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(削除) '''高野家'''(たかのけ)は、 (削除ここまで)[[藤原北家]][[中御門流]][[持明院家]][[庶家|庶流]]にあたる[[公家]]・[[華族]]。公家としての家格は[[羽林家]]・[[新家]]。華族としての家格は[[子爵]]家。[[家紋]]は杏葉([[持明院家]]と同じ)。家業は[[神楽]]。
[[藤原北家]][[中御門流]][[持明院家]][[庶家|庶流]]にあたる[[公家]]・[[華族]]。公家としての家格は[[羽林家]]・[[新家]]。華族としての家格は[[子爵]]家。[[家紋]]は杏葉([[持明院家]]と同じ)。家業は[[神楽]]。


== 歴史 ==
== 歴史 ==

2022年9月5日 (月) 18:47時点における版

高野家
家紋
杏葉(ぎょうよう)
本姓 藤原北家 中御門流 持明院 庶流
家祖 高野保春
種別 公家(羽林家)
華族(子爵)
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
著名な人物 高野隆古
凡例 / Category:日本の氏族

高野家(たかのけ、旧字体:髙野家)は、日本氏族

概要

藤原北家 中御門流 持明院家 庶流にあたる公家華族。公家としての家格は羽林家新家。華族としての家格は子爵家。家紋は杏葉(持明院家と同じ)。家業は神楽

歴史

持明院基定の三男高野保春を祖とする。

明治維新後は保建子爵に叙せられた。大正元年(1912年)12月16日に失爵となった[1]

歴代当主

  1. 高野保春
  2. 高野保光
  3. 高野保房
  4. 高野隆古
  5. 高野保香
  6. 高野保忠
  7. 高野保右
  8. 高野保美
  9. 高野保建

系譜

実線は実子、点線(縦)は養子、点線(横)は婚姻関係。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
保光2 四辻実長 保房
 
 
 
保房3
 
 
 
隆古4[2]
 
 
 
保香5[3]
 
 
 
保忠6
 
 
 
保右7[4]
 
 
 
保美8[5]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
保建 9 松吉定丸 伊藤愛丸[6]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
保訓8 保誠 10
 
 
 

幕末の領地

国立歴史民俗博物館の『旧高旧領取調帳データベース』より算出した幕末期の高野家領は以下の通り。(3村・150石)

  • 山城国 葛野郡越畑村のうち - 55石余
  • 山城国葛野郡小北山村のうち - 18石余
  • 山城国乙訓郡沓掛村のうち - 75石余

脚注

  1. ^ 官報』第125号、大正元年12月28日。『平成新修旧華族家系大成』下巻、24頁では爵位を返上。
  2. ^ 八条隆英の次男。
  3. ^ 園基衡の次男。
  4. ^ 持明院基敦の子。
  5. ^ 持明院基延の子。
  6. ^ 信濃国 諏訪神司伊藤守礼の養嗣子。
  7. ^ 松木宗有の次男。

参考文献

系譜参考

摂関家
清華家
大臣家
羽林家
名家
半家

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