単に言うと、木版画やハンコなども同じ仕組み。高い部分にインクがついて、低い部分は何もうつらず抜けるというものです。
さらに「平圧式印刷機」とは、平らな版に平らな状態の紙を置き、一度に圧をかけて行う印刷機のことで、印刷機としては原始的な仕組みのものです。
ちなみに、福岡市城南区にある活版印刷の「文林堂」さんでは、写真にある手引き印刷機と同様の印刷機(アルビオン式手引き印刷機)を所蔵されています。同店では戦後に導入されたものですが、とても貴重なものです。
市史では以前、こちらの文林堂さんで活版印刷のワークショップを行い、筆者もこの機械での印刷を体験させてもらいました(楽しかったです!)。
なお、現在文林堂さんは、福岡市の文具メーカーであるハイタイドさんとのコラボレーションプロジェクトとして「HIGHTIDE STORE BUNRINDO」として元気に営業中です。
つい話が脇道に逸れてしまいました。
青年工場でちょっと長居してしまいましたので、今度は反対側のエリアに行ってみましょう。
こちらは先ほどの青年監よりももっと年の若い受刑者が収容される幼年監です。
幼年監は主に未成年の受刑者を収容する場所で、現在でいう少年刑務所の前身です。
福岡監獄の幼年監は大正4(1915)年9月に設置され、建物は手前から雑居監(大部屋)、夜間分房監(夜間専用の独房)、昼夜分房監(終日収容される独房)の3棟から構成されていました。
それぞれ総レンガ造りの2階建てで、明かり取りと換気のためにガラス製の屋根だったそうです。ここだけ聞くと、なんだかちょっとオシャレですよね。
そして幼年監には先ほど見た青年監と同じく、受刑者に教育を行う「教場」がありました。
本当に学校の教室のようです。
よく見ると大きなそろばんのようなものも見えます。ここで少年受刑者たちは授業を受けていました。
さて塀の中の設備はだいたい見学できましたので、続いて塀の外にあった設備も見学してみたいと思います。
なお、ここからは平面図には書かれてない設備になるので、代わりに地図と全体写真(パノラマ)で場所を見ていきます。内部よりもちょっとざっくりになりますが、どうぞご了承ください。
まずは正面入口の左(西)側に行ってみましょう。
さすがに広くて立派な住宅ですね!
典獄の官舎は木造平家建、広さは58坪で基本は和風建築ですが、左側は洋館造りの応接室なんだそうです。
このような、家族の生活空間(和風)以外に応接室として洋間を設ける建築形式は、いわゆる「文化住宅」の特徴でもあります。
文化住宅とは、大正時代に起こった「生活改善運動」に基づいて設計された住宅です。
生活改善運動は、それまでの前近代的な衣食住に関する社会習慣を近代的なものに改善していこう!という社会運動の一つで、たとえば着物ではなく洋服を着たり、椅子の生活にしたり、また家庭では電化製品を使ったり…という、現代では当たり前となった「清潔で合理的な」生活を目指したものです。
こうした文化住宅や生活改善運動が一般に広がるのは、だいたい大正10(1921)年前後と言われていますので、明治44(1911)年に作られたこの典獄官舎の住宅様式は、写真が撮影された大正5(1916)年頃までに改修が行われたとしても、かなり先進的なものだったんじゃないでしょうか。
今度は反対側にある建物群を見てみましょう。
こちらは看守長の官舎です。
先ほどより少し狭い敷地になりました。
看守長の官舎は全部で13棟、24.5坪か26坪のタイプがあり、各戸には別棟として1.5坪の物置がついていました。
また、お風呂も各家にあり、井戸は1~2戸ごとにあったそうです。
典獄、看守長と来て、一般の看守の家はどこでしょう?
こちらが看守の住宅です。先ほど見た典獄や看守長の戸建てタイプとは違って長屋造りですね。
看守の官舎は長屋が4棟で、全部で28戸あります。1戸の広さは約19坪で、井戸は4~5戸に1か所の割合で作られていました。
官舎はこれで全部です。
最後に、こちらをご案内します。
煙突が見えるのがお分かりになるでしょうか?
ここは実は福岡監獄のレンガ工場なのです。
レンガ工場は全体で約200坪あり、写真を見ると登り窯を採用していたようです。
手前にあるのは焼かれる前か、焼かれた後のレンガでしょうか。美しく並んでいます。
このレンガ工場は明治41(1908)年に作られており、西新町の監獄や土手町の拘置監建築に要した約1100万個のレンガを焼き上げたそうです!
* * * * * * *
2回にわたってお送りしました「福岡監獄見学ツアー」、いかがだったでしょうか?
監獄なので堅牢なのは当然としても、細部は意外とモダンで、また先進的な造りの建築物だったということが体感いただけたのではないかと思います。
この監獄は、昭和40(1965)年には糟屋郡宇美町に移転し、これらの建物は解体されます。その後は早良区役所やももちパレス、藤崎バスセンターなどの公共施設になっているので、行かれたことがある方も多いと思います。
そんなエリアに、約60年ほど前までこんな総レンガ造りの堅牢で巨大な建物(そして塀)があったなんて今ではまったく想像もつきませんが、これら往時の写真を見ながらかつての姿に思いを馳せて、周辺を散策してみてはいかがでしょうか。
・『紀念写真帖』(阿部写真館謹製、柴藤活版所、1916年)
・重松一義『図解 日本の監獄史』(雄山閣出版、1985年)
・戸苅彰秀『福岡刑務所史』(福岡刑務所研究所、1977年)
#シーサイドももち #福岡監獄 #近代建築としての監獄 #ゴールデンカムイ
[Written by かみね/illustration by ピー・アンド・エル]