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岸良子

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きし よしこ

岸 良子
前列向かって左から岸良子、岸信和岸信介、吉田寛(信介の従弟)。後ろは佐藤栄作1923年当時。出典:『岸信介傳』(東洋書館、1957年10月、73頁)
生誕 1901年 2月16日
日本の旗 日本 山口県
死没 1980年6月
日本の旗 日本
出身校 実践高等女学校卒業
配偶者 岸信介(夫)
子供 岸信和(長男)
安倍洋子(長女)
岸信政
親戚 佐藤栄作(義弟、従兄弟)
安倍晋太郎(長女の夫)
安倍寛信安倍晋三岸信夫(孫)
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岸 良子(きし よしこ、1901年明治34年〉2月16日 [1] - 1980年昭和55年〉6月[2] [3] )は、日本5657内閣総理大臣である岸信介山口県出身。

経歴

山口県士族である岸信政の娘として生まれる。実践高等女学校を卒業後、東京帝国大学法学部に在学中だった従兄の岸信介(信政の養子)と結婚を前提に同棲、1919年(大正8年)11月に結婚[4]

1921年(大正10年)に長男・信和1928年(昭和3年)に長女・洋子をそれぞれ出産[4]

1980年(昭和55年)、79歳で死去[2]

脚注

出典

  1. ^ 『財界家系譜大観 第4版』(現代名士家系譜刊行会、1980年)p.307
  2. ^ a b "天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 岸信介・良子夫人(下)". exciteニュース (2017年7月24日). 2021年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月16日閲覧。
  3. ^ 「ことし逝った名士700人の死因別調査」『サンデー毎日』第59巻第60号、毎日新聞社、1980年12月28日、30-41頁、NDLJP:3369917/18 
  4. ^ a b 「総理大臣の妻たち」(小林吉弥、日本文芸社1995年)
内閣
第1次政権
第2次政権

選挙
衆院選
自民党総裁選
政策
家族
著書
単著
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主な政治問題
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キャッチフレーズ
関連人物
関連項目

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