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ノート:原子

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これはこのページの過去の版です。122.29.73.134 (会話) による 2008年7月16日 (水) 03:13 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎記述の除去についての説明: 新しい節)であり、現在の版 とは大きく異なる場合があります。

122.29.73.134 (会話)による2008年7月16日 (水) 03:13時点の版 (→‎記述の除去についての説明: 新しい節)

原子の数約1000種類と言うのはどの範囲で数えたものでしょうか?また無次元数であることを表す表現として「単位は無い」という表現はあまり正確では無い気がするのですが何かより適切な表現は無いでしょうか?yhr 2005年2月18日 (金) 21:29 (UTC) [返信 ]

1000種類というのは、不安定核種までを含めた数を記述しました。が,改めて数えてみると2000〜3000ありますね。これは失礼しました。
原子のような項目は化学に明るくない読者も目にするだろうと思い,「単位を持たない」と多少乱暴な表現になってしまいました。「比率を表す量であるため、原子量には単位を付けない。このような数を無次元数と呼ぶ。」ではいかがでしょうか。Hareno 2005年2月18日 (金) 21:51 (UTC) [返信 ]
早速のお返事ありがとうございます。不安定核種を含めるということだとここの記述によれば約6000もあるらしいです。たぶん超重核の方向でのリミットがあまりきちんと決まらないのでこのように大きく異なった数値が出てくるのかと思います。無次元数の説明はわかりやすいと思います。あえて難癖をつけるなら無次元数事態の説明は次元の方で行ったほうがすっきりするかなという気がします。yhr 2005年2月18日 (金) 23:00 (UTC) [返信 ]

不正確な説明

「原子(げんし、Atom)は物質の最小構成単位である粒子。」という冒頭の説明は問題がありませんか。--エンチャンテッド・ボイセイ 2007年9月16日 (日) 11:50 (UTC) [返信 ]

何処にどのような問題を感じたのか書いていただけると、話が早いのではないでしょうか。yhr 2007年9月16日 (日) 13:30 (UTC) [返信 ]

エンチャンテッド・ボイセイさんの指摘は適切です。たしかに冒頭の説明文は根本的に間違っていましたので、修正しておきました。--VanDrake 2008年7月14日 (月) 16:42 (UTC) [返信 ]

記述の除去についての説明

記述を除去したところ「いたずらか?」との要約とともにリバートされてしまったため、こちらに見解を述べます。
まず、ヘラバスの論文云々の脚注ですが、蛇足だと判断しました。ここは「原子」というごく基本的な項目なのですから、論文が採用されなかった経緯について詳しく説明する必要はないと考えます。原子の存在に基礎を置く理論は当時の科学者のコミュニティで受け入れられなかった、という事実を手短に記せば、それで足りることです。「今日では、物理学者らが何かしら風変わりな微小構成単位を含んだ仮説を提唱しても、さほど変人だとは思われないが、当時はそうではなかった。つい100年ほど前は、大半の科学者は、科学者の仕事というのは、あくまで直接観察される現象を量的に測定し、それを体系化することであり、科学というのは科学法則を見つけることであり、観測される現象の定量的な関係を記述することだ、としか思っていなかったのである」という記述にいたっては、科学史的には興味深い話ですが、「原子」という項目にはほとんど関係のない話です。
次に、「ごく少数の科学者が、表面的に見えるものの背後の世界、[[オカルト|眼には見えず、触れることもできない世界]]に踏み込もうとしはじめていた。[[ルートヴィヒ・ボルツマン]]はその一人だった」ですが、これはよくわからないパイプリンクでボルツマンを貶めていることが百科事典の項目として不適当です。
最後に、マッハの宣言についてですが、マッハは極端に実証主義的な人だったということはよく知られており、この宣言についてもマッハのそのような哲学的態度の表れと考えられます。「プラハ大学で長年物理学教授をしていた」などとつけることで当時の科学者を代表させようとしているようですが、それはちょっと無理があるでしょう。マッハの項目に書くならともかく、原子の項目に書くのは不適当だと判断しました。
以上です。--122.29.73.134 2008年7月16日 (水) 03:13 (UTC) [返信 ]

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