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平勢隆郎

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平勢 隆郎(ひらせ たかお、1954年 - )は、中国史家東京大学東洋文化研究所 教授。本来は勢の字の左上部分が生(㔟)で、隆の字の夂と生の間に一が入る。茨城県出身。

主として古代史の分野について研究を進め、独自の説を提出している。『史記』に於ける同一人物の複数化・年代的な誤りなどを指摘し、独自に再建した編年を提出している。また『春秋』『春秋左氏伝』などの経書や『史記』『漢書』『日本書紀』などの史書暗号が隠されていると主張している。 だが、その説は査読を要する通常の論文では発表されていないため、誤植や文字の変換ミスなどのケアレスミスが目立つ。これらのことも含めて、平勢の学説に疑問や批判を唱える研究者が近年多くなってきている。

その学説の特徴

平勢の学説には、大きく分けて二つの特徴がある。

先秦編年の補正

  • 『史記』は、立年称元(前君主が死去した年を新君主の元年とする制度)を踰年称元(前君主死去の翌年を新君主の元年とする制度)と誤解して編年し、そこから生じる「矛盾」を処理するため、元資料に恣意的な改竄を施している。
  • 『史記』に含まれる年代矛盾は、記事全体の三分の一にも及んでおり、そのままで先秦史の研究をおこなうことはできない。
  • 平勢独自の解釈によって、これらの矛盾はすべて解決し、本来の編年を復元できたとする。

経伝の再解釈

  • 上記の編年復元作業によって、踰年称元の制度は戦国中期のにはじまることが判明したとする。
  • 踰年称元を採用する経典『春秋』は、したがって戦国中期の田斉国によって作成された。これは田斉の正統性を孔子が暗示した予言書だとして田斉自身によって偽作されたものであるとする。
  • 田斉による『春秋』偽作に対抗して、韓国が『春秋左氏伝』を、中山国が『春秋穀梁伝』を偽作し、自国の正統性を主張したとする。
  • 現在のところ、平勢が考える経伝の諸国への配当(その経伝が正統を暗示している戦国国家)は、以下の通り。

著作

平勢説に賛成する研究者

  • 尾形勇
    • 平勢と共著した概説書『中華文明の誕生』にて平勢の提示した年代を使用している。
  • 原宗子
    • 『新編 史記東周年表』『中国古代紀年の研究』の書評の中で両書を『「瑚璉[1] 」にも譬えられるべき至宝ではないか、と思われるのである。」と賞賛している。
  • 小寺敦

平勢説に反対する研究者

  • 吉本道雅
    • 平勢が復元したと称する編年それ自体に、矛盾が含まれていると指摘。
    • 原資料の恣意的な改竄を想定する平勢の方法を、研究上の禁忌に属すものと批判。
  • 水野卓
    • 平勢の指摘する「微言構造」の中に、原資料中に存在しないものがあると指摘。
  • 浅野裕一
    • 平勢説が、郭店楚簡などの新出土資料に合わないと指摘。
    • 誰にも理解できない「微言」は、王権正当化抗争の手段たり得ないと批判。
  • 相原健右
    • 平勢の用いる資料のうちに、近世の偽書が含まれていると指摘。
  • 井上了
    • 平勢の指摘する「微言構造」の多くが、互いに矛盾していると指摘。
  • 小沢賢二
    • 平勢が復元した暦には計算ミスがあり、中国暦の法則にも合わないと指摘。
    • 『竹書紀年』に対する平勢説を、自説を盗用したものだと批判。
  • 落合淳思
    • 過去二千三百年間に『春秋』や三伝を平勢のように解釈したりする人間はおらず、誰一人そのように解釈しなかったとする浅野裕一の批判を支持
  • 張培瑜
    • 平勢は張に倣って前三六六年一月立春の甲寅日が暦元となる暦法の存在を主張しているが、すでに張はこれを誤りと認めて撤回したと指摘。
    • 春秋』が田斉によって作成されたことなど、天文暦法からみてまったく根拠がないものだと批判。
  • 渡邊英幸
    • 岡村秀典(京都大学・考古学)の編年では、春秋時代後期と比定された秦墓から越王者於賜戈の銘文がある銅戈が出土したことになっているが、平勢の編年ではこの銅戈の繁年が前三七六年となっていると指摘。
    • 平勢が『穀梁伝』は鮮虞を中心とする領域のみを中国とし、その外側を夷狄と見なしていることに無理な解釈であるとして批判。
  • 野間文史
    • 平勢が唱える微言構造を批判した水野卓と井上了の批判を支持。
    • 戦国時代の王権は相互に称王を承認しあう性格を持っていたとする浅野裕一の批判を支持。


参考文献

賛成

批判

脚注

  1. ^ 祭祀の際に使われる重要な器のこと。孔子子貢をこれに譬えた。

外部リンク

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