水害および土砂災害から人的被害や孤立者を減らすためには、適切なタイミングで、的確に避難勧告等を発令・伝達することが重要です。今年1月に改定された「避難勧告等に関するガイドライン」にも記載されているように、市町村は「空振りを恐れず、躊躇なく避難勧告等を発令する」ことが基本。また、発令する際には、対象者ごとに取るべき避難行動が分かるよう、繰り返し伝達することも求められます。
とくに、昨夏に発生した平成28年台風第10号による水害では要配慮者利用施設が被災し、深刻な人的被害が発生。このような施設では、介護保険法や水防法など各種規定に応じて個別の「災害計画」を作成する必要があることから、その具体的な内容のチェックも欠かせません。
さらに、「避難準備情報」は、要配慮者が避難を開始する段階であることを明確にするなどの理由から、名称が「避難準備・高齢者等避難開始」に変更されたので改めて周知徹底する必要があります。
これからご紹介する、過去の水害とその後の取り組みに関する3つの事例を参考にしながら、改めて水害対策について考えていきましょう。
「迅速に動ける体制を確立し、被害を最小限に抑える」 平成23年台風第12号/三重県
素早い対応は不可欠 体制づくりが課題に
平成23年8月25日に発生した台風第12号は、時速15km前後と自転車並みのゆっくりとした速度で進んだため長時間にわたる大雨となり、とくに紀伊半島では広い範囲で総降水量1,000mm超、一部では年間の平均降水量を上回る2,400mm以上もの記録的な大雨に。三重、奈良、和歌山の3県で土砂災害106件、死者・行方不明者も80人を超えるなど、大きな被害をもたらしました。
三重県でも、南部の相野谷川が氾濫、井戸川や志原川などの河川でも堤防の決壊や越水などが多数発生し、死者2人、行方不明者1人、住家被害が2,763棟となったことから、被災後にこの台風第12号による水害を徹底検証。そこから見えてきた課題を整理すると、地域防災力の向上や被災地域の早期の復旧・復興などとともに、大きなキーワードとして「いかに素早く動ける体制を作るか」というテーマが浮かび上がってきました。
その一つは「迅速な初動体制の確立」。被害情報をいち早く収集し、初動期に活動する自衛隊や消防、警察などの各機関との連携を緊密にすることで、人的被害などを最小限に抑制できます。もう一つは「迅速な避難体制の確立」。被害状況の把握をよりスムーズに行うことで、適切なタイミングで避難勧告等の発令や住民への情報提供が可能になり、災害から多くの人命を守ることにつながるからです。
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[画像:熊野川の氾濫(写真提供:国土交通省近畿地方整備局)]熊野川の氾濫(写真提供:国土交通省近畿地方整備局)
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[画像:(旧)熊野大橋からの越水(右岸)(写真提供:国土交通省近畿地方整備局)](旧)熊野大橋からの越水(右岸)(写真提供:国土交通省近畿地方整備局)
緊急派遣チーム整備 情報提供体制も刷新
そのような課題を意識しながらさまざまな対策を進めていく中で、情報入手の取り組みの一つとして、平成24年度に「緊急派遣チーム」が創設されました。台風第12号による水害では、被害発生後に各市町から県への情報発信が困難になった経験を受け、県から情報を取得しに行くよう方針を転換。台風等による被害発生が予測される段階から県職員で編成する「緊急派遣チーム」を市町等に派遣、積極的に情報収集するとともに、県災害対策本部へ報告する仕組みが整備されました。
また、情報の収集・提供、災害対応力の強化を目的とした新たな「防災情報プラットフォーム」を構築し、今年4月から運用を開始。被害や対応の状況を時系列で記録・管理して対応遅れや漏れを防止するほか、GIS(地理情報システム)上で複数の地図を重ね合わせることで正確な被害予測や対策立案を可能にするなど、情報を可視化することによって迅速な対応につなげ、災害対策本部の活動をより強力に支援できるようになりました。
さらに、GISと連動してWebサイト「防災みえ.jp」を刷新。従来までの文字情報に加えて、避難指示・勧告の発令された地域や開設された避難所の場所、被害の発生したおおよその場所などを地図上に表示して「状況が視覚的に分かる」よう改善されました。また、メール配信サービスに加えてTwitterでも気象情報等の自動配信を行うなど、住民にいち早く多彩な情報を提供できるよう改善されています。
今後も、「三重県版タイムライン」を平成29年度末までに策定し、進路や到達時刻などが予測できる台風を対象に、接近までの時間帯を有効に活用するほか、風水害対策と地震・津波対策の行動計画を一本化した「三重県防災・減災対策計画(仮称)」を策定するなど、防災・減災対策のさらなる取り組みが進められる予定です。
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[画像:学生向けの防災学習ポータルサイト「学校防災みえ」(http://www.mie-c.ed.jp/gakkobosaimie/)など、幅広い啓蒙活動を行っている。]学生向けの防災学習ポータルサイト「学校防災みえ」
(http://www.mie-c.ed.jp/gakkobosaimie/)など、幅広い啓蒙活動を行っている。 -
[画像:4月にリニューアルされた「防災みえ.jp」(http://www.bosaimie.jp/)。緊急時のページでは、被害状況などを地図上で視覚的に確認できる。]4月にリニューアルされた「防災みえ.jp」(http://www.bosaimie.jp/)。
緊急時のページでは、被害状況などを地図上で視覚的に確認できる。
「想定外に対処できる危機管理体制を地域全体で作る」 平成16年台風第23号/豊岡河川国道事務所・兵庫県豊岡市
洪水で市庁舎も浸水 避難促すも手遅れに
平成16年10月、年間最多の10個目となる台風第23号が日本に上陸。広範囲にわたったこの台風の猛威を象徴するかのような被害をこうむったのが兵庫県豊岡市でした。市内を流れる円山(まるやま)川とその支流の出石(いずし)川が氾濫し、死者7人、全世帯の半数以上が浸水。さらに、市役所や公立病院、河川国道事務所、測候所、県の総合庁舎など、重要施設も浸水する事態となりました。
川の流量の急増を受け、堤防決壊前に市民約6万人に対して避難勧告を発令していたものの、増水のピッチが予想以上だったこともあり、実際に避難できたのは約5,700人と1割にも満たない結果に。数百世帯が泥水の中に取り残されて救助を待つなど、その後の復旧にも時間がかかりました。
課題となったのは、水位の変化や道路状況などを具体的に伝えられなかったこと。また、聞き取りやすい丁寧な口調の通報が、かえって緊迫感を与えなかったという声もあがりました。避難勧告を発したにも関わらず思うように避難が進まなかった現実とともに、災害時の対応には行政だけでは限界があり、住民の意識改革が必要であることも浮き彫りになったのです。
民間企業も巻き込み タイムラインを策定
これまでの歴史の中で、幾度にもわたって水害にみまわれてきた円山川流域。もちろん、洪水を防ぐための築堤や内水対策などの治水対策は進められているものの、ハードの整備はどうしても時間がかかる作業であるため、再び来るであろう水害に備えるためにはソフト面での防災対策が欠かせません。
そこで豊岡市では、洪水ハザードマップを全戸に配布しただけでなく、出前講座などのように「住民へ直接働きかける」積極的な啓発事業を実施。従来までの防災無線に加え、地域のリーダーや耳の不自由な方々などへFAXを一斉送信できる体制を整えるなど、さまざまな取り組みが行われています。
また、昨年5月からは国土交通省近畿地方整備局の豊岡河川国道事務所が中心となって協議を重ね、今年2月に「円山川タイムライン連絡会」を発足。豊岡市をはじめ、兵庫県、神戸地方気象台、兵庫県警などの公的機関のほか、地元で鉄道やバスを運行する事業者、電話会社、電力会社など計17の機関が参加し、大規模災害時を想定して「いつ・誰が・何をするのか」について検討、各自の行動を明確化するタイムライン策定が行われました。
民間企業まで含めた多数の防災関係機関が連携して策定するタイムラインは、これが県内初の試み。特徴は、地形的に降雨・洪水が集中しやすく、雨量・水位が急速に増大しやすい円山川の特性を考慮し、降雨量(現時点の累加雨量+6時間先の累加雨量)に応じて段階的に3つのシナリオを策定したことにあります。状況に応じてシナリオを切り替え、お互いに連携しながら適切な防災行動が開始できるよう配慮することで、大規模水害発生時の危機管理能力を強化し、防災・減災につなげるのが狙いです。
タイムラインは出水期となる6月から実質的な運用を開始。連絡会では、その後も訓練による確認や運用の結果などを取り入れながら課題の洗い出しを進め、より精度を高めていくための継続的な見直しが行われていく予定です。
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[画像:「円山川タイムライン連絡会」では民間企業も含めて17の防災関連機関が参加し、議論が行われた。(写真提供:国土交通省 豊岡河川国道事務所)]「円山川タイムライン連絡会」では民間企業も含めて17の防災関連機関が参加し、議論が行われた。
(写真提供:国土交通省 豊岡河川国道事務所) -
[画像:台風第23号により破堤した円山川(写真提供:国土交通省 豊岡河川国道事務所)]台風第23号により破堤した円山川(写真提供:国土交通省 豊岡河川国道事務所)
「躊躇することなく、いち早く避難勧告を発令する」 平成26年8月豪雨/広島県広島市
深夜に局所的な豪雨 想定外で対応遅れる
