ロクサン・モダフェリ
基本情報 | |
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本名 |
ロクサン・ヴィンセンタ・モダフェリ (Roxanne Vincenta Modafferi) |
通称 |
ザ・ハッピー・ウォリアー (The Happy Warrior) ロキシー (Roxy) |
国籍 | アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 |
生年月日 | (1982年09月24日) 1982年 9月24日(42歳) |
出身地 |
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 デラウェア州 ウィルミントン |
所属 |
クロスポイント吉祥寺 →和術慧舟會 →シンジケートMMA |
身長 | 170cm |
体重 | 57kg |
リーチ | 175cm |
階級 |
バンタム級 →フライ級 |
バックボーン |
テコンドー ケンポーカラテ 柔道(茶帯) ブラジリアン柔術(茶帯) |
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獲得メダル | ||
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アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 | ||
女子 グラップリング | ||
GRAPPRING QUEEN TOURNAMENT | ||
銅 | 2006 東京 | 無差別級 |
ロクサン・モダフェリ(Roxanne Modafferi、1982年 9月24日 - )は、アメリカ合衆国 デラウェア州 ウィルミントン出身のイタリア系アメリカ人の女性元総合格闘家。シンジケートMMA所属。
来歴
[編集 ]幼少の頃に『ドラゴンボール』やスーパー戦隊シリーズのヒーローに憧れてテコンドーを始め、ケンポーカラテ、柔道、ブラジリアン柔術など様々な格闘技を習った[1] 。
アニメ好きが高じ、マサチューセッツ大学アマースト校では日本語と日本文学を専攻。在学中の2003年9月から翌年6月まで国際基督教大学に留学し、クロスポイント吉祥寺でトレーニングを積んだ。
2003年11月10日、日本滞在中にスマックガールでプロデビューし、篠原光に腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。
2004年11月6日、HOOKnSHOOTでジェニファー・ハウと対戦し、判定勝ち。12戦12勝であったハウの連勝記録をストップさせた[2] 。
2004年12月19日、スマックガール初代無差別級王者決定トーナメントに出場し、準決勝で藪下めぐみに判定負け[3] 。
2005年3月5日、IFC世界女子ミドル級(-61kg)タイトルマッチでジェニファー・ハウと再戦し、三角絞めで一本勝ちを収め王座獲得に成功した。同時にISKA MMA世界女子ミドル級王座に認定された[4] 。
2005年5月28日、アブダビコンバット女子60kg級に出場し、1回戦でレカ・ヴィエイラに敗れた。
2005年7月、大学を卒業して再び来日し、英会話スクールのベルリッツで講師として働きながら、和術慧舟會を拠点に総合格闘技を続けた。
2006年3月4日、MFCでタラ・ラローサと対戦し、0-3の判定負け[5] 。
2007年2月17日、Fatal Femmes Fighting 1で行われたFFFライト級王座決定戦でカサンドラ・リバース・ブラソと対戦し、2-1の判定勝ちで王座を獲得した。
2007年5月27日、K-GRACEディファ有明興行の1万ドル争奪無差別級トーナメントに出場。1回戦でイ・ヒジンに一本勝ち、準決勝で藪下めぐみに判定勝ち、決勝でマルース・クーネンを判定で破り、優勝を果たした[6] 。
2007年11月3日、Fatal Femmes Fighting 3で王座防衛戦を行う予定であったが、自身の怪我のため欠場した[7] 。
2008年4月3日、Fatal Femmes Fighting 4で行われたFFFライト級タイトルマッチで挑戦者のヴァネッサ・ポルトと対戦し、膝蹴りでTKO勝ちを収め王座の初防衛に成功した[8] 。
2008年11月8日、VALKYRIE旗揚げ戦VALKYRIE 01 CAGE FORCE-EXで米沢知佐と対戦し、判定勝ち[9] 。
2009年11月7日、Strikeforce: Fedor vs. Rogersの前座カードでマルース・クーネンと再戦し、開始1分余りで一本負けを喫した。
2010年1月30日、日本初開催となったKing of the Cageでモーリー・ヘイゼルと対戦し、リアネイキッドチョークで一本勝ち。
2010年5月21日、Moosinでタラ・ラローサと4年2か月ぶりに再戦し、2-1の判定勝ち。リベンジを果たす。
2010年7月23日、ShoMMA: Strikeforce Challengers 9のStrikeforce女子ウェルター級(-61kg)タイトルマッチで王者サラ・カフマンに挑戦し、スラムでKO負けを喫し王座獲得に失敗した[10] 。
2010年12月30日、戦極 Soul of Fightで赤野仁美と対戦予定であったが、ロクサンの体調不良(感染性の胃腸炎)によりドクターストップとなり不戦敗となった。試合中止は両者がリングインした後に発表された[11] 。
2011年2月26日、Cage Warriors 40でロジー・セクストンと対戦し、判定負け。
2011年7月9日、JEWELS 15th RINGで赤野仁美と対戦し、判定負け。
2012年3月3日、 JEWELS 18th RINGで端貴代と対戦し、判定負け。
The Ultimate Fighter 18
[編集 ]2013年8月、リアリティ番組『The Ultimate Fighter』のシーズン18に参加。ハウス入りを懸けたイリミネーションマッチでヴァレリー・レターノーにリアネイキッドチョークで一本勝ちを収め、ミーシャ・テイトがコーチを務める「チーム・テイト」に選抜されたが、女子バンタム級トーナメント1回戦でジェシカ・ラーコーツィにTKO負けを喫した。
しかし、TUFの合宿所でアメリカの練習環境に触れたことで、撮影終了後に英会話講師の仕事を辞めてアメリカに戻ることを決め、シンジケートMMAに拠点を移した[12] 。
UFC
[編集 ]2013年11月30日、The Ultimate Fighter 18 Finaleで同じチーム・テイトに所属していたラケル・ペニントンと対戦し、判定負け。
Invicta FC
[編集 ]2014年9月6日、フライ級転向初戦となったInvicta FC 8でタラ・ラローサと対戦し、判定勝ち。
2015年4月24日、Invicta FC 12でヴァネッサ・ポルトと7年ぶりに再戦し、判定負け。
2016年9月23日、Invicta FC 19のInvicta FC世界フライ級タイトルマッチで王者ジェニファー・マイアに挑戦し、1-2の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。
2017年5月20日、Invicta FC 23でサラ・ダレリオと対戦し、TKO勝ち。
The Ultimate Fighter 26
[編集 ]2017年8月、リアリティ番組『The Ultimate Fighter』のシーズン26に参加し、ジャスティン・ゲイジーがコーチを務める「チーム・ゲイジー」に所属。初代UFC世界女子フライ級王座を懸けたトーナメントの1回戦でシェイナ・ドブソンにTKO勝ち、準々決勝でエミリー・ウィットマイアにTKO勝ちを収めたが、準決勝でシジャラ・ユーバンクスに判定負け。
UFC復帰
[編集 ]2017年12月1日、The Ultimate Fighter 26 Finaleの世界女子フライ級王座決定戦でニコ・モンターニョと対戦。前日計量でユーバンクスが体調不良に陥ったため、急遽代役としてタイトルマッチに繰り上げ参戦したが、0-3の判定負けを喫し、初代王座獲得に失敗した[13] 。ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。
2018年7月6日、The Ultimate Fighter 27 Finaleで女子フライ級ランキング7位のバーブ・ホンチャックと7年9ヶ月ぶりに再戦し、2Rにグラウンドの肘打ちでTKO勝ちを収め、リベンジを果たすと共にUFC初勝利を挙げた[14] 。
2018年11月3日、UFC 230で女子フライ級ランキング4位のシジャラ・ユーバンクスと再戦し、0-3の判定負け。前日計量でユーバンクスがフライ級の規定体重を1.2ポンドオーバーしたため、127.2ポンドのキャッチウェイトで試合が行われ、ファイトマネーの20%がロクサンに譲渡された[15] 。
2019年4月20日、UFC Fight Night: Overeem vs. Oleinikで女子フライ級ランキング12位のアントニーナ・シェフチェンコと対戦し、2-1の判定勝ち。
2019年7月20日、UFC on ESPN 4で女子フライ級ランキング6位のジェニファー・マイアと対戦し、0-3の判定負け。前日計量でマイアがフライ級の規定体重を3ポンドオーバーしたため、129ポンドのキャッチウェイトで試合が行われ、ファイトマネーの30%がロクサンに譲渡された[16] 。
2020年1月18日、UFC 246で女子フライ級ランキング9位のメイシー・バーバーと対戦し、3-0の判定勝ち。
2020年6月20日、UFC on ESPN: Blaydes vs. Volkovで女子フライ級ランキング7位のローレン・マーフィーと対戦し、判定負け。
2020年9月12日、UFC Fight Night: Waterson vs. Hillで女子フライ級ランキング9位のアンドレア・リーと対戦し、判定勝ち。
2021年1月20日、UFC on ESPN: Chiesa vs. Magnyでフライ級ランキング9位のビビアン・アラウジョと対戦し、0-3の判定負け。
2021年9月25日、UFC 266で女子フライ級ランキング12位のタイラ・サントスと対戦し、0-3の判定負け。
2022年2月12日、引退試合となったUFC 271で女子フライ級ランキング15位のケイシー・オニールと対戦し、1-2の判定負け。
戦績
[編集 ]総合格闘技 戦績 | ||||||
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45 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
25 勝 | 4 | 5 | 16 | 0 | 0 | 0 |
20 敗 | 1 | 3 | 16 | 1 |
【FFLフライ級タイトルマッチ】 2017年4月1日
【Strikeforce女子ウェルター級タイトルマッチ】 2010年7月23日
【FFFライト級タイトルマッチ】 2008年4月3日
【1万ドル争奪無差別級トーナメント 1回戦】 2007年5月27日
【FFFライト級王座決定戦】 2007年2月17日
【IFC世界女子ミドル級タイトルマッチ】 2005年3月5日
【スマックガール初代無差別級王者決定トーナメント 1回戦】 2004年12月19日
グラップリング
[編集 ]【無差別級トーナメント 3位決定戦】 2006年7月23日
【無差別級トーナメント 2回戦】 2006年7月23日
獲得タイトル
[編集 ]- 第4代IFC世界女子ミドル級王座(2005年)
- ISKA MMA世界女子ミドル級王座(2005年)
- K-GRACE 1万ドル争奪無差別級トーナメント 優勝(2007年)
- FFFライト級王座(2007年)
- FFLフライ級王座(2017年)
表彰
[編集 ]脚注
[編集 ]- ^ 私のMMAのキャリアの物語その1 Roxyのブログ 2016年6月19日
- ^ [フックンシュート] 11.6 アメリカ:藤井、エリカに判定勝ち BoutReview 2004年11月6日
- ^ [スマック] 12.19 静岡:薮下、無念の反則勝ち優勝 BoutReview 2004年12月19日
- ^ Roxanne Modafarri wins IFC / ISKA Middleweight Belts IFC公式サイト
- ^ [MFC] 3.4 米国:ロクサン、ラローサと激闘の末判定負け BoutReview 2006年3月4日
- ^ [K-グレイス] 5.27 ディファ:モダフェリが1万ドル獲得 BoutReview 2007年5月27日
- ^ [FFF] 11.3 米国:赤野仁美、ブラジル新鋭のポルトに惜敗 BoutReview 2007年11月3日
- ^ [FFF] 4.3 米国:ロクサン防衛。端、バックナーに勝利 BoutReview 2008年4月3日
- ^ [VALKYRIE] 女子新MMA大会旗揚げ。辻、勝利後に感涙 BoutReview 2008年11月8日
- ^ 【Challengers】女子王座戦は衝撃のKO決着に MMAPLANET 2010年7月24日
- ^ 【SRC戦極】第1部:中井りんが一本勝ち、神村エリカはヒジで衝撃のTKO勝ち 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年12月30日
- ^ TUF 27フィナーレ見どころ:ロクサン・モダフェリ「私はスーパーヒーローになりたいんです!」 UFC 2018年7月4日
- ^ 【UFC】初代女子フライ級王者はニコ・モンターニョ「自分のことを誇りに思う」」 スポーツ報知 2017年12月2日
- ^ 【TUF27】ロクサン・モダフェリ、難敵ホンチャックにリベンジ達成とともにUFC初勝利を挙げる!!!!!!!!!!!! MMAPLANET 2018年7月7日
- ^ UFC 230:公式計量結果 UFC 2018年11月3日
- ^ UFC San Antonio Official Weigh-In Results UFC 2019年7月19日
関連項目
[編集 ]外部リンク
[編集 ]- ロクサン・モダフェリ (@Roxyfighter) - X(旧Twitter)
- ロクサン・モダフェリ (@roxyfighter) - Instagram
- ロクサン・モダフェリ (roxanne.modafferi) - Facebook
- Roxyのブログ - 本人による日本語のブログ(2010年8月〜)
- 女子総合格闘家ロクサン 公式ブログ「THE CRUSHER」 - 本人による日本語のブログ(2008年2月〜2010年9月)
- Roxanne Modafferi - 本人による英語のブログ(2011年1月〜)
- UFC 選手データ
- ロクサン・モダフェリの戦績 - SHERDOG (英語) ウィキデータを編集