コンテンツにスキップ
Wikipedia

張振甫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
印刷用ページはサポート対象外です。表示エラーが発生する可能性があります。ブラウザーのブックマークを更新し、印刷にはブラウザーの印刷機能を使用してください。
ちょうしんぽ

張振甫
生誕 1629年
死没 1680年
テンプレートを表示

張 振甫(ちょう しんぽ、1629年 - 1680年)は、代末期の食医。寿山と号す[1]

人物

元々は明王朝の王族准王常清[2] 。明代末期の混乱から避難するため、日本帰化 [1] 1621年(元和7年)、まずは長崎で医術を修め、後に京都で医者を開業した[2] 。この医院は食中毒の治療に評判があったとされる[2] 。初代尾張藩主である徳川義直がこれを保護し、名古屋城下の巾下堀留(現名古屋市 西区)に住居を与えた[1] 愛知郡上野村(現名古屋市千種区)の振甫山の地に堂宇を設け、薬師如来十二神将を祀った[1] 。この堂は俗に鉈薬師と称する[1] 。後にその周辺に振甫町の地名がつけられた[3]

脚注

参考文献

関連項目

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /