エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

新潟地方メンバー懇談会 新潟地方に暮らすメンバーたちと考えるエネルギー

ETTでは2020年に迎えた設立30年を機に、神津カンナ代表が各地域を訪問し、メンバーの皆さまとともに地域のエネルギーの歴史や課題などを議論・意見交換する懇談会を実施しています。第8回目となる新潟メンバー懇談会は、まん延防止等重点措置解除後の2022年4月7日に開催しました。





寺瀬 千恵氏(新潟県新潟市在住)西内野コミュニティ協議会会長
外石 榮子氏(新潟県加茂市在住)新潟県婦人連盟理事長

細長い地形で多面的な新潟県の中でも柏崎市は独特

神津 本日は当初出席を予定されていた方々のご都合がつかず、寺瀬さんと外石さんだけになりましたので、お二人からじっくりお話を伺おうかと思っています。ロシアのウクライナ侵攻が始まってから初めての懇談会となりますので、いろいろな思いもおありかと思いますが、まずは自己紹介からお願いできますでしょうか。

外石 私は2012年に新潟県婦人連盟の理事長を仰せつかり、ETTに入会させていただきました。その前は、新潟県は東北電力の管轄なので、東北エネルギー懇談会に入って勉強させてもらっていました。巻原子力発電所をつくろうとしていた巻(巻町:現新潟市西蒲区)が家から近く、当時は女性たちも一生懸命反対活動をして、町長がリコールされるなど本当にいろいろ大変でしたが、住民投票で反対派が勝ち(1996年)、計画は廃止されました。

神津 巻で開催されるファミリーコンサートがあり、両親や妹と一緒に行った時のことです。原子力とは関係なかったのですが東北電力の後援だったので、プラカードを持った反対派の人たちにマイクロバスを取り囲まれ、「原子力の問題って大変なんだな」と初めて感じたことを思い出しました。

外石 柏崎刈羽原子力発電所は東京電力なのでつくった電気が素通りされ、地元では「私たちには関係ない」という思いがありますが、新潟は地形的に長いので地域によって事情も異なり、「発電所や関連会社で働いている家族や商店街の人たちの生活が成り立たないので再稼働してほしい」という声もあります。また福島の事故当時は「柏崎でも事故があったら困る」という声も聞かれました。新潟県婦人連盟で年に2回、東京電力の社員の方に来ていただいて説明を伺う機会を設けたり、ウクライナ問題で石油や天然ガスの供給に不安が起きたりして、原子力の必要性を皆さん少しずつわかってこられたようです。

神津 さて、寺瀬さんはどういう経緯でETTのメンバーになったのですか?

寺瀬 私は東京電力さんのご紹介でETTに入れていただきました。ここは東北電力の管轄ですが、東京電力は柏崎刈羽原子力発電所があることから女性の理解を深めようと、婦人会の大会のお手伝いなどをされていたのでお付き合いがあったのです。

神津 なるほど。新潟県は山形に近い所から富山に近い所まで細長いので、それだけでも地域差があるでしょうが、やはり原子力発電所がある柏崎市は独特ですか?

寺瀬 柏崎市では原子力発電所があることで生計を立てている人が大勢いますし、自治体も恩恵を受けています。万が一何か起きたら柏崎市民ではない私たちも被害を被って大変な思いをするかもしれませんが、原子力のことを全く勉強していない人でも「でも、柏崎は柏崎だよね...」と言う人が多いのです。もし近くに住んでいたら発電所に勤めているかもしれませんし、今まで長い間事故は起きていませんでしたから。その電力が東京に供給され、県民のための施設ではないというのが難点なのですが...。

神津 東京都のエネルギー自給率はわずか1.9%で、原子力発電のある福島や新潟からは多くの電力を供給されていました。そういう自覚、都民にはないかもしれませんね。

外石 住民の中には「安全であれば柏崎を早く再稼働してほしい」と言う人もいます。たくさん補助金をもらっていたので、学校の図書館やコミュニティセンターなどに還元されて地域が潤い、住民税が安いなどの恩恵を受けてきたわけです。刈羽村は合併もせず、村のまま存続できていました。それに発電所を見学すると「今のままにしておくのはもったいない!」と感じますね。あれだけ立派な施設に緊急車両を並べて、防災設備までつくって...。ですから現状を皆さんにちゃんと見せて「今、ここまで直していて、ここまで安全対策をしていますよ」と納得してもらうことが大事だと思います。

寺瀬 以前は東京電力さんに柏崎刈羽原子力発電所を定期的に見学させていただいていましたし、その後も車窓から安全対策を見せていただきました。夫は実際に見ていないので、テレビで不祥事が流れるたびに「いつになったらこういう放送がなくなるんだろう」と言います。「あっては困ることだけど、下請けや孫請けなど大勢の会社が入っているからと私は理解できるわよ」と話すと、「実際に見ているからそう思うかもしれないけど、万が一福島のようなことになったらここがどうなるか考えたことがある?」と言い合って平行線になります。

外石 不祥事ばかりニュースになって、「しろまるしろまるが良くなった」とは放送されませんでしょ?

寺瀬 事務所にいるとテレビで不祥事が放送される前に、東京電力の社員の方が細かく説明にいらっしゃいます。「私は理解しているからほかの所に回ったほうがいいわよ」と促しても、「いやいや、ちゃんと理解していただきたいし、顔を見てホッとしたいから」と、足繁く通ってくださいます。

神津 新潟には原子力発電所がある一方で、米どころと言われる日本的な財産を持っているなど、一つの県でありながら非常に多面性を持っています。それを何とかうまく生かせないかなと思うのですが?

外石 新潟港に入ったLNGはパイプラインを通して仙台の方へと送られているように、新潟は中継地点としての役割も担っています。ですから東北電力は「東北6県と新潟県」を一緒にして東北エネルギー懇談会をやっているんだなと理解していました。

神津 東日本大震災の時も太平洋側が被害を受けたので、新潟や秋田、山形を経由して石油を運んでいました。東北エネルギー懇談会一つ取っても、やはり新潟は特殊だということがわかりますね。

外石 新潟県はその時々で北陸に入ったり、中部地方に入ったりもします。天気予報を見て「新潟県はどこに入っているんだろう?」という時もあります。

寺瀬 子どもの時に「関東甲信越」と習ったので、新潟県は「関東甲信越」に入るものだと思っていました。大人になってから「関東甲信」で括られる時は「新潟は北陸に入っているんだな」と思い、「なぜ新潟が東北に入るの?」あるいは「新潟県はどこに行ったんだろう?」と不思議に感じることもよくあります。

「1軒に1人は婦人会」の時代から女性は勉強してきた

神津 おもしろいですね。新潟のことをもっと掘り下げたくなってきました。ところで寺瀬さんは西内野コミュニティ協議会の会長、外石さんは新潟県婦人連盟の理事長でいらっしゃいますが、そこでのメインの活動はどんなことでしょうか?

外石 新潟県婦人連盟では「エネルギーや防災」について活動しています。東北エネルギー懇談会の方に来ていただいて「放射線はここにもこれだけありますよ」と、実際に見て勉強させていただいています。

寺瀬 新潟市西区には15のコミュニティ協議会があり、各地域のまちづくりの中心として住みよい町を目指す活動をしています。いろいろな団体の代表の方にも入会してもらってさまざまな切り口から学んでいますが、皆さんの関心が高いのは「防災と高齢化」です。

外石 新潟県婦人連盟では毎年、大きな集まりの時に東京電力の社員の方に来ていただいて現状を説明してもらっています。東北エネルギー懇談会が新潟で開催される時には参加していますし、皆さんエネルギーに関心があります。

寺瀬 地域の婦人会によって子育てや防災など活動のテーマは異なりますが、県として取りまとめて一年の活動の全体の方向性を示すのが婦人連盟ですよね。子供の時、1軒に1人は誰かが婦人会に入っていました。女性は家にいる時代でしたが、「今日は婦人会の用事がある」と言うと外に出られたのです。白い割烹着に着替えた母に手を引かれ、新潟までバスで2時間かけて婦人会に行った記憶があります。

神津 へえ、「1軒に1人」の多さにもビックリしますが、その時代の女性はすごく勉強したのですねぇ。

寺瀬 女性でも自由にものが言えるように、地位を上げようと頑張ってきたのです。

外石 お婆さんが脱会すると若いお嫁さんが入るというように脈々と受け継がれてきたので婦人会はつぶれなかったのですが、今はそのつながりもなくなってしまいました。

神津 お二人はどういった経緯で婦人会に入られたのですか?

外石 経理事務所を開いていた時、近所の女性たちから婦人会を手伝ってほしいと言われたのがきっかけです。20年以上前にリタイアするまでは、ずーっと仕事をしていました。回りは男性ばかりでしたが、「後に続く女性たちのためにも頑張らないと」と思ってやってきました。

寺瀬 夫が私に家にいて子育てしてほしいという考えだったので、子どもが生まれた時に仕事をやめました。そのうち家が近所の女性たちのお茶飲みの場となり、毎日いろいろな話を楽しく聞いていました。そんな時、近所で婦人会の書記をやっている方からワープロを打つ手伝いを頼まれたのがきっかけです。今は会長をしているので夜も遅くなりますが、夫は何も言いません。何でもやってくれますし、徐々に180度変わりました。

外石 私はリタイア後、これからは人に面倒をかけないように自分で動きたいと思って、60歳で自動車免許を取りました。

神津 すごい! 外石さんにしても寺瀬さんにしても、新潟の女性は強さがありますね。

外石 群馬から知らない新潟に嫁いで来て皆さんと仲良くさせてもらったので「地域に少しでも還元しよう」という頭があるものですから、民生委員も30年務めさせていただきました。「せっかくここの住民になったのだからやれる時にやろう」という感じです。


ETTを介して全国で活動する方々とつながりができる

神津 ETTでの活動で印象に残っていることは何かありますか?

