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宮崎学

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宮崎 学(みやざき まなぶ、1945年(昭和20年)10月25日‐ )は、日本の作家小説家。京都生まれ。ヤクザの組長を父に、博徒の娘を母に持った。京都の名門洛星中学に入学したが喧嘩が原因で退学。高校時代に日本共産党に入党、早稲田大学法学部に入学後は共産党系組織ゲバルト隊長に就任するなど、組織的に活動した。早大在籍中は一度も講義を受講しないまま中退したといわれ、都内で株式関連を担当する週刊誌『週刊現代』記者となった。その経験を活かそうと京都府内の家業の解体業を継承して経営したが、上手くゆかず倒産、30億円もの負債を抱えた。グリコ森永事件では「キツネ目の男」の容疑者として重要参考人に目されていた。

自伝的作品『突破者』で華々しくデビュー、同書はベストセラーとなる。自分の家業経営や父親の職業など、特異な経験を盛り込んだものであった。また近代合理主義を忌み、突破者としての精神論を持論としている。以後、続編『突破者それから』を始め、自伝的な作品を数多く書いた。ノンフィクションが中心である。国家・官僚・政治家・市民などを嫌い「庶民」として生きることを主張した。自身の背景も絡み、アウトローへの親近感を表明している。天皇制は否定しないが、必ずしも存在しなくてもよいものとしている。元共産党党員だが「市民」や「党派性」への反感から現在は批判的である。宮崎の思想は突き詰めれば個人主義的思考が強い。

通信傍受法(盗聴法)に反対し、1999年の成立時には大々的な批判を展開。さらに、成立後の12月8日2001年までの時限政党として、通信傍受法廃止を目的に政治団体「電脳突破党」を結党し、自ら総裁となった。2000年第42回総選挙では通信傍受法反対派候補を支援したほか、2001年の第19回参院選では、新党・自由と希望の公認を受け比例代表区より出馬。結果は落選し、同年8月15日に予定通り突破党を解党した。選挙前後、宮崎が公安調査庁協力者だったという批判もあった。

現在の思想は右翼でも左翼でもなく中道を貫いている。スポーツ紙等で人生相談を行っている他、講演活動への出演をしている。

ちなみに、学生時代からの友人に、朝倉喬司大谷昭宏呉智英などがいる。

2004年1月、部落解放同盟系の解放出版社刊の『「同和利権の真相」の深層』に寄稿。この本の中で、「公開討論やろうと申し入れたんやけど、逃げまわりよった」と虚偽事実を申し立ててジャーナリスト 寺園敦史を中傷したとして、寺園から解放出版社と共に名誉毀損で提訴された(討論の申し入れも逃げた事実もなかったという)。2005年 5月19日、大阪地裁にて寺園の主張が認められ、宮崎側は敗訴した。

西原理恵子(漫画家)の本にもたびたび登場している。


著書

  • 突破者
  • 突破者の条件
  • 突破者それから
  • 不逞者
  • 突破者列伝
  • カネに死ぬな掟に生きろ
  • Toppamono: Outlaw. Radical. Suspect. My Life in Japan's Underworld (2005, Kotan Publishing, ISBN 0970171625)

関連項目

外部リンク


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