会津:そうそう。だから、パソコン通信からインターネットっていう時には、変な話ぼくのほうが先行ってましたから、彼らに教えてあげてたり。ただ、公文はぼくよりもちょっとだけ早いんで、同じ時にアメリカから来た人の話を聞いてて「インターネットはすごい」って言ったのはぼくじゃなくて公文なんですよ。そこはちゃんと記録、それこそオーラルヒストリーやってるので。だから、それこそ黒船が来たときにどう解釈するかみたいのと、その後何をするかってのは、べつにインターネットに限らず、今ならAIとかもそうですし、ずっとあるんで。
だからその、全共闘っていうとちょっと狭いっていうとあれですけど、やっぱりそのあとのそれこそ公害とか地球環境とかいう中のその捉え方でいうと、このへんってのはすごい大事な気がしてて。
なんで日本がアジアの中でちゃんとうまくほかの国とやってけないのか、とかね。世界でもそうなんですけどね。公文は湾岸戦争で、若干立場は違うんですけど、日本が世界から見放されたと。いうのが、あれと村上泰亮。で、もう資本論もだめだと。共産主義はだめだっていうのは冷戦が終わったからっていうんで言ってたわけですけど、資本主義が勝ったわけじゃないと。だから、アダムスミス書き直せって言いだしたんですよ。で、ジャパノロジーもだめだし、日本の政界・官界・学会みんなだめだ、みたいなので新しい研究所つくると言いだしてて。で、世界と直接対話をしなきゃいけないと、議論を。その道具がないんで、道具何かないか? つったら「それはインターネットだよ」というふうに、向うの大先生が、インターネットのおじいさんっていう人がいるんですけど、言われて。公文はもう瞬間「これだ」と思って飛びついたわけ。ぼくは「ちょっと待ってください」みたいに、「それパソコン通信とどう違うのか」っていうんで、半年ぐらいギャップがあったんですけどね。
そのころは、まともな学者でインターネットとか自分で触ろうとした人はほとんどいなかったのね。理系の一部だけで、文系はほとんどゼロで。だからオーラルヒストリー、「なんで先生、あんただけそこ先にぱっと来たの? ぼくより早く」って。ぼくはずいぶん嫌味を言われたの。「きみはわかんなかったね」とかって。で、その時に、今言ったようなその「世界との対話ってのをやる道具を探してたんでひらめいた」と。すでにインターネットの前にCenter for Global Communicationsっていう研究所作ってたので。だからそういう意味ではやっぱり、手前にちゃんと問題意識を持ってるかどうかっていうのは非常に大きなあれになるんだなってことはぼくは思ってるところでございます。
なので、もうちょっと言うと、確かにアーカイブ作って過去の議論をするの大事なんだけど、それって明日からの世界にどういう関係があるのというところをやっぱり合わせて議論したい今日このごろでございまして(笑)。