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デロリアン・モーター・カンパニー

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デロリアン DMC-12

デロリアン (De Lorean)はアメリカの自動車製造会社。また同社で製造された自動車の通称。

1975年GMの副社長であったジョン・デロリアンが、辞職・独立して自ら設立した。本社はミシガン州に、製造工場はイギリス北アイルランドにあった。

会社の正式な名称は『デロリアン・モーター・カンパニー(De Lorean Motor Company Ltd./DMCL)』。

沿革

DMC-12

ガルウィング
ガルウィング

長い開発期間を経て1981年に登場した同社唯一のモデル『DMC-12』は、イタルデザイン社のジョルジェット・ジュジャーロがデザインし、ロータス社がメカニック設計を請け負った。開発は非常に難航し、ロータス創業者コーリン・チャップマンの寿命を縮める一因となったとも言われている。

バックボーンフレーム上に強化プラスチックボディを載せる手法はロータスが得意とした構造だが、メンテナンスフリーをも狙って外部全体を無塗装ステンレスで覆ったことが極めてユニークである。銀色に光るヘアライン仕上げのステンレスが剥き出しの外装と、近未来的なガルウィングドア装備は見る者に衝撃を与え、後年まで同社のイメージを決定づける存在となった。なお、ノーマル時の車高(ロードクリアランス)が高いのは、当時の基準におけるヘッドライトの高さを満たすためであった。

しかし、リアに搭載されたフランス製のエンジン(「PRV」V型6気筒SOHC2849cc。プジョールノーボルボが乗用車用に共同開発した量産品) は、公称130HPに過ぎず、1,288kgの車重に比して非力で、さして速い車ではなかった。外見からイメージされるほどのスーパーカー的な車ではなく、むしろ個性的なスタイルのスペシャリティ・クーペというのが正確な捉え方である。

売り上げは好調で、ターボチャージャー搭載や4枚ガルウィング・ドア4座仕様追加等の計画もあった。しかし1982年に、社長のジョン・デロリアンが麻薬所持容疑で逮捕されるというスキャンダルが発生、これにより会社は資金繰りが立ち行かなくなり倒産してしまった(のちジョン・デロリアンの麻薬嫌疑は、裁判の結果無罪が確定した)。

生産期間中には風変わりなバージョンも製造された。1981年モデルの最後を締めくくっているのが2台の純金パネル装備車で、2005年現在もネバダ州リノのNational Auto Museumとテキサス州のSnyder Bankに展示されている。(1台125,000ドル以上という)。なお、一番最後に製造された車も純金パネルだったが、これは宝くじのような富くじ方式で一般人の手に渡った。

最終生産車が作られたのは工場閉鎖後のことで、工場に残っていたパーツ等で1982年12月24日に作られた4台が、一般向け生産の最後となった。最終的に、8,583台が製造されたと見られている。

なお、ボディのプレス型は倒産後に他社による再生を恐れた人たちが海に捨ててしまったため、再生産が不可能になっている。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイムマシン

デロリアンDMC-12が世界的に有名になったのは、1985年に公開されたロバート・ゼメキス監督、スティーブン・スピルバーグ制作総指揮のSFアドベンチャー映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場したことが大きい。劇中ではタイムマシンに改造された車として登場。ガルウイングドアを装備していた事がタイムマシンのベースに採用された大きな理由だと監督は語っている(劇中ではエメット・ブラウン博士がデロリアンを選んだ理由として「かっこいい」事等を挙げている)。改造には3台のデロリアンが用意された。1985年時点では既にメーカー倒産で生産されていなかった車種にも関わらず、劇中ではマイケル・J・フォックス演じる主人公マーティらがよく知る車として登場しており、当時のアメリカでの認知度の高さが伺える。映画は大ヒットし、デロリアンDMC-12は世界的に有名になった。なお、3部作で計7台のデロリアンが使われており、うち1台はスピルバーグのものとなっている。

劇中でのデロリアンはクリストファー・ロイド演じるエメット・ブラウン博士によりタイムトラベルを可能にする次元転移装置が取り付けられる等の改造が施されている。車内には電子表示のスピードメーターが増設されている。ブラウン博士の愛犬アインシュタインが搭乗した際コントローラーでデロリアンを走行させていた事からラジコンの装置も取り付けられていると思われる。また、前輪をロックするための改造も施されている。1.21ジゴワット(正しくはギガワット)の電力が次元転移装置に与えられ時速88マイルまで加速した際にタイムトラベルが可能となる。時速88マイルに達するとデロリアンのボディの粒子分散し再び結合する。時空移動の際デロリアンは閃光を放ち炎のタイヤ跡を残す。目標時間に突入する時は、少し衝撃を感じる。突入したデロリアンの表面は超低温で、凍っている。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では1.21ジゴワットの電流を得るために核燃料(プルトニウム)を使用しているが『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』で2015年に行った際に生ゴミ等を原子まで分解し核反応を起こし1.21ギガワットの電力を得る事ができるミスター・フュージョンという装置が取り付けられた。1955年から1985年へ帰還する際は核燃料が無かったため落雷から1.21ギガワットの電力を得た。また2015年でタイムサーキット(時間設定装置)を日本製のマイクロチップで制御できるようにし、空を飛ぶための改造も施すが再び赴いた1955年で飛行中に落雷に遭いマイクロチップと飛行回路ショートしタイムトラベルと飛行ができなくなった。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』ではデロリアンの修理に1955年製の部品を使用。真空管など1950年代の部品がマイクロチップをはじめとする未来の部品の代わりに使用され、新しい装置はデロリアンのボンネットに取り付けられた。タイムトラベルはできるようになったが空を飛ぶ事は2度と無かった。タイヤホイールも1950年代のものに交換され1885年へタイムトラベル。1885年では燃料タンクに穴が空きガソリンが漏れてしまい自走不能の状態になる。そこで蒸気機関車でデロリアンを押し時速88マイルまで加速するため、線路を走る事ができるよう鉄道用車輪(鉱山のカート用車輪だという説もある)が取り付けられた。しかし1985年に戻ってすぐ、列車に激突されてバラバラになった。このシーンの撮影の際は車のボルトを外したそうである。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのアトラクション「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」には8人乗りの最新型デロリアンが登場する。8人乗りデロリアンはアトラクションのスポンサーがトヨタであるためかトヨタ製。アトラクションの外に展示してあるデロリアンもトヨタ製である。その為、映画版と比べてエクステリアに違いがある。

デロリアンとDMC-12のその後

これら多くの逸話と映画での活躍によって、デロリアンDMC-12は1980年代を代表するカルトカーとなり、21世紀初頭の現代でも多くの自動車マニアのコレクション対象となっている。倒産後のデロリアン社の設備を取得したKAPAC社(新生DMCと呼ばれることが多い)は、現在もDMC-12のオーナーに修理用パーツを供給し続けている。

ジョン・デロリアンは再び新たな車を創造するプランを抱いていたが、果たすことなく2005年 3月19日に死去した。あるデロリアン愛好者のホームページによると、2ドア・2シーター、60マイル到達まで3.5秒、価格は17500ドル程度と、低価格でありながら非常な高性能を目指していたようである。

その他

ゲームソフト『グランツーリスモ4』では、チューンナップされたデロリアンが登場する。 エクステリアは全く変更無しだが、馬力が200PSまで上げられている。また、ゲーム中では限界まで改造すると448PSまで上がる。

また、北海道函館市にある函館出身の人気ロックバンドGLAYの記念館、Art Style of GLAYでは鏡の部屋に半分だけのデロリアンが展示されてあり乗り込むことも可能。これはメンバーであるHISASHIのお気に入りの映画がバック・トゥ・ザ・フューチャーであることと自身の車好きのためだと推測される。(彼は別冊カドカワのGLAY総力特集での対談でもデロリアンについて語っている。)

リンク

デロリアン オーナーズ クラブ ジャパン ホームページ

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