コンテンツにスキップ
Wikipedia

鍋島直知

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
印刷用ページはサポート対象外です。表示エラーが発生する可能性があります。ブラウザーのブックマークを更新し、印刷にはブラウザーの印刷機能を使用してください。
この記事は検証可能参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)
出典検索?"鍋島直知" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL
(2024年6月)
 
鍋島 直知
時代 江戸時代後期
生誕 天明4年5月4日(1784年 6月21日)
死没 文化元年3月12日(1804年 4月21日)
改名 麟太郎(幼名)、直知
戒名 義天院殿懿徳英倫大居士
官位 従五位下、紀伊
幕府 江戸幕府
肥前 小城藩
氏族 鍋島氏
父母 父:鍋島直愈
母:タミ(秀島記稔の娘、本性院)
兄弟 直知、妹(鍋島直彜室)、直堯
正室:鍋島直宜の娘(婚約)
実子:なし、養子:直堯
テンプレートを表示

鍋島 直知(なべしま なおとも)は、肥前 小城藩の第8代藩主。

略伝

天明4年(1784年)5月4日、第7代藩主・鍋島直愈の長男として江戸で生まれる。寛政6年(1794年)4月、父の隠居により家督を継いだ。寛政11年12月(1800年)、従五位下・紀伊守に叙位・任官する。

文化元年(1804年)3月12日に江戸で死去した。享年21。嗣子が無かったため、異母弟の直堯が養子として跡を継いだ。

系譜

父母

婚約者

養子

鍋島氏小城藩8代藩主 (1794年 - 1804年)

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /