コンテンツにスキップ
Wikipedia

黒岩英臣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2023年7月2日 (日) 01:45; 朝塩 (会話 | 投稿記録) による版 (外部リンク )(日時は個人設定で未設定ならUTC)

朝塩 (会話 | 投稿記録)による2023年7月2日 (日) 01:45時点の版 (外部リンク )
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
この存命人物の記事には検証可能出典が不足しています 信頼できる情報源の提供に協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的に中傷・誹謗・名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります
出典検索?"黒岩英臣" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL
(2017年8月)
黒岩 英臣
生誕 1942年(82 - 83歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
学歴 桐朋学園大学
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者ヴィオラ奏者
担当楽器 ヴィオラ

黒岩 英臣(くろいわ ひでおみ、1942年 - )は、日本の指揮者東京都出身。

人物・来歴

[編集 ]

1942年、東京に生まれる。1960年、桐朋学園大学指揮科入学。齋藤秀雄に師事した。在学中は、ステージ、ラジオ、テレビなどで同大学オーケストラを指揮するほか、ヴィオラ奏者としてNHK「朝のリサイタル」などに出演。ピアノ奏者としても活躍した。1964年、桐朋学園大学弦楽オーケストラのアメリカ公演に指揮者として同行、ニューヨークロサンゼルスサンフランシスコなどで指揮を担当した。

1965年、桐朋学園大学を卒業。NHKテレビ「今年のホープ」に出演。同年、修道士となり、1975年まで修道士の生活を送った。その間、神学哲学ラテン語グレゴリオ聖歌ポリフォニーを学び、典礼音楽の指揮・作曲を行う。自らが敬虔なキリスト教徒ということから、宗教音楽に造詣が深く、情熱的な音楽作りが評価されており、オラトリオレクイエムミサ曲などでの演奏を重ねている。

1976年、再び音楽に専念、1977年1月東京都交響楽団ファミリーコンサートの演奏で『久方ぶりに現れた資質をしっかりと感じさせる新人』と絶賛され、一躍脚光を浴びた。1978年夏には、バークシャー・ミュージック・センターにクーセヴィツキ記念フェローシップ・コンダクターとして参加、研鑽を積む。

1981年9月から88年まで九州交響楽団常任指揮者、1985年8月から89年まで神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、1988年4月から94年3月まで関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者を務める。2000年4月より山形交響楽団首席客演指揮者、01年10月から常任指揮者を務めた後、04年4月より同楽団名誉指揮者に就任。桐朋学園大学准教授

関西フィルハーモニー管弦楽団札幌交響楽団名古屋フィルハーモニー交響楽団九州交響楽団の定期演奏会を始め、全国の主要オーケストラとの共演も数多く行っている。

外部リンク

[編集 ]

脚注

[編集 ]

注釈・出典

[編集 ]


AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /