パパは、運転士に変身する。
こどもたちがファンに
なってくれたら、うれしいな。
電車が出発するまでの停車中に、西鉄ファンのお客さまから
声をかけていただくことがある。
「ありがとう」「ブレーキ、上手ですね」
その言葉が運転士にとって、何よりのチカラになる。
最近、2人目のこどもが生まれた。家族を乗せて走る人生も
まだまだこれからが、パパの頑張りどころだ。
こどもたちが寝ている間に仕事に出たり、一緒にご飯を食べられないことも
あるけど、自慢できるパパとしてもっといい運転士になるからね。
いつかこどもたちが、パパが運転する電車に乗って、
「運転うまいね」って褒めてくれたら、嬉しいな。
このインタビューの数日前に2人目のお子様が生まれ、仕事にもますます熱が入る藤岡さん。
毎日、電車が動く時間帯に合わせて時間を管理し、1日何万人のお客さまを安全に目的地にお運びする役目を担う責任ある仕事。当たり前に安心できる電車を維持するために、どんな思いでハンドルを握っているのでしょうか。
ブレーキへの
探究心に、
ブレーキはない。
5年前の
あの日から、ずっと。
運転士という仕事。
鉄道運転士をしています。お客さまを安全に目的地までお運びすることが仕事です。運転士として大事なことは、「安全」「正確」「快適」の3つです。乗車されている何百人、何千人もの命を預かるため、運転は安全なものでなければなりません。また、電車は秒刻みでダイヤが組まれており、列車の遅延が社会的に大きな影響を与える恐れがあるので、時間通りに運転する正確さも運転士として大事な任務です。さらに快適さも重要な要素です。満員電車の中で急ブレーキをかければお客さまが車内で転倒する危険性があります。どんな状況でもスムーズで快適な運転を心がける必要があります。
人の時を預かる責任。
時間通りに電車を走らせるのが仕事ですので、秒単位での行動が多く、ちょっとした時間のロスが運行に左右するので、仕事中の時間の使い方にシビアだと思います。また常に運転をしている仕事なので、体調管理や食べるものには注意しています。できるだけお腹に刺激のある辛いものなどは控えています。運転士の接客は、秒単位の判断が求められます。電車が駅で停車して、出発するまでの1分間ほどの合間で、お客さまとお話しすることがあります。例えば、時刻を聞かれたり、目的地までの行き方についてなど、短い間で聞かれたことに対しても答えなくてはいけません。その場で、対応が遅れると電車の出発時刻に影響します。すぐに応えられるように事前にダイヤの確認や観光地の行き方などの知識を備えています。
初めて乗った西鉄電車の思い出が今でも記憶の中で動き続けている。
西鉄電車に初めて乗車したのは、高校入試の時。太宰府天満宮へ受験の祈願に行った時のことです。西鉄福岡駅でどの電車に乗ればよいのか不安だったので、運転士さんに聞いたところ、笑顔で親切に教えてくれました。太宰府駅に到着した時、その運転士さんが「受験頑張ってね」と声をかけてくれました。あの時の運転士さんがどの方かは覚えていませんが、西鉄電車の優しさが僕の記憶の中にちゃんと残っています。その頃からこんな職場で働きたいと思っていました。西鉄電車は地元の企業らしく、お客さまと運転士や車掌の距離が近い電車だと思っています。
私の意識を変えてくれたお客さまの本音。
5年ほど前、私がまだ駆け出しの頃。女子高校生のお客さまから「ブレーキが下手」という声が聞こえてきました。
その方はおそらく、毎日通学で利用されていたのだと思います。自分の中では、毎日何事もなく定位置に停車していたので、ブレーキに対する意識がそこまでなかったのですが、お客さまの声を直接聞くことで意識が変わり、その時から「ブレーキをいかにスムーズにできるか」ということを日々追求するようになりました。
車両や天候によってもブレーキのかかり方は違う。
電車は、秒単位で駅の到着・出発の時刻が定めてあります。朝の通勤・通学の時間帯では、出発が遅れる場合があります。その際は、規定速度内での遅延回復とブレーキをかけるタイミングで定刻通りに到着するように調整します。また自動車と違い、止めることが簡単ではありません。その上、ブレーキにはツーハンドルとワンハンドルの2つがあり、車両によってブレーキが異なります。西鉄電車に多いアイスグリーンに赤い帯の電車、5000形はツーハンドル。シルバーカラーの電車、9000形と3000形はワンハンドルです。ブレーキをかけるための指令方式がツーハンドルは空気で、ワンハンドルは電気です。ブレーキをかける際は、手の力の感覚が重要になります。ツーハンドルは手首のひねりでブレーキの加減が変わります。ワンハンドルは、7段階あるので、スピードを下げる際には段階的にブレーキをかけます。