外石 出るたびにいろいろなことを勉強させてもらって、ふだん聞けないことも聞けます。他の地域の婦人会の方で入会されている方もおり、「私の家は新潟にあります。今度寄ってください」とお話していますし、ETTを通して他県の方とつながりができるのも大事なことかなと思います。

寺瀬 ETTに入会して「全国で女性がこんなに活動しているんだ! すごいな」と驚きました。外石さんがおっしゃったように、新潟では聞く機会がない話が聞けたり、テレビや本で見て知ってはいたものの実際に足を運んでみて「そうなんだ」と思ったりしたことがたくさんありました。

神津 やはりリモートと対面の差を感じますよね。ETTも30年以上長く続いていますが、これからのETTに期待することや要望はありますでしょうか?

外石 対面でないとかなわないのですが、全国の方々と交流する中で、地域的なことや、「そういう活動があるのね」などいろいろなことを知ることができて、私の財産になりました。

神津 私も地域懇談会をやり始めてから、地域の特色がものすごくあることに気がつきました。じっくり話をすると「ああ、なるほど」とわかることもたくさんあるので、対面で各地の人と会うということは大切だと痛感します。

寺瀬 ETTには地元の婦人会とはまた違った目線や感覚を持った皆さんが揃っていらっしゃるので、刺激を受けて帰って来られるのが大きなメリットですね。「新潟にいるだけでは見ることや聞くことができなかっただろうな、ありがたい」と思っています。それを地域にどう還元できるか? お茶を飲みながら身近な人に伝えるだけでも広がっていくのではないか? そんな地道なことをやっていきたいと思っているものの、なかなかうまくできていない感じがします。

外石 私も後から振り返ってみて、「こうだったわよ」と人に話すようにはしています。

神津 今、地元の皆さんの一番の話題は何でしょうか?

外石 新潟県婦人連盟では「今ウクライナのためにやれることは募金しかない」という話が持ち上がり、新潟県庁に行って募金を知事に届けようと、昨日、若い人に説明をして募金箱を置いてきたところです。

寺瀬 私たちのコミュニティ内には避難所が3カ所あり、それぞれ役員と担当を決めています。「何かあった時に備えておこう」というのが、今一番の話題です。

外石 地域の婦人会では、誰がどこに住んでいるか、あの家は夕方以降なら高校生がいるなど、防災のために情報をピックアップしています。

神津 コロナ禍で動けない時に体力をためておくことは大事ですよね。「はやぶさ」(小惑星探査機)のリーダーだった川口順一郎さんの、「万全の用意とは、冷酷な準備である」という言葉が印象に残っています。万が一はないに越したことはないけれども、その準備として今この間に構築しておかないといけないことが山のようにあると感じます。

寺瀬 皆さんが困っていることを一つずつ拾い上げて、それに対して皆で考えていくのがこれから大事なのではないかと思います。

外石 それこそ地域で取り組まないと。大きいことをやるにしても、足元の地域から始めないと無理ではないでしょうか。

神津 寺瀬さんのように茶飲み話をしながらでも、外石さんのように仕事をしながらでも、小さなことに気づくことってありますものね。最後に何か言い残したことがあればどうぞ。

外石 ETTには女性のメンバーが多いですが、やはり女性が気づいて皆に「私はこう思うけれど、どう?」と問いかけることが大事だと思うのですよ。それに対して肯定したり反論したりしながら自分のものになっていくのではないかと、回りを見ていると感じます。

寺瀬 これからはやはり、人とのつながりが大事になるのではと思います。昔は「向こう三軒両隣」でつながりがありましたが、「隣は何をする人ぞ」で育った今の子どもたちがつながりを持つのは難しい。なるべく声をかけ合うことが大事で、それが防災にも役立ちます。

神津 本当にそうですね。今日はどうもありがとうございました。


懇談を終えて

日本を地域に分けると、「北海道」「東北」「中部」「関西」「北陸」「中国」「四国」「九州」「沖縄」というように、くくりがはっきりしているが、確かに関東は、関東、首都圏、一都六県、一都七県、関東甲信、関東甲信越と、さまざまな線引きがあり、どうも輪郭線が曖昧のような気がする。それがさまざまな問題を引き起こしているのかもしれないと、帰りの新幹線でぼんやり考えた。
その時々で線引きが変わるので、帰属意識が薄く、地域での一致団結が取りにくいのが、いわゆる「関東」である。その最たるものが、新潟県かもしれない。米どころといわれ、出力で計算すれば世界一の柏崎刈羽原子力発電所を擁している新潟県は、ある意味で独立独歩の県なのかもしれない。
そういうことを感じるのも地域懇談会を、現地を訪ねてしているからだ。こんな小さな国だが、本当に各地の特色がよく見える。東京はエネルギー多消費地域だが、東北電力管内にある福島県と新潟県にある原子力発電所から、今は止まっているが電力を送ってもらっていた。しかし石炭の利用が難しくなっている今、原子力発電の停止や石炭火力の制限などで、関東地方では大停電も起こるようになってしまった。東京に住む人間は、きちんと首都のエネルギーのことを考えなければいけないし、日本に住む私たちは、日本各地の地勢問題などを冷静に見る必要がある。心しなければいけない。

神津 カンナ

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