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濱口桂一郞「日本の雇用と労働法」(日経文庫) を読んだので、その感想と、ついでのコメント。
さきに読んだ同じ著者の「新しい雇用社会」と共通する部分もあるが(特に日本の雇用システムの基本構造に関する部分)、そちらは執筆時点で話題となっていた問題を取り上げて一応の処方箋を示すことに重点が置かれていたのに対して、本書は、歴史的経緯や政策決定過程も踏まえつつ(前掲書でも触れているが、こちらの方が詳しい)、日本の労働法制と現場の実際の雇用システムのあり方との関係を論じている。労働法についての書籍はいくらでもあるし、逆に雇用システムについての書籍も数多く出ているが、その両者の関係を論じたものは珍しい。
本書が着目しているのは、1労働法制が契約法理に基づいた雇用契約(「ジョブ型」)を前提にしている一方で、2実際の企業の雇用の現場では、団体加入の発想に基づく雇用契約(「メンバーシップ型」)が行われており、そこにギャップがあるのを踏まえて3判例ではメンバーシップ型を踏まえた解釈論により労働法制を変容させている、ということである。(1の部分をもう少し細かくいえば、労働法制は、契約法理に基づいた雇用契約に対して、労働者保護の観点から修正を加えるものということになる。)
(なお私なりの勝手な余談ではあるが、実際の紛争になった場合の当事者の法的主張という観点から見ると、ケースに応じて、ジョブ型的契約法理を主張した方が有利な場合と、メンバーシップ的な団体の発想に基づいた主張をした方が有利な場合がある。たとえば私生活の非行を理由として解雇された労働者が解雇無効・雇用契約上の地位確認を求めて訴訟を提起する場合は、契約法理を徹底させる方が有利であり、会社側はまさにその反対ということになる。整理解雇について労働者が争う場合は、まさにその逆で、メンバーシップ的な観点を全面に出すということになるのだろう。)
基本的には労働法の簡単な知識があることを前提にしており、薄い労働法の入門書でも一読してから読むべき書籍である。(「新しい雇用社会」はその必要はない。)
また、やや細かい点になるが、「新しい雇用社会」の序章では、「企業規模が小さくなるほどメンバーシップ型からジョブ型に近づく」という意味のことが述べられていて、そこは違うのではないかと思っていたのだけれど、この点は本書では修正されていて、「中小企業になればなるほど、大企業のようなメンバーシップ性は希薄になるのですが、とはいえジョブ型に近づくというものでもないのです。」(186頁)とされており、納得できた。
実際問題として、中小企業では少人数で様々なことをこなさなければならないから、むしろ職務の無限定性は大企業より広がるはずであって、「ジョブ型」とは言えないだろう。「小規模なメンバーシップ」とか「縮小されたメンバーシップ」とでも呼ぶのが妥当ではないだろうか。メンバーシップを保持する力が弱いからといって、ジョブ型になるとは限らないということである。
日本でジョブ型の契約といえば、最もわかりやすい例としては、プロスポーツだろう。さらにいえば、ある種の運送業や建設業、さらにタクシー業にもその傾向がある程度見られるだろうか。
さらにまたついでの話でいうと、本書では、いわゆる労働三法や労働契約法のみならず、雇用調整や教育訓練についての政策立法(ほとんどは労働保険に関する諸制度の法令ということになるだろうか?)についても触れて、前者が「ジョブ型」の観点(契約法理と+その社会法的修正)に基づいているのに対して、後者の各種政策立法は「メンバーシップ型」の雇用システムを前提としていることについても述べている。
このように、市民法的な原則と実態とのギャップを政策立法が補完するというのは、実は社会保障法制でも見られることなのではないかと思われる。民法は、基本的に家族を個々人の権利義務の関係として位置づけており、基礎的な単位はあくまで個人だという建前に立っている。ところが各種社会保障法制では、「家族」(世帯)を基礎単位とした前提の扱いが取り入れられているのである。
この点で、労働関係の政策立法と、社会保障の政策立法とは、個々人の関係を基礎とした市民法の建前ではこぼれおちてしまう日本的な実情を汲み上げているという点で、パラレルな関係にあるということができるのかも知れない。
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