写真中央は、ブレーキハンドル。常にハンドルを持ち歩くように決められています。
朝と昼で違う走行テクニック。駅間の速度調整で時刻通りに。
前駅で若干の遅れが出た場合、次の駅に定時で着くためには、少し速度を上げないといけません。速度が上がるということはブレーキも少し強めにしないといけないので、摩擦抵抗がきつくなります。そうなると電車の揺れの大きさにも影響するので、ブレーキをかけるタイミングと感覚的な技術が必要になります。朝の時間帯は、通勤通学のラッシュによる混雑のために各駅の出発時刻が遅れることもあるため、余裕を持った時間設定にされています。例えば、A駅からB駅までの所要時間が昼の時間帯は10分間だとすると、朝は13分間と長めに時間を確保しています。ですので、朝の時間帯に混雑もなくスムーズに電車が出発した場合、昼間の走行速度で走っていると"ちょっと早めに着いてしまった。"ということもあるため、駅間で速度を調整しながら時間も調整しています。走っている途中の速度調整で時間ぴったりに到着するように工夫しています。ちなみに朝のラッシュ時は、電車が重くなるので加速も遅くなり、ブレーキのかかり方も違ってくるので、毎回気が引き締まります。雨や雪の時も同じです。いつものブレーキの感じとは違い、早めにブレーキをかけないといけません。だから、雨の日の朝は、とても神経が研ぎ澄まされています。
運転は一人でも、チームとしての協力で成り立っています。
もしも欠勤が出た時には、勤務を管理する助役が、即座に勤務スケジュールの調整を行います。1人でも急な欠勤が出るとすぐに調整しないと電車を動かせないということがありますので、いつでも対応できるようにスタンバイしています。先日、2人目の子供が生まれた時は、別の運転士に交代してもらいました。お互い協力し合える環境があります。
普段から個人として仕事で大切にしていること。
私達の仕事は、運転士と車掌二人で協力して行う仕事です。お互い助け合いながら電車を運行させます。運転士は、車掌の仕事が円滑に行えるように、駅出発時のお客さまが扉に接触しないかを運転室から手助けしたり、車いすのお客さまや目の不自由なお客さまが乗られる際は、そのお客さまがどの駅で降りられるかをインターホンで打ち合わせをしたりします。また、お客さまの体調が悪く倒れてしまった場合には、車掌が現場で対応している時に、運転士は運転指令係に連絡をして、どこで停車して、どこで救急車に乗せるかなどの打ち合わせをします。その時によっていろんな状況があるので、何を優先すべきなのかを判断し、車掌と共に行動します。特に新人車掌と一緒に仕事をする時はミスをしないよう細心の注意を払い、分からないことが聞きやすい環境づくりを心掛けています。
Writer’s voice
電車を待つ瞬間に運転士の顔へと変わる。
取材中の柔らかい表情とは違い、これから運転する電車を待つ時の藤岡さんの表情が印象的だった。たくさんのお客さまを乗せて走る運転士としての責任やプレッシャー。気が引き締まるとはまさにこのことで、それが表情として表れている。電車の運転は、お客さまの命と時間を預かる大切な任務。秒単位で時間を調整し、分単位で待つ人のもとへと向かう。業務を終えた藤岡さんに話しかけると笑顔が見れた。安堵感とはこういうことだろう。乗務所へと帰る後ろ姿に、頼もしさを感じた。
運転士 藤岡さんのコラム
探求してきたことが
褒め言葉として
かえってきた時の喜び。
電車が駅に止まって、運転席の窓を開けて後方を確認する時に、お客さまから「ありがとう」のひと言や電車ファンの方から「ブレーキがうまいですね」のお言葉をいただくことがあります。自分の中で追求していることを褒められるのは、嬉しい限りです。また、電車を止めて車内の確認をする際に「これだけ多くのお客さまを乗せて運転しているんだ」とふと思った時には、気が引き締まります。目的地に到着した時には、安堵感や達成感があります。
秒単位での時間管理。
秒針と分針がついた運転士用のアナログ時計。正確な時間を示し、見間違わないようなつくりになっています。
運転前に常に時間を整正しておくこと。運転士は、時間が命とも言える仕事なので、時計のチェックは怠りません。
私たちの職業あるある
思い通りの運転ができない夢を見る。
私だけでなく、鉄道運転士の多くはこの夢を見ているそうです。運転士は、それくらい安全に運転する意識が高く、時間通りにお客さまをお運びするということに集中しているのだと思います。たくさんのお客さまの時間を預かる責任として、運転への意識が体の中に染み付いているから、夢に出てくるのだと思います。