平成26年8月19日夜から20日未明にかけて、広島市に猛烈な集中豪雨が襲来。次々と発生した積乱雲が一列に並び、狭い範囲に集中して継続的に大雨が降る「バックビルディング現象」により、わずか2時間で局地的に200mmを超えるほどの記録的な雨量となりました。そのため、土石流やがけ崩れにより死者77人(災害関連死3人含む)、全壊179棟をはじめ住家の被害が計4,700棟以上にのぼるという甚大な災害となってしまいました。
集中豪雨の時間帯が深夜だったため、暗い中での避難には危険を伴うと想定されたことも、避難の呼びかけの遅れにつながったとみられています。
災害時の体制見直し 防災ポータルも開設
こうした教訓を踏まえ、広島市では平成27年4月に組織体制を含めた警戒・避難システムの大幅見直しを実施。その一環として、例えば、避難勧告等を発令する際の判断基準を雨量やメッシュ情報などの客観的なものに明確化し、避難所の開設の有無などにかかわらず速やかに避難勧告を発令するよう改められました。
また、従来は1時間毎だった観測雨量等の情報収集・分析を10分毎に短縮するなど、気象情報や観測情報、被害情報などの各種防災情報を効率的に集約・処理・共有し、迅速かつ的確に状況を把握して関係機関や市民へ防災情報・避難情報を伝達するために、新たに「広島市防災情報共有システム」を構築。今年4月から運用が開始されました。
さらに、住民自らの判断で事前に行動を開始できるよう、災害時の情報提供の手段や内容、防災意識の向上を目的とした活動なども積極的に行われました。
新システムの運用開始と同時に、防災情報の提供手段としてWebサイト「広島市防災ポータル」も開設。自分が住んでいる地域の避難勧告等の発令状況や避難場所を視覚的に確認できるようにしたマップ情報、平時からの防災対策に活用できる情報の提供など、システムで集約した防災情報が分かりやすく発信されています。
地形などの自然環境や河川の整備状況、自治体の規模などによって、必要となる「備え」はさまざま。今回ご紹介した教訓や事例などもヒントにしながら、地域の実情に沿った防災・減災の取り組みを強化していくことが大切です。
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[画像:土砂災害被災状況(緑井地区)]土砂災害被災状況(緑井地区)
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[画像:「広島市防災ポータル」(http://www.bousai.city.hiroshima.lg.jp/)では、市全域や区単位など、エリア別にさまざまな情報が確認できる。]「広島市防災ポータル」(http://www.bousai.city.hiroshima.lg.jp/)では、
市全域や区単位など、エリア別にさまざまな情報が確認できる。
チェックしておきたい、水害対策に関する最新のトピックス
※(注記)詳しい内容は各省庁のホームページでご確認ください。
●くろまる国土交通省
・「水防法」「土砂災害防止法」が改正
平成29年5月19日に、洪水等からの「逃げ遅れゼロ」などを目的とした「水防法等の一部を改正する法律」が公布され、6月19日から施行されました。
▶http://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo02_hh_000018.html
▶http://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sabo/sabo01_fr_000012.html
・5月から緊急速報メールを活用した洪水情報のプッシュ型配信エリアを大幅拡大
国土交通省は平成29年5月1日から、国管理河川109水系のうち自治体や携帯電話事業者との調整等が整った63水系・373市町村へ、洪水情報のプッシュ型配信の対象エリアを拡大しました。
▶http://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo03_hh_000919.html
●くろまる気象庁
・大雨・洪水警報の判断指標を改善し精度を高める
気象庁は平成29年4月28日、新開発した「表面雨量指数」を浸水害の発表基準に導入するほか、他の指数の精緻化などにより、7月上旬から大雨・洪水警報などの情報の改善・提供を行うと発表しました。
▶http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/riskmap_flood.html
●くろまる内閣府
・「避難勧告等に関するガイドライン」の改定
内閣府は平成29年1月31日、「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」の内容を見直し、改定を実施。名称も「避難勧告等に関するガイドライン」へと変更しました。
▶https://www.bousai.go.jp/oukyu/hinankankoku/h28_hinankankoku_guideline/index.html