加藤秀一
『〈個〉からはじめる生命論』続、のはずで、書きかけの原稿はあるのだが、延期し、最近の雑誌を紹介する。青土社の月刊誌
『現代思想』の2月号。
この雑誌については連載第34回(2004年1月号)で
2003年11月号特集「争点としての生命」を紹介した。また第45回(2005年1月号)の一部で、
2004年11月号特集「生存の争い」を紹介した。いずれもよい特集号になっていた。いずれもまだ書店から入手できる。
今回の特集は「医療崩壊――生命をめぐるエコノミー」。全体は「医療崩壊」、「訴訟/告発」、「尊厳死/安楽死」、「エコノミー」、「エシックス」と分かれている。目次その他はいつものようにHPに載せた。個々の文章の内容にはまったく立ち入れない。各自、伝えようとるメッセージがあって書かれているから、また語られているから、ここでそれを復唱する必要はない。一つ一つを読んでいただくのがよい。また全体のかなりの部分を
「尊厳死」「治療停止」に関わる文章が占めていて、そしてとくに特集冒頭の
小松美彦と
日本尊厳死協会の理事荒川迪生の対談については「解説」が必要なのでもあろうが、それも略。次回に。だが、実はこの雑誌、3月号の特集が
「患者学――生存の技法」だそうで、2回ずつ紹介していったら追いつかなくなってしまう。今回は、この主題にも関わっている、昨今の「状況」の「見立て」に関わらせていくらか。
◇◇◇
産科や小児科の医師がいないといった「危機」についてはよく報道され、多くの人が知っている。その危機は事実であって、なんとたかした方がよい。
同時に、「困った患者」がたくさん出てきて、それで医療現場が困っているという話もある。そんなことも実際にある。それもなんとかなった方がよいだろう。
ただ、両者をそのままつなげてしまうことがある。患者が悪いから医療がだめだといった話だ。そんな単純な話は誰もしない、ならよいが、同業者内の言いたい放題の中でも、本になっているものでも、そんなことが語られる。
それでもこれが乱暴であることは見やすい。ただ医療の側から語られる、医療がたいへんだからなんとかしてくれという話全般ということになると、もうすこし微妙だ。たしかに厳しい状況ではあるのだろう。だが、私たちのような教員稼業をしている者だって、なにか欲しいときには、この稼業はこんなに大変だと言う。となると、いくらかは割り引いて考えた方がよいか。しかし一律に割り引く、ということにもならない。
そしてさらにやっかいなのは、割り引きは始まっていて、そしてその現実はもう所与のものとして受け入れられてもおり、そしてそれは、必ずしも「危機」とは捉えられてはおらず、むしろ「改革」として現われたりもしていることだ。よいと言われていること、そしてたしかによいことでもあることの中にやっかいなことがある、ことがある。どうなっているのか。
それを明らかする仕事をきちんとしなければならないのだが、なされていない。このことを、この特集号では向井承子が「超高齢社会と死の誘惑」で書いている。向井は、本連載第31回(2003年10月号)でその著書
『患者追放――行き場を失う老人たち』(2003年、筑摩書房)他を紹介した人だ。
今回の文章でも向井は、自分の身のまわりから、医療から除外されていく高齢者のことを書いている。そしてそれは、今は、「住み慣れた家で」といった「良い言葉」とともになされている。前の著書に続き、そのことを書いていく向井の文章の最後にこうある。
「なにより残念なのは、重箱の隅をいじりまわすような「操作」でいのちをも奪う制度の倫理性を語る専門家をほとんど知らないことである。
脳梗塞の後遺症のリハビリを打ち切られようとして指一本の執筆活動で厚労省に闘いを挑んだ免疫学者の多田富雄氏は、医療費削減政策下での診療報酬制度の操作を「まるで『毒針』(
『わたしのリハビリ闘争』)と鋭く指摘された「毒針」の意味を歴史を踏まえて分析評価する専門家の登場を、二〇年以上、ただ当事者として書き続けてきた私は待ち焦がれている。」(多田の本は、2007年、青土社)
いつのまにやら起こっていることがある。細かいといえば細かなところで変更がなされることで、ある人たちの境遇が大きく変わることがある。そのような仕掛けを「重箱の...」と向井は言うのだが、それを押さえてくれというのだ。そして、たしかにそんな「専門家」がいない。少ない。
まず、人ごとのように、どうしてなのだろうと思う。いろいろな要因が考えられる。それを並べ立てることもできる。しかしそれでも、向井の期待に応えることはできないことではないと思う。
私の住んでいるところの地元紙『京都新聞』で3月に一度コラムを書いているのだが、近頃
「学者は後衛に付く」という題のものを書いた。様々な場でいくらかでもましにしようと、悪くならなくしようとやっている人たちがいる。「研究者」は、その人たちの後について、起こったこと、起こっていることを拾って集めることができる。それを論文の体裁に仕立てたいのであれば、私たちはその手伝いをすることができる。
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ただ、私自身はできない。今までまったくしなかったわけではない。障害者の介助に関わる制度のことだったらいくらか細かに調べたりしたことがあった。(その続きをやってくれる人がいればよいのだがと思っている)。だが今はもうできない。
それで、きちんとした仕事はできない代わりに、おおまかには事態はこう見えるのではないかということを言えればと思う。具体的に調べて記述していく時に参考になるなら参考にしてもらえればよいと思うし、嘘なら嘘だと指摘してもらえればよい。
そんなものを書こうとは思って、一つには「生存の争い――医療の現代史のために」という連載を同じ雑誌にさせてもらったのだが、それは第4回からALSの話になってしまい、全部で14回も続いてしまい、私にしては、いくらか調べるには調べて、
『ALS』(2004年、医学書院)という本になった。つまり意図した仕事は途中になった。そこでさきに紹介した2003年11月号、特集「争点としての生命」に「現代史へ――勧誘のための試論」を書いたりもした。
そしていま私は、やはりこの雑誌に「家族・性・市場」という連載をさせてもらっている。やはり当初の計画を逸脱した、いつ果てるとも知れぬものになっているのだが、逸脱ついでに、と思い、今回の特集に合わせ、この号に掲載された第29回は
「有限でもあるから控えることについて」という題のものにした。
医療と福祉の間の陣取り合戦も絡みつつ、「撤退」「差し控え」が受け入らるようになる過程を、ごくごくおおまかにでも、自分としても、わかっておきたかったのだ。そしてやはり1回では終わらず、次回に続くことになった。今回は1970年代から1990年代のはじめあたりのことをざっと書いた。
そんな関心から見ると、今回の特集では、各種審議会の委員等も勤めてきた
石井暎禧「「医療崩壊」の真実――戦後医療の制度疲労」は、様々を知る石井自身の分析であるとともに、医療の供給側また政治に関与してきた人の語りでもあり、それ自体が資料でもある。
私が彼の名を知ったのは、1997年に出た
『「福祉のターミナルケア」に関する調査研究事業報告書』対する批判を行なったことによってだった。「ターミナルケア」を医療から福祉の方に移すのがよい、それが経済的にもよいといった主張に反駁し、医療の撤退に反対したのである。
これがまだ約10年前のことだ。では現在はどうか。石井自身はともかく、全体としては、医療業界の内部においても「差し控え」について抵抗を示すことが少なくなっているのではないか。
「これまで日本医師会は医療介護の全体を自分のテリトリーに取り込むというやり方でやってきました。ところが、ここのところ医療総額が抑えられているために、矛盾が出てきたわけです。全ての患者を抱え込んでしまい、国の決めた枠で全部やりなさいという話になると、むしろそれを脱したほうがよいということになる。一体この領域を自分のほうに取り込んだらよいのか外したほうがよいのか。これが医師会の方針がここのところグラグラしている理由です。」
つまり、収入の得られる仕事になる限りその仕事に執着するが、その事情が変われば変わるということだ。それがこの間起こったことではないか。そんなことを私は次回に書くだろう。それにしても、1997年の報告書を巡る議論を検討しているのは、知る限り、二木立以外には向井の『患者追放』だけである。やれやれだ。
■しかく表紙写真を載せた本
◆だいやまーく『現代思想』36-02(2008-02)
20080201 特集:医療崩壊――生命をめぐるエコノミー,青土社,246p. ISBN-10: 4791711769 ISBN-13: 978-4791711765 1300
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