第四節 桜の樹の下には
桜の樹の下には屍体が埋まっている!
梶井基次郎『桜の樹の下には』より
第一項
上条さんは不思議な人だと思う。
あれだけの美貌もさることながら、博識というか、色々と知っている。勉強ができるとかそういうことではなくて、何か深いものを、一般の人には見えていないものを観ているのだと思う。僕も物事について色々と考え込んでしまう方だと思うけれど、正直言って、彼女と比べるとレベルが低かったと感じざるをえない。
僕は彼女のことを知りたいと思う半面、彼女の奥深さに少し怖さを感じるときもある。それでも僕は、怖いもの見たさもあって、彼女に会いにいくのだ。
智樹「桜が咲いて来ましたね。」
僕は、ベンチで本を読んでいる上条さんに声をかける。
一葉「そうですね。」
彼女は、読んでいた本から目を離して僕の方を向いた。
智樹「今日は、何を読んでいるのですか? あっ、となり座っても良いですか?」
一葉「はい。どうぞ。」
彼女は笑って、ベンチのとなりのスペースを許してくれる。このささいなやり取りが、僕にはとても嬉しく感じられる。
彼女は本を僕に見せながら言う。
一葉「今日は、梶井基次郎の『檸檬』を読んでいました。」
智樹「おもしろいですか?」
一葉「この中には、『桜の樹の下には』という題名の話が収められています。」
ゆるやかな風が、僕と彼女の髪を揺らした。
智樹「それは、今の季節にぴったりですね。」
一葉「そうかもしれません。でも、多分、佳山くんが想像しているのとは違うと思いますよ。」
僕の想像・・・。桜の咲く季節に、噴水のベンチで美人が『桜の樹の下には』という題名の本を読んでいる。これは、とてもロマンチックというか、素敵なことだと思う。
智樹「どう違うのでしょうか?」
一葉「桜の樹の下には屍体が埋まっている。」
智樹「はっ?」
僕は、変な声を出してしまった。彼の言葉に、僕は一瞬世界から隔離された。
一葉「桜の樹の下には屍体が埋まっている。」
彼女は、同じ言葉を、少しゆっくりとはっきりと言った。
智樹「・・・・・・それは、何ですか?」
一葉「『桜の樹の下には』という作品は、桜の樹の下には屍体が埋まっていることを曝いている話なのです。」
彼女は静かに僕を見据えて言った。僕は恐る恐る尋ねる。
智樹「どうして・・・、桜の樹の下には屍体が埋まっているのですか?」
一葉「桜の樹の下には屍体が埋まっている。梶井は、その理由を次のように述べています。」
彼女は本を開いて、その内容を語る。
桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。
何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。
俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。
しかしいま、やっとわかるときが来た。
桜の樹の下には屍体が埋まっている。
これは信じていいことだ。
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