下手賀、鮮魚街道を行く?
昔は布佐からこの藤ヶ谷を経由して魚を河岸に運んでいたとは、大変なことでご苦労様です。
この鮮魚街道の地図を見ると、昔の手賀沼は「つ」の形をしていて、手賀沼の東部の田んぼはほとんど埋め立てられたことがわかる。今度、鮮魚街道の起点である布佐に行ってみよう。
そして、鮮魚街道を西に白井平塚地区のしろい七福神の1つの大黒天「延命寺」に行ってみました。
次に向かったのは、沼南町の最東端にある「香取鳥見神社」。創建は文武天皇2(698)年とのこと。
ここは手賀沼で鵜猟が行われていたことを後世に伝えるために「鵜猟記念碑」が立てられている。
この鬱蒼とした森は蚊が多い~。
雨も降りそうなので、速く退散。